妖精さん三人目

 ようやく落ち着いた先生が質問する。

「お前が俺と双子なのはわかった。でも何でお前、俺より外見年齢高いんだ?」

「……ええと。異種族には成長限界っていう特性があって、その限界は種族的なものと精神的なものに分けられる」

「?」

「種族的な方は置いておくね。精神的な方は、精神が成長すると外見年齢のリミッターが外れて、今より大人の姿になれるってやつ」

 色々あるのだなあ。

「名称にバリエーションはあるけど、赤子・幼児・小児・若年・大人の5段階とされてるかな」

「お前は?」

「5段階目。リナは4段階目――って危なぁ⁉︎」

 先生が無造作に繰り出した足払いで、カルミアさんの座っていた椅子が倒れる。

 受け身を取る姿は板についており、戦闘能力がないとは信じられない動きだった。

「削る……お前の足を削る……!」

 先生は半泣きでナイフを出現させながらカルミアさんの足を拘束する。絞め技か関節技か、私には知識が足りなくてわからない。

「ちょっ、待っ……」

「年上だと思ってきたんだぞ……これで双子とか、裏切られた気分だ。死ね‼︎」

「結局殺されるの⁉︎ 乗り切ったと思ったのに!」

「うるせえな。いつまでも女に見間違えられるからストレスなんだよ‼︎」

 ああ、やっぱり……

「……僕も昔はそうだったよ。だから、リナも成長すれば――って、その攻撃は死ぬ!!」

 首を捻ってナイフを回避。

「ほんとに戦闘能力ないんですか?」

「ないよ。あるのは回避くらい……!」

 抑え込まれた状態で回避を続けるには限界があるだろう。

 かと言って、私が割り込もうにも攻防が激し過ぎて、逆にカルミアさんが危ない。

(先生なら、手元狂ったりなんてないだろうけど……万が一が起こったら……‼︎)

