先生たちの考察
「
「……ご無沙汰です、オニーサン」
進路指導室で待機していると、鬼が出現した。
この人とは血縁関係も親戚関係もない。
鬼だからオニーサンだ。
「佳奈子に気を配ってくださっていたそうで。感謝します」
「一応生徒なんで」
藍沢は生意気な女子生徒だが、悪い奴じゃないのはわかっている。進路担当としてできることはしてやりたい。
「そういうのをつんでれというのだと友人に教わりました」
「あんた騙されやすいんだから、お友達のいうこと丸呑みにしなさんな」
俺はツン対応しないから微妙に間違ってるし。
「まあいいや。あんたのお母さん元気ですか?」
「はい。母様が幸せそうで俺も幸せです」
マザコンを自称するこの人は、お母さんのみならず家族全員を愛する器の大きい人だ。
「そりゃ良かった。新婚さんだもんな」
「あなたも妻は大切にするのですよ。悠里を泣かしたら俺も姉も母様もあなたを八つ裂きにする予定です」
「なんでこういう時ばっかお姉さんと仲良くなるんだか」
オネーサンには電話口で同じことを言われた。
俺の嫁さんはオニーサンのお母さんのお弟子さん。たまに脅される。
「大事にしてますって」
「良い心がけです」
満足していただけたようで、ようやく俺の向かいのソファに腰掛けた。
「娘は可愛いものでしょう?」
「……まだ誕生のお知らせしてないのですがオニーサン」
娘が誕生したのは夏休み中。落ち着かない時期だろうと遠慮していたのに、オニーサンは遠慮を無に帰す人。関係なかった。
「見ればわかることですし、気づいてしまったら祝いをしないのは無礼でしょう。おめでとうございます」
「……どうも」
頭のつくりが常人と大いに違うオニーサンは相変わらず心臓に悪い。知能がイカレている。
この得も言われぬ恐怖を味わうたび、彼がそっくりだという悪竜の《王様》はどれほどのものかと恐ろしくなる。
「知らせを受けたら誕生祝いを送りますね」
「気を利かせてもらってすみません」
「子どもを育てるにはまとまったお金も必要です。末っ子たちのときも、祝いをくれたでしょう?」
セプトくんとパヴィちゃんはオニイサンのとこの末っ子の双子。両方が違うベクトルでお父さんそっくりで、子どもらしくない。
「貧乏なんで大したもんじゃ……」
「気持ちを贈っているのと同義です。気にしないでください」
「……ありがとうございます」
本当にこの人は器が大きい。
「森山光太、三崎京、藍沢佳奈子の3人について予知をするとき気付いたことをレポートにするよう頼んでいました。あなたの執筆ペースなら完成する頃だと思い、引き取りに」
「これで心臓傷めたらあんたのせいだからな……」
会話の温度差がひどい。
これまでほっこりした話だっただろうが。何いきなりシリアス持ち込んでんだ。
「? 会話で心臓を傷めるなど聞いたことがありません。医学的な根拠を提示してください」
「わかってたよ」
オニーサンに慣用句や比喩表現は通じにくい。
諦めてレポートを差し出してやる。
「分けて書く余裕なかったんで、3人まとめて」
「ありがとう」
ぱらぱらとページをめくってすぐ読み終える。
「疑問点がいくつか。質疑応答を」
「はいはい」
教育大時代を思い出すとげっそりする。
「三崎京への予知は他の一般生徒と変わらず可能だと書いてありますが、三崎京に予知をする前後に異変は?」
「なし」
「では次。藍沢佳奈子への予知は精度が低いとあります。その原因について推測できることはありますか?」
「あんたの方が詳しいんじゃないのか」
「康孝の予知抜きの勘の鋭さは信頼しています」
嬉しくない信頼だ。
「……一度死んで糸が切れたせいじゃないかね?」
なんとなくそう思う。
「わかりました。光太については別にいいです。他とも議論していますので」
「そうすか」
「ひぞれが気にかけている生徒ですから」
ひぞれとは、東京からこちらにやって来ている天才の物理教授。オニーサンの同僚でもあり友人でもある。
「神秘を知らないだけかと思えば、本人に影響もあるらしいんですよね。観測できない現象は存在しないのと同じ。それは物理と魔法の両方で言えることですから、そのせいで光太の波長は妙なことになっている」
