座敷童の内情
三崎京という女は、なんとも鼻持ちならない存在だった。
テストの結果が張り出されれば1位か2位。低くても、順位が二桁を超えることはどの科目でも無かったと記憶している。
頭が良いだけでなく顔もいい。
通った鼻筋。きらきらと輝く大きな瞳。柔らかに笑う口元。
そのすべてが魅力的に映る美少女だ。
性格も良くて、特進クラスを中心に人間関係が広い。
しかし、本当に顔が広いのは彼女と親しい江松楓で、三崎京が自分から人間関係を築いていったというより、江松楓に引っ張られて広がっていったという方が正しい(あたし調べ)。
彼女はどの科目でも見事な活躍ぶりを見せ、それが人に頼り頼られる関係の補強材となっているのは間違いなかった。
絵に描いたような文武両道の優等生。
そんな彼女を、あたしは勝手に僻んでいた。
いつ消えてしまうかわからないという恐怖に身を縮めながら、存在を安定させる手段を手探りする日々。
生前からの持ち物か、自分の名前さえ上手く書けず、成績は今一つ。
見た目は平凡。どころか身長の低さが災いして生活が不便。
運動は体の柔らかさだけ取り柄。マット運動や平均台のような種目ならともかく、陸上競技や球技とは無縁。
眩い活躍を見せる優等生を僻んでたわけなので、軽い気持ちで彼女と彼女の教導役のツーショットを題材にゴシップ記事を書いた。
今となっては昔の自分をぶん殴りに行きたい程度には申し訳ないと思っている。
しかし、ふたを開けてみれば、京は記憶も心も不安定で、でも優しい女の子。
今となっては対等でいたいと思う相手だ。
そんなわけで、京はあたし:藍沢佳奈子にとって大切な友人。京が紹介してくれた江松さん、人呼んでエマちゃんも友達だ。
でも――京の周りの女子が邪魔。
「…………」
「佳奈子ちゃん、美味しくなかった?」
おばあちゃんがあたしを心配そうに見てくる。
睨むような顔をしていたことに気付き、あたしは慌てて首を横に振る。
「う、ううん。美味しいよ。ちょっとぼーっとしただけ」
「そう?」
「うん。……ほんとに美味しい」
おばあちゃんが作ってくれるお料理は何でも美味しい。
シェル先生やルピネさんに家事を教わるようになってからというもの、あたしも挑戦してみるんだけど、おばあちゃんが作ってくれる煮物やお味噌汁の味には程遠い。
……そんな味でもおばあちゃんは美味しい美味しいと食べてくれるのだから、あたしは幸せな孫だ。
「体の調子、だいじょうぶ?」
「だいじょぶよお。お医者様が治して下さったんだもの。佳奈子ちゃんがお嫁に行って、孫が見られるまで死なないからねえ」
「お、お嫁って……」
恋はしているけれど、そんな想像は出来ない。
おばあちゃんは『うふふふふ』と本気とも冗談ともつかない調子で笑い、台所にこそこそと引っ込んでいった。
「……まったくもう」
ぶちぶち言いながらご飯を食べる。
今日の食卓にはあたしの好物が並んでいる。あたしがここ最近元気がないことを察して励ましてくれているのがわかる。
「…………」
京が声をかけてきてくれた時、嬉しさと後ろめたさが心の中で一斉に沸き上がった。
異常なまでに鈍感な京は、周囲からの視線に一切気付かない。そこは別にいい。むしろそこが彼女の長所でもあって、鈍感な彼女があたしも好きだ。
でも――あの視線の雨には耐えきれない。
『どうしてあの三崎さんが?』という困惑疑惑。
あたしが受け答えし始めてからは『三崎さんが話しかけてるのに邪険にするなんて』という怒り。
『あんな奴に話しかける三崎さんはやっぱり優しいな』という感心。
無駄にプライドが高いあたしにとって、それがどれほどの屈辱だったかわかるだろうか?