 あれこれ考えていると――先生が浮いた。

「っ?」

「佳奈子は正しかったなあ」

 ぎゃんぎゃん喚くリーネア先生を小脇に抱え込みながら、ぽつりと呟くその人。

 カルミアさんは震えながらなんとか身を起こしている。

「……来たんだね、父さん……」

「来たよお」

 オウキさんはナイフを取り上げてからピースサイン。

「殺されなくてよかったね、カル」

「たった今足を削られそうになりましたが……?」

「あはー。昔なら迷いなく殺されてたんだから、弟の成長を喜ぶべきだよお。……あと、リナを成長させてくれた京ちゃんにも感謝」

「え、あ」

 オウキさんは私の頭を撫でてくれた。

「ごめんね。アホ息子たちのいさかいに巻き込んじゃって……」

「だ、大丈夫、です」

「良かった」

「……縮めクソ野郎……」

 リーネア先生は半泣きで呪詛を呟いている。

 拗ねた子どものようで可愛い。いや、実際そうなのか。

「カルは人間だから、妖精のリナより成長しやすいのは当然なんだけどねー」

「……縮め……シェルみたいに」

「む、無理だよ。僕、外見年齢動かすなんてできないし……」

「うわああん……」

「暴れないでくれないかなー」

 状況はとにかくカオスだった。



「えっと、佳奈子って……」

「佳奈子が『早く息子たちのところに行け』って背中を押してくれたんだ」

 疲弊しきったカルミアさんと、ライフルを抱きしめていじけるリーネア先生の二人を見やって微笑む。

「佳奈子に感謝するんだよ、アホ息子ども」

「……去り際、お礼しに行きます……」

「足を削らせてくれないカルが悪い……」

「あーもう面倒くさい」

 私を振り向き、小さく頭を下げた。

「京、お墓参り行く予定だったんだよね。邪魔しちゃった」

「あ……い、いいえ」

 元はと言えば、私が大声を出したのが先生に立ち聞きさせてしまった原因だ。

「もうお昼時だよね」

 昼1時になろうとする時計を指差す。

 ドタバタしているうちに、こんなに時間が経つとは。

「先生。お昼ご飯も食べてから行きますか?」

「そうする……」

「良かった。料理人さんを連れて来てたんだ」

「?」

 お父さんの言葉に、先生がライフルを消して顔を上げる。


 カルミアさんの椅子の後ろに、シェル先生とよく似た女性が立っていた。


「リナこんにちは」

「よう、アス」

 斜め後ろを振り向き、挨拶する。

 光が当たると淡く緑に艶めく金髪と、真っ白な肌と、大きな深緑の瞳。あまりの美しさに恐ろしささえ覚える。

 私がぽけーっと見ていると、彼女がカルミアさんにぎゅっと抱きついた。

「あ……ごめんなさい」

「京ちゃんのせいじゃないよ。この子は人と目が合わせられないんです」

「目隠ししましょうか?」

 私の質問に、オウキさんが噴き出して『思い切り良すぎ』と笑い、リーネア先生が『ケイだからな』と呟く。

「しなくて、だいじょうぶ……京、優しい……」

 可愛い。

 よく見ると、シェル先生より体の全体的な輪郭が柔らかく、背は小さく。圧倒的な美しさの中に女性らしい可愛らしさがある。

「ワタシ、アステリア。はじめまして」

「はじめまして。三崎京です。……悪竜さんですか?」

 こくりと頷く。

「アリスちゃん……あなたのこと、話してた」

「そうでしたか。なんだか、嬉しいようなお恥ずかしいような……」

 アリス先生の前では翰川先生と二人して散々取り乱したので、非常に申し訳ない。

「京、強い子。褒めてた。……お料理、していい?」

 リーネア先生に問う。

「いいよ。俺やるから」

「ここは譲ってあげてよ。お肉仕込んできてくれてたからさ」

 オウキさんが場を取りなす。

「あ、じゃあ私お手伝いします!」

「……ありがと」



 パックから取り出された豚肉は、塩胡椒とお酒の良い香りがした。

「……ワインですか?」

「白ワイン」

 アステリアさんに合わせて、ぽつりとぽつりと会話する。雨だれのようで心地よい。

「お料理上手なんですね。プロみたい……」

「実家で仕込まれた」

「……カルミアさんとはどういう関係なんですか?」

「カル、すき。結婚……」

 もじもじしながら答える彼女は究極の可愛さ。

「付き合ってるんですか?」

 首を横に振る。

「一緒の、おうち……家事はワタシ」

 一足飛びに同棲中とは。

「カルに、ついてきた。オウキさんがワタシをこっそりさせてくれたの」

「健気で可愛い人なんですね」

「ん……恥ずかしい」



 話しながら出来上がったのは、蒸し野菜とスープと、白ワイン仕込みの豚肉一口ステーキ:ソース付き。

 カルミアさんとリーネア先生は無言で食べ続け、スープのみ頂いているオウキさんは笑いながら二人を眺める。

「……」

 アステリアさんは私の隣に座って、気品満ち溢れる食事作法で食べていた。

 粗方食べ終わった頃、カルミアさんが口を開く。

「お墓参りに行っている間、僕らはホテル予約しに行くね」

「泊まるのはホテルだとしても、ここには居ていいぞ」

「いや、流石にそれは……」

「アスを引っ張り回すなよ。彼女だろ?」

「かっ……ま、まだ恋人では……」

 ごにょごにょと言うカルミアさんをスルーして、オウキさんが言う。

「もし良ければ、俺はお墓参りについて行きたいかな。京ちゃんのお兄さんにご挨拶したいし」

「あ、それは、もちろんどうぞ。……兄も、喜ぶと思います」

「ありがと」

 アステリアさんが告げた。

