千差万別の子供は自由闊達に

「や、佳奈子。お邪魔してます」

 ドアを開けると、エメラルドの髪をした妖精さんがキッチンでオムライスを作っていた。

 バターとトマトの良い香りがする。

 あたしは咄嗟に叫んだ。

「住居侵入罪――――ッ‼」

「わざとじゃないもん――‼」



 オウキさんは唇を尖らせてぶすーっとしている。

 25歳前後の外見年齢の男性なのに、こんな仕草が無邪気に可愛らしく見えるのだから妖精とはすさまじい。

「何で怒るのさ?」

 チキンライスを型無しでも綺麗に成形し、その上からトロトロ半熟の卵をかける。薄紅色のソースを回しかけてバジルを散らして完成。

 オウキさんが二皿分を盛り付けている間、あたしはテーブルを拭いてコップや飲み物を出していた。

「怒るんじゃなく威嚇というか……反射的に……」

「シェルは受け入れるくせにい」

 ぶーぶー文句を垂れるオウキさん。

 目上の人じゃなかったら反射的にブチギレるところだ。

「あのね。シェル先生はいいの」

 そう。あの人は――

「あたしが先生に用があるときか、先生があたしに用があるときはいつも連絡しないであたしのいる場所に転移してくるし、電話は通じないけど心読まれてるから、今まで連絡しようとしたこともなかったから気付かなかったの」

「それは立派な不法侵入じゃない?」

 ――不法侵入者だ。

「…………」

 あたしがテーブルに突っ伏すと、オウキさんが躊躇いがちな声を出す。

「おおう。まさかうなだれるとは」

「いいの……なんかもう、いいわ……」

「まあまあ。落ち込んだ時はご飯を食べるといいよお」

 誰がきっかけで落ち込んでると思ってるのかしら、この妖精さん。

 文句を言ってやろうと顔をあげるも、空きっ腹に沁みる香りがして、怒りが雲散霧消する。ニコニコ笑顔でオムライスをキッチンから運んでくる彼はとても無邪気だ。

「ところでアレルギーないよねえ? 小樽で確認したつもりだったけど」

「大丈夫よ。ありがとう」

 テーブルセッティングは済んでいる。

 オムライスとサラダ、コンソメスープを並べて着席する。

「順番が遅くなったけど、お邪魔してます」

「いらっしゃい、オウキさん。次からは先にメールか電話してもらえると嬉しいわ」

「気を付けるよお」

 思ったんだけど、この人が語尾を緩く伸ばすときって、大抵が適当な受け答えしてるときじゃないか?

「あ、そうだ」

 ぽんと手を打ち、虚空から茶封筒を引っ張り出した。

「なに?」

「これガス代と水道代ね」

「い、いい。いいわよ、別に」

 トロトロ卵がかかったオムライスは、レストランで出されてもおかしくない見た目と味を両立させており、こちらがお金を支払ってもいいくらいの一品だ。

「あはー。ありがと。でも不法侵入しちゃったし」

「じゃあ、レシピ教えて」

「?」

「おばあちゃんがオムライス好きなの。教えてくれるなら、そのお金要らないわ。お金よりレシピが欲しい」

「……それはいいね。作ってあげたら喜ぶよ」

 くすりと笑ってサラダを食べ始めた。

 オムライスもサラダも、あたしに盛り付けた量より少ない。

「足りるの?」

「小食なもので、体が量を受け付けないんだよね」

「そうなの」

 トマトソースは、トマトの酸味と甘み、チーズのコクが効いてとても美味しい。

「ところで佳奈子。キミは俺たち妖精に非常に近い、座敷わらしに成ったわけだけど」

「?」

「レプラコーンは妖精である以前に職人なんだ。『道具を自由自在に操れる』っていう特性を生まれながらに持ってる種族が料理出来ないわけないじゃん」

「……え」

 コンプレックスを見事に突かれた。

「確かに、《子ども》の記号は、持ち主の精神を大いに乱すものだ。自分が好きなこと以外にはあまり集中できなかったり、家事だとかの《大人》が担当しがちなことが上手く出来なかったりする。でも、何にも成長出来ないわけじゃないんだよ」