後で妙なちょっかいをかけてきた数名の女子は睨みつけたし、はやし立ててきたお調子者の男子は『くたばれ』と思った。
子どものような癇癪。
あの日は訳が分からなくなるほど荒ぶった感情に翻弄され、その翌日……つまり今日は学校を欠席してしまった。
感情が荒れ狂った後は、
(……欠席連絡なしで欠席に気付かれないってのがあたしの凄いところよね)
座敷童として素晴らしいことだと自画自賛してみる。
ご飯を食べ終えて、おばあちゃんにご馳走様を伝える。
お茶碗を洗って、お風呂に入って。
受験勉強をするために、アパートの自分の部屋に戻って勉強道具を広げた。
「…………」
国語の問題文を読み込んでいる最中に、スマホがメールの着信を知らせる。
ケロローンとのんきなカエルサウンドは、京からの着信。彼女がカエル好きだと聞いて設定していたのだが、忘れていて自分でびっくりしてしまった。
『from: 京
来週の水曜日に集まることが決まったよ。
それまでに落ち着いたらまた話そう。
PS.お買い物には絶対来てね!』
「何でこんなにいい子なんだかなー」
これだから、あたしは京を嫌いになれない。
お買い物というのは、可愛い服が好きなのに着る勇気が出ないという翰川先生の嘆きを受けて、あたしと紫織、京とで計画した洋服屋ツアーだ。
当然ながら、学生のあたしたちに洋服を買いあさるほどの財力はないので、主な目的は翰川先生に似合う服を探すことくらい。だけど、あの綺麗で可愛い人が着飾ったらどれほど美しくなるだろうかと夢想する程度には純粋に楽しみにしている。
「『楽しみにしてる』、と」
もちろん行くという旨を入れて、話し合いの段取りを整えてくれた京へのお礼と、『エマちゃんにもお礼を伝えてほしい』と付け加えてメールする。
「……」
再び問題集に向き直ったところ、どうにも集中しきれない。
学校でのこともそうだけど――ルピネさんから受け取った『座敷童についての考察』という分厚いレポートも気がかりだった。
まだ半分も読めていないのに、興味が惹かれて困る。
心の針は、国語の問題とレポートの間でしばらく揺れていた。
しかし、結局は好奇心に負けてレポートを手に取った。
「……ざしきわらし」
座敷童という存在は、東北地方を中心に分布する妖怪もしくは家の守り神。
主な伝承や、そこから見える性質が事細かに記述されている。
このレポートはローザライマのファミリーネームを持つ人々による共著だ。
彼らの書いたものが既存の文献をなぞっただけで終わるはずもなく、『ここからは我が家と他の専門家による推測だ』とルピネさんらしい文言が達筆で書かれたページ以降は、オリジナルの解釈が加わっていた。
『土着の伝承から生まれ出た魔するもの、つまり日本で妖怪と呼ばれる存在は、生々しいほど人々の生活に密着している。中でも、《家》という存在に左右される座敷童は最たるもの。口減らしの伝承はともかく、座敷童はとかく「家に憑りつく子ども」である。
そこから、座敷童と類似した種族に思い当った。
家に住み着き住人の仕事を手伝う職人妖精――レプラコーンである』
「……リーネアさんたちか」
確かに、彼らも家に住み着く。
リーネアさんやオウキさんはあちこち移動しているように見えるけれど、実は、自分の家――特に工房や作業スペースのある空間にいる方が圧倒的に落ち着くのだとか。
職人としての才能はないというリーネアさんでさえ『台所が工房の代わり』と言っていたし、オウキさんは小樽で会った時に『小樽もなじみ深くなってきたけど、やっぱり大学の炉が一番いいなあ』とこぼしていた。
本人たちが言っていたので、間違いではないだろう。
好奇心に煽られながら読み進める。
『身内の事情を入れて申し訳ないが、ローザライマ家はヴァラセピスたちと関りが深い。読者諸兄には、これより学術的根拠の一切ない主張を述べることを許されたし』
「
読者なんてあたししか居ないだろうに、こんな”ガチ”な文を書くなんて。
『あるレプラコーンが《家》に拒絶反応を起こしたことがあり、その症状の緩和と治療のために手を貸した。これについて詳しく述べるつもりはないので事前にご了承願う。
これは、その際、レプラコーンのアーカイブの波長を観察していて思いついた仮説である。
魔するものや異種族に限らず、人と人、人とモノの間には「縁」とも呼べる糸が通っている。通常は人と人同士の縁の糸の方が太く頑丈であり、つまりは結び付きも強い。
しかし、レプラコーンは人と人より、人とモノ――《家》との結びつきの方が強かった』
あたしも、そうなんだろうか。
震える指でページをめくる。
『そのレプラコーンは《家》との糸を無意識下で拒絶していた。存在を支える糸を無理に断てば、当然、存在に亀裂が入る。
恩人であり友人であるレプラコーンの弁護のために言うが、安全に糸を断つ方法は確立されている。家主が職人仕事に対して服や靴を贈ってお礼をすることだ。
〜中略〜
また、《子ども》という記号を所持する永遠の3歳児であるレプラコーンと同じく、座敷童もその記号を所持している。
記号とは性質を左右するものであり、侮れるものではない。理性による制御は困難なものである。
ただし、発生が口減らしという明確なものであるため、妖精よりも意識はくっきりとして大人びることもあるだろう。それでも、記号に左右されて精神が不安定になることも考えられる。家事が習得できなかったり、喧嘩の際に言い過ぎてしまうこともその影響かと思われる。
プライドの高さも子どもらしいものである』
「…………」
あたしはそこでレポートを閉じた。
続きを読むには、今日は疲れすぎている。
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