「カル、すき」

「っ……あ、ありがとう」

 リーネア先生は『付き合えよ』と呟く。同感だ。

「リナリア、あーちゃん、居ないの?」

「シェルは旅行だよ」

 食べ終えた彼女が立ち上がってカルミアさんに話しかける。

「ね、カル。あーちゃんにお電話する。けいたい、貸してくれる?」

「……いいよ」

 スマホを借りてきた彼女が戻ってくる。

「お電話、どうやるの?」

「電話マークを押したら、連絡先が……これですね。これをタップして……かかりました」

 登録名はシュレミア・A・ローザライマ。……あーちゃんはミドルネームから取られた愛称のようだ。

「ありがと」

 すぐにシェル先生が出たようで、アステリアさんの声が少し明るくなる。

「久しぶり、あーちゃん。……うん。カルとデート。カルのお世話もするの」

 カルミアさんが耳まで真っ赤になる。

 しばらく話し込んでいた彼女は、首を傾げてからリーネア先生を振り向いた。

「ね、リナ」

「ん?」

「すぴーかーって、どうやるの? あーちゃんが、電話をすぴーかーにしてほしいって言うの」

「このボタン押せばいいよ」

 画面内のスピーカーマークをタップすると、見計らったようなタイミングでシェル先生の声が響いた。


『さっさと姉に求婚してもらえませんか?』

 なんの話し合いだったんだろうか。


 オウキさんが爆笑し始めた。

「ひっひひひ……☆」

 カルミアさんが真っ青になってスマホを持ち上げ、スピーカーモードを解除して耳に押し当てる。

「あ、あの。シェルさん……そのようなことは決して。い、いやいや! そんな、だって。アスは……待って。待ってくださいお願いですすみません」

「……取引先に電話するみたいな口調で喋るな、こいつ……」

 リーネア先生がぽつりと呟く。

 アステリアさんはなぜか私にくっついて頬ずりしてくれている。

 背丈は小さいのに胸部がやわらかくて何もかも可愛い。仄かに花のような果実のような甘い香りがする。

 カルミアさんはシェル先生から『スピーカーモードに戻せ』とでも言われたのか、こわごわとスマホをテーブルに置き直す。

『姉はあなたの世話係じゃないんですよ?』

「ちっ、ちち違うんです……」

『付き合ってもいないのに同棲など。あなた方にそのつもりがなくとも、色眼鏡で見られることもあるというのに』

「も、もちろん、わかって……お断りを」

『は?』

 シェル先生の『は?』の威力が高い。なぜかリーネア先生まで怯えていた。

 その姿がカルミアさんとそっくりで、やっぱり双子なんだなあ、と再び。

「京、京。好き」

 私の耳元で凄く可愛い声が聞こえる。あまりの可愛さに胸が弾けるかと思った。

「ありがとう、アステリアさん」

「アスって呼んで?」

「……はい。アスさん」

 可愛い人なんだなあ、アスさん。

「あ、アス。助けを……助けを下さい」

『何の助けがいるというのでしょう。それとも父母に連絡した方が』

「いいえ大丈夫です‼」

 涙目で叫んでいる。

『リルねえを家政婦扱いとは良い御身分になられたようで。今度、両親と兄姉とともにご挨拶に伺いますね』

 リル姉というのも、アスさんのミドルネームから取られているのかな。

「ちちちちち違うんです。違って……家事をしてくださることに申し訳なく思い、生活費はきちんと」

『家政婦扱いと何が違うのでしょう』

「ワタシ、押しかけた。カル、生活能力、低し。警戒」

 あまりの可愛さに耳がきゅんとする。

 カルミアさんはお医者さんだ。アスさんは、日々忙しい彼を思って、彼の力になりたいと家事を請け負っているんだと思う。なんて健気な人。

『姉も軽率にそういうことをしてはいけません。恋人関係でもなしに異性と同居するのは良くないことです』

「カルのこと、信じて?」

『信用しています。今は姉への対応について文句を述べています』

「そっか」

 納得したようで、アスさんは私を撫でる作業に戻る。

 私は、撫でてもらううちに、だんだんと心地よくなってしまっている。

(……寝ちゃいそう……)

『好意を向けてくれている女性に対して何もアクションを起こさないのはどうかと思います。リル姉のことですから、告白はしているでしょう。まずは告白に応答しなさい』

「お、応答……」

『同じ気持ちなら頷いて付き合いを申し入れ、受け入れられないのなら丁重に断る。礼儀ですよ』

「その……付き合いたいんですけど、まだ――」

『俺の姉に何か不満でも?』

「――すぐにお返事させて頂きます」

 アスさんの私を抱きしめる力が少し強くなった。

「嬉しい」

「良かったですね、アスさん」

 きゅっと抱きしめられた。もう今日死んでも満足できるくらい幸せだ。

 スマホに向かって、アスさんは大きめな声で言う。

「あーちゃん、東京に戻ってきたら、会おうね」

『はい。リル姉もお元気で』

「うん。ばいばい。モネちゃんと末っ子ちゃんたちによろしく」

『ありがとうごさいます。では』

 ぷつっと電話が切れた。

 爆笑を収めたオウキさんがぱんと手を叩き、宣言する。

「よし。俺とリナと京はお墓参り。カルはアスとお留守番だ」

 間髪入れず、リーネア先生・アスさん・私が頷いた。

「賛成」

「頑張る」

「応援してます!」

 全員の視線を受けた彼は、真っ赤な顔で答えた。

「っ……わ、わかったよ……」

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