「じゃあなんで、あたしは卵焼きも焼けないの……?」

「卵焼き”も”とは何だね、佳奈子くん」

 ぺちんと額を指で叩かれた。

「焦りすぎだよ。光太に対してお姉さんぶってたからだとは思うけど、俺たちみたいな特性があるならともかく、最初から何でも上手く出来る人なんていない。『手伝わなくていいから!』って叫んで失敗したこと多いでしょ?」

「…………」

 おばあちゃんやコウがあたしを手伝おうをしてくれるたび、それが恥ずかしくて断っていた。

「意地を張るのも《子ども》の作用かな。……助けを借りることは恥ではないし、成長のペースも個人差有りだ。焦らないでね」

「……はい……」

 彼はやっぱり《大人》だ。子どもであるところのあたしの背を優しく押して励ましてくれる。

「よろしい。気に入ってくれたなら、ソース分けてあげるね」

 虚空から瓶を出してテーブルに置いた。

「レシピはあとでメールで送ったげる。これと食べ比べながら試作するといいよ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いえいえ。どういたしまして」



 諸々を片付け終えて、再びテーブルをはさんで向き合う。

「……昨日は、すみませんでした。怒鳴ったり喚いたり……」

「あはは、いいよいいよ。酔ったリナが電話かけてきたときと比べればまだまだ可愛いもの」

「それもどうなの?」

 彼はけらけら笑いながら話し出す。

「電話かかってきて何だろうって思ったら、『父さんのばーか、(放送禁止用語)‼』っていきなり絶叫。吐いたり泣いたり笑ったり大忙しだよ」

「それは、事故みたいなものよね?」

 小樽旅行にて、ミズリさんに酒を勧められたリーネアさんが全力で拒否していたのを見た記憶がある。酒癖が最悪な自覚があっても、治せるものじゃないから避けたのか。

「事故だね。ま、それはいいとして。……佳奈子、失恋したんだねえ」

 からかうような口調ではないのがオウキさんらしい。

「うっ……そ、そうです」

「なんとなく予想してても、感情は納得いかないよねえ」

 この人、札幌に居る組の事情をどこまで知っているんだろう。リーネアさんは人間関係を話題にして密な連絡を取りそうに思えない。

「オウキさんは、誰からそういうこと聞くの?」

「? 聞くまでもないじゃん」

 無邪気に首を傾げられた。

「シェル先生に勝るとも劣らない切れ者ってホント?」

 京から興奮気味に伝えられた噂は半信半疑だったが、今となっては真実味を帯びてきて背筋が寒い。

「俺についてなんてどうでもいいんだ」

 彼は『俺なんかと一緒にしたらあの子が可哀そう』とさらっと自虐を言う。

「佳奈子はこれからどうするの?」

 翰川先生からは『光太と話すときまでに心を定めろ』と言われた。

 でも――こんな精神状態で出来る気がしない。

「どう、するって……」

「俺としては、告白した方がいいと思うけど」

「――ムリ。ムリムリムリムリ‼」

 考えるだけで全身の血が沸騰しそうだ。

「何でフられるのわかって告白しなきゃなんないの。絶対やだ。コウも、そんなこと聞かされても微妙な気持ちに……」

「なると思う? してもいないのに、本当に思う通りになるかな?」

「……」

「冷静になってよ、佳奈子」


 オウキさんは淡白な笑顔で質問を投げる。

「キミのちっぽけなプライドを守るのと、これからの一生を光太と京ちゃんに鬱屈した感情を抱かず友達として過ごせるの、どっちが大事?」


「…………」

 文章にされると、納得するほかなかった。

 あたしはコウが好きだ。それは異性としてだけではなく、幼馴染として友人として……あるいは人間性を尊敬している。

 京も好き。一緒にいると楽しくて幸せだし、不安定でも優しさと強さを損なわない京を敬愛している。

 二人と一緒に楽しく過ごせないなんて嫌だ。