「……神秘を知ることができなかった森山にも、実際異変が起こってるってことか。例えばどんな?」
「因果の糸が弱々しい。自殺者と見間違えるほど」
恐ろしい事態だ。それであいつは毎日学校に通っていたのだと思うと同情が湧く。
「森山のそばだと、予知がやたらくっきり見える瞬間とぼやけて見えない瞬間の振れ幅がでかいっつーか……妙な感じだ」
「精度の違いはどのような条件だと思いますか?」
「どういうタイミングで……ってなると。『誰かの人生の岐路』みたいな」
「おや」
「あいつがそばにいると生徒の進路の予知が捗るんですわ」
「便利ですね」
とても便利だ。
「京については、教導役が居れば悪いことにはなりません。佳奈子はもう大丈夫です」
律儀な三崎が下校前に謝罪会見の結末を報告に来てくれた。
縁が絡み合っていてすこし面白い。
「光太は、ひぞれとも話しながらあれこれ仮説を立てています。確定していないので話したくありません」
「ういーす」
早く帰ってくれないかな。
この人相手だと予知に必要な《視線》が全部叩き落されて通じないんだよ。鬼ってのは怖いもんだ。
「あなたが光太とひぞれと引き合わせたようなものなのですし。お礼を」
「?」
「ひぞれにも良い影響がありました。あの子は人にものを与えることはあっても、何かをもらうことは少ないので……感謝します」
「……こちらこそ」
会釈しておく。
俺なんかちょこまか予知するだけのセコい奴だが、誰かの役に立てたならまあ光栄だ。
「なんか気づいたらそっちにレポートにして送りますよ」
「できたら論文にしてほしいです」
「天才に論文読ませるほどドMじゃないんで」
この人の研究生は天才か鬼才しかいない。それほどでなければ耐えきれない。
「どえむ?」
「あっ、これ後でモネさんに怒られるやつ」
オニーサンは奥さんに一日の出来事を話す習慣がある。
そんで後日俺が『夫に変なこと吹き込まないで』って言われる。
――*――
「ぺんぎんさん♡」
光太は白い生地でマカロンを焼き、その上から水色のチョコペンと黄色のチョコペンとで模様とクチバシを描き、黒で目を描いて、マカロンをぺんぎんさんにしてくれた。
とっても幸せだ。
「……ほんとペンギン大好きですよね」
「うん!」
ペンギンはこの世界で一番好きな動物さんだ。
「キミはやっぱりいい旦那さんになれるよ、光太。人を喜ばせる才能があるのだから間違いない!」
家事もばっちりだしな!
「そりゃどうも」
冗談ではないのに、光太は苦笑している。
「むう。……女性陣には喜んでもらえたか?」
「あ、はい」
佳奈子のリクエストで、光太はいろんな動物の形のマカロンを作っていた。
初めて作るお菓子だと言っていたのに、レシピを見てきちんと完成させられるのだから、やはり調理の基礎技術が出来上がっているのだろう。
佳奈子から光太への報酬は相応な額の図書券だった。
光太に頼んだのは座敷童としての一環。佳奈子は実は、未だに光太に幸運を送っている。
「良かったな」
「そっすね。紫織ちゃんの妹さんにも喜んでもらえたらしくて」
「美織か。いつか会ってみたいものだな」
ルピネからの情報によれば、プロンプト持ちの女の子だとのこと。
プロンプトはミズリと同じ神秘だ。相談役になれるのではないかと思う。
「連絡してみたらいいと思いますよ」
「うむ。そうしてみよう」
「ってか、翰川先生のカエルマカロンほど上手く形が……」
「今度教えてあげようか? 愛しの京のために」
「ぐはっ……いや……そう、なんですけど」
「ふふふ。もちろん教えるとも。僕もそろそろ、東京に戻らなければならないからな」
「……」
「キミと居ると、一日一日が楽しいよ。ありがとう」
「いえ……その。どういたしまして」
「ん」
「あの。後ろにミズリさんが」
「? 『新しく買ったビデオカメラを試したい』というからな。ミズリは向上心に満ちているのだ」
「…………そっすね。ストイックな変態ですもんね」
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