Vol. 4

1.魔王の現世見物

私は異世界に旅行に行きたいです。

「陛下。こちら今期分の予算案です」

「陛下。先日打診を受けた――」

「陛下。頼んでおいた物資が届いたそうです」

「陛下。決済書類を失くした部下が――」

「陛下――」

 へいかへいか、うるさい。

 お前らが出してくる書類、『一昨日までに出せ』って何度も言ったやつなのに6日遅いんだよクソ野郎‼

 でも、俺が承認を出さなければ他に迷惑が行ってしまう。

 書類をもぎ取って目を通し、ミスを指摘して突っ返す。

 涙目で直してるけど自業自得だ。もっと早く出してれば、俺だってこんな顔しない。

「陛下……私は何かいたしましたでしょうか……?」

 メイド服の女がぐすぐすしている。

「お前が羊皮紙が好物の部下を飼ってる身で、アホみたいにあけっぴろげに書類積むバカだからかな」

「ううっ……だって、陛下はなんだかんだで面倒見がいいのできっと許して下さると思ったんです……」

「死ねバーカ‼」

 地獄ウチの住民は、みんなパッパラパーの能天気野郎ばかり。

 他の世界や他の国との折衝のためにも、仕事の体制と書類による管理システムを整えたはいいものの、全員どんぶり勘定。

 俺以外みんながみんな、『間違えちゃったけど適当でいいですよね』と笑顔で聞いてくるから泣きたくなる。

 他の国が羨ましい。

 そんなこんなで俺が尻拭いをしている最中、さらなる尻拭い案件を持ってくる。

 俺の臣下は頭クルクルパーのアホばかりだ。

「くそ、全員地獄に落ちろ……!」

「女王陛下。お言葉ですがここは地獄です」

「世も末だなクソが」

「ここが世の果てでございますわ」

「うっせー‼」

 仕事は出来ないくせに上げ足を取るのばかり上手い。

 全員呪われちまえ。

 一つ山を減らしたと思ったら、『すみませーん』と軽い笑顔で新しい山を二つ増やす。

 何だこれ。錬金術か何かなの?

「……夏が終わったら決算だから、早く準備しろって言ったよな……?」

「陛下。わたくしデュラハンですので首を絞めては取れて……あっ」

 首を蹴り上げて掴み、窓の外に放り投げる。

 首無し騎士が鎧の音をがしょがしょ響かせながら窓の外に飛び出していった。

「女王。さすがに今のはパワハラでは……」

「うるせえな! お前ら俺を超人だとでも思ってんのか終わりの見えない苦行に突っ込まされて疲れないとでも考えてやがるのかバーカ、バーカバーカ‼」

 泣きたいのはこっちだ。

 大体、どんぶり勘定野郎どもの癖に休暇の予定だけはきっちり守るから、俺とかの中枢にばかり報告書が来るんだ。

 正直に言うと誰かに助けてほしい。

「うえぇ……ロザリーが欲しいよう」

 愛しいフルスペックポンコツ。

 目的か問題さえ与えれば、事態の解決へと事態を動かす化け物。

 俺がぶつぶつと言っていると、俺と同じく処理能力がある(=パッパラパーじゃない)ので仕事に縛り付けられている角持つ美女が、死んだような顔色で言った。

「ないものねだりをしてもどうにもなりませんことよ、女王陛下……」

 そうだ。

 ロザリーはコード世界のトウキョウとやらで、学府の教師をしている。きっと忙しい。

 だから、呼んでも来てくれない。

「ひぐっ……」

「ああ、女王が……! そこに突っ立ってる木偶、至急ココアを淹れてきなさい‼」

「お姉ちゃん、お兄ちゃん……」

 思い出し始めると止まらない。

 とってもたくさんいる俺の兄弟は、頼れる優しい兄弟姉妹。

 みんなは立派なのに、俺は王の立場を任されておきながらこんな醜態を晒している。

 顔も合わせられない。

「うあああん……‼」

「女王……おいたわしい……」

 泣きわめいていると部屋の壁が吹き飛んで、臣下どもが飛び込んできた。

 角、翼、尻尾。いろいろ生えていたり奇妙な形の体をしていたりする、不思議で魅力的な臣下たち。

 父様から彼らの総領を受け継いだというのに、臣下たちへの顔向けも出来ない。

「女王――‼」

「大丈夫ですか、陛下⁉」

「誰に泣かされて……」

「あなたたちアホどものアホっぷりに泣かされているのですわよねえ‼ 何を他人事にしてやがるのかしら⁉」

 俺を抱きかかえて慰めていた美女:メリザが体を変容させ、臣下たちをなぎ倒し始めた。


 

 城の壁が、俺たちの居た執務室まで一直線に穴で貫通されている。

「……」

 俺は木偶と呼ばれた大男:ウィヴに預けられ、肩車をしてもらって外の様子を眺めた。

 荒涼とした荒れ地と、鬱蒼とした森の両極端が広がる光景はいつもの地獄。

 珍しく青空が見えている。

「女王。お元気になられましたね」

「……うん。ウィヴ、ココア取って?」

 地獄の最強格のメリザと、その他大勢の地獄の住民による大騒ぎを、輪の外から眺める。

 確かにメリザは最強。

 しかし、その他の住民たちがやられっぱなしになるほど弱いということは一切ない。

 かなり白熱した戦いだ。

 ……まあ、魔獣になったメリザに順調にぶっ飛ばされてってるから、勝敗は決まってるんだけど……。

「メリザ殿は相変わらずお強い。男が気後れしてしまうのもわかりますね」

「それ、本人の前で言うなよ?」

 『婚期を逃した』という展開に繋がりそうなセリフには敏感だ。

「何度か言っておりますので」

 爽やかに笑う。

 心の中でこいつを勇者と呼ぶことに決めた。

「……仕事、もうちょっと頑張る」

「ご無理はなさらず」

「でね。俺が居なかったら出来ないものが終わったらね。俺にもお休みが欲しい」

「! 良いと思いますよ。女王は普段がお忙しいですから」

「ありがとう」

 嬉しくてウィヴに抱き着く。

「しかし、ここ地獄でお休みになられるのは難しいかと……残念ながら」

「わかってる。だから、コード世界に行くんだ」

 ひーちゃんが居て、きょうだいと父さんが居る世界。

 とっても素敵な世界だ。

「わかりました。旅の準備は整えておきましょう」

「うん」

「無事のお帰りをお待ちしております、我らが女王陛下。……お見送りが出来ない無礼をお許し下さい」

「いいよ」

 メリザを止める役目も必要だ。

 このウィヴも地獄の最強格。心配はない。

「留守は任せるぞ」

「仰せのままに」


 さあ、異世界に行こう。

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