「告白して返事を聞く。このプロセスは意外と大事だと思うよ?」

「……うん」

「理屈で分かってもぐだぐだ考えちゃうなら、感情ごと納得させるしかないんだってば。状況は違うけど、俺も似たような経験あるし」

「オウキさん、奥さんは……?」

「もういない。……そこも含め、俺は両親に伝えたいことあるんだけど……なかなか言い出せなくてね」

 困ったように笑った。

「つくづく、息子は俺と似てるなあ、と」

「……リーネアさん以外にも居るのね」

「ルピナスの双子の兄と、リナリアの双子の兄」

「双子多いわよねー……」

 ローザライマ家もそうだけど。

「リナリアのお兄ちゃんの方が来てるから、俺も札幌に来たんだ」

「? 何で?」

 朗らかな笑顔で一言。

「殺し合いになっちゃうかなーって」

「……その人リーネアさんに何したの?」

「何もしてないよお? しいて言えば、何もしていないことが原因かも」

 よくわからない理論だ。

「カルミアっていうんだけどね。その子、リナリアに自分が双子の兄だってことを言い出せなくてねえ」

「オウキさんから言おうとは思わなかったの?」

「カルにも事情があったから、情状酌量で黙っててあげることにしたんだ。家族に口止めまで頼んで『いつか自分から言う』って言うから信じてたんだけどお……百年以上だんまり」

 やれやれと肩を竦めてから、オウキさんは無邪気に言葉をつづけた。

「いい加減イラついたから、あの子の職場から誘拐してリナんの前に放り出してきた」

 容赦のない暴君だ。

「職場って……?」

「東京の病院。俺の主治医があの子の師匠で、事情を話したら『札幌に居るうちに言い出せなかったら帰ってきたとき覚悟しろ』ってカルの襟首掴んでた」

 彼はほんわかな声音で『悪竜だから兄弟愛が強いんだよねえ』と呟く。

(……悪竜兄弟って、ほんとにあちこち居るのね)

「まあ、これでも言い出せなかったら俺から暴露するって伝えてあるし。その時がカルの寿命だと思ってる」

「リーネアさんをなんだと思ってるの……?」

「可愛い息子。だけど化け物」

 楽しそうに笑っている。

「ここに居て大丈夫なの」

「今日のリナは、京ちゃんと、彼女の家族の墓参りに行くそうでね。受験生が最優先だから、まだ言い出さないと思うんだ。言い出したとしても、京の前で無茶はしないだろうし」

 信用はないが信頼はしている。異種族の皆さんがお互いにお互いをそう言い合うことは多い。

 きっとこういうことなのだろう。

「そんなわけで。俺は勇気を出して告白する人は何であろうと応援するよ。頑張ってね」

「うん。あたし、コウに告白するわ」

 きちんとフられて気持ちを吹っ切る。


「だから、オウキさんもご両親に会いに行って親孝行してきて」

「――はい?」

 ぽかんとする顔が見られただけで、勇気を出す価値があったと思う。


「オウキさんが応援してくれるなら、あたしもオウキさんを応援するわ。……いいでしょ?」

 とても、とても長い時間が経ってから、オウキさんが頷く。

「……そうしてみるよ」

「あと、リーネアさんとカルミアさんに会ってきてね」

「時期でもないし、様子見だけで帰ろうと思ってたんだけど」

「ダメ。会って。時期じゃないなんて絶対ないでしょ。いつ会えなくなるか、わからないんだから」

「なんでそう思うの?」

「だって、東京から札幌まで来たんでしょう。様子見だけの訳ないじゃない」

 彼が苦笑する。

 人生の厚みがわかるような、深く複雑な笑みだった。

「そうだね。行ってみるよ。リナとカルのところにも……両親のところにも」



 玄関で妖精さんを見送る。

「お邪魔しました。……東京で待ってるよ、佳奈子」

「うん。次はあたしがオムライス作るから食べてね」

「楽しみにしてる」

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