第4話


意識がはっきりして来てそこでやっと自分が襲われたということに気づかされたのは、起き上がろうとするたびに腹部に走る激痛とそこに巻かれた包帯の存在のためだった。


そしてもう一つ。

明らかにおかしい点があった。


それは、そこが先ほどまでいた世界ではなく、現実世界の病院ということだ。

この歳になって、まだ僕はこのような形で病院というものにかかったことはなかった。かかっても健康診断だとか、そのレベルだ。

もともと健康体だったからというのもあるのだろうけども。

だからここにいるのは筆舌に尽くし難い気持ちだった。

そもそも、僕は家で寝ていたはずだ。

なのになんでこんなにも腹部に激痛が走り病院のベットで色々な管に繋がれて寝ているのだろう。

こんなのまるで。

、、まるで。

現実と夢がリンクしてるみたいじゃないか。


あの時襲われて刺された場所と、今痛みを感じ手当が施されてる場所は

数ミリの狂いもなかった。

そんな偶然があるのだろうか。

あり得てしまっていいのだろうか。

こんなにも大怪我だというのに、そしておそらく僕は寝込んでいたのだろうに病室に居たのは僕だけだった。

白い壁の部屋が、いっそう真っ白に見える。

何もかもを白紙に戻すかのようなその「白紙」という言葉に

ふさわしい光景は何かと言われれば真っ先にこの場所を答えれるような、

そんな白さだった。

純粋で、純然で、純真で、純情で、純白な白だった。

誰もいない。

自分だけのその空間でゆっくりと覚醒する意識になんでここにいるのかというのえおゆっくりと考えるものの、その結論に至ることはなかった。


覚えているのはどこまでも果てのないユメ。

光差さぬ常闇の中で、僕は閉じ込められていた。

なにもできず、ただ、どこからか聞こえる終わりを告げる音を耳にするだけ。

冷や汗がつたりその不快感に思わず意識を無理やり覚醒させ、飛び起きる。

体中から体温が抜けていくようだ。

何度か体験したことあるようなこの感覚には思い当たりがあり

その感覚に、疲弊する。

時計を見て、さらに疲弊しそうだ。

お化けが活発化してさぁ帰ろうって時間だ。

朝には早く、夜には遅く、微妙な時間。

何度目だよ。思わず、ため息をつく。

もともと眠りの質がいい方ではないし眠りが浅いからこそ夢をよく見ているのだろうしだからと言って早寝ができるような体ではなかったのだけれど

ここ最近は特にひどい。

頻繁に夜中に起こされることが多くそれは日常に異常をきたすレベルだった。

ひどく苦しくなる夢を見たことだけは覚えている。

いやいつものことなのだけれども。

夢の内容は大体が朧気だ。

暗闇に閉ざされ、身動きもとれず、なにか達成しなければならないことがあるような、得体の知れない何かから逃げたいと心から叫んでいるようなそんな感覚の夢。

その何かが訪れることが一番の恐怖である。

夢と何度もいいきかせてもアレルギー反応みたいに、否応なしに体は震える。



そんなことを考えていればなんだか頭痛の痛みが増した気がする。

吐き気が増していく。

弱々しい力で顔の横にあったナースコール音ボタンを押し込む。


ピポーン


気の抜けるようなチャイムの音が鳴り響き

慌ただしく看護婦と医者が病室に入ってくる。

慌てふためくおそらく新人の看護婦に医者が頚動脈の触知をするように叫んでいるのを遠くに聞きながらこのまま死ぬのだろうかなんてバカみたいに考える。

真っ赤な血が腹部から溢れていくのが視界の隅に入る。

あぁ。

これは死ぬな。

昔ドラマで出血多量というのだと言っていたのを思い出す。

そして今更ながらこんな状況なのにも関わらず家族が来ないことに気づく。

仕事かな。

それとも本当にこんな僕に嫌気がさしたのかな。

まぁ。そんなものか。


「・・・・・・お母さん」

死の怖さによる震えをどうにかしたくて呟くように呼んだのは母親のことで。

当然、今までのように「なぁに、?」なんて言葉を返してくれる存在はいない。

ただ静かなその部屋に声が反響するだけで

温かいぬくもりなんて感じることはできなかった。

「、、、、、杉本」

唯一無二の親友の名前を呟いたところで結局意味がない。

やっぱり誰もこない。誰も何も返してこない。



なんだ人の人生とはなんともあっけないものなんだな。

不意に手元を見る。

その先に誰も居ないことに気づく。

温もりがない。

その先にあるはずなのに。

繋いでいたはずなのに。

確かにそこに温もりがあったはずなのに。

初めは温かく残っていたその温もりは次第に暖かさを失う。

解けてゆく。


愛されたいと望むのは罪か

生きたいと望むのは罪か

夢を描けば罪か

そんな法律誰が決めた

そんなルール誰が決めた

それがルールなら

それが決まりなら

それが法律なら

それを壊してもいいだろう?







なんてレクイエムを唱えても今更意味なんてない。











あぁ、、僕は死ぬんだ。


















血なまぐさい。

何人もの血の匂いと臓物の捕食される捕食音。

ぐちゃり。

茶色い、人のような何かがそこにはいた。

いや、人の形をしているけれどもうそれは化け物といってもおかしくはないだろう

まだこちらには気づいていないその”ナニか”に数秒ほど思考が停止する。

悪魔が乗り移ってるかのようだ。

死神のようだ。

でもそんなナニかの正体より何よりも今の自分の状態の方が不思議でならなかった。

生きている。

生きていたのだ。

まぁ、その場所は先ほどまでいたはずの病院ではなかったが。

これは夢なのだろうか。

いや夢の中で夢を見るというのもおかしい。

いやそもそもここは夢なのだろうか。

夢と現実がごちゃまぜになってどこからが夢なのかもわからない。

でも、ここは。

この場所は。

おそらくだが夢の中だろう。

先ほどまでいたところだ。







「君はなんで自分が夢に”呼ばれている”かわかる?」


不意に話しかけられた声に聞き覚えはない。

夢に呼ばれている?

何を言っているんだろうかこの声は。

夢は呼ばれるものではなくどちらかといえば呼ぶものだし。

夢に呼ばれるという表現もよくわからなかった。

でももし今までの状況が。

僕が悩み続けた現象が夢に”呼ばれている”という状況なのだとしたらうなづける。

確かに呼ばれている気はする。

毎度毎度、夢に飲まれすぎているのが呼ばれているせいだとすれば。

わからなくもなかった。

が。

なんで呼ばれているのか、そんなふうに言われても

わからなくても仕方のないことだった。

そもそもこの現象が”病気”が夢に”呼ばれている”のだということさえ今この声のおかげで知ったのだから。

その理由なんてものを自分が知り得るはずもなかったのだ。




「じゃぁ、質問をかえようか」


「なんで君は生きてるの?」



なんで生きているのか、か。

そうしないと、やってられないから。

誰だって皆、現実からは目を背けたい。

向き合わなければいけないこともいずれ向き合わされることも

分かっているけれど、それでも、、幻想に、妄想に、人は縋る。そうすることで、

自身の心と体の、安定を保ってるから。

たとえその現実逃避の方法が意味のないものだったとしても。

ほんの少しの平穏が。

平和が。

明日からまた生きるために必要なのだ。

なんで生きているのかなんてわからない。

生きないといけない。

そう思うから生きているんんだ。

醜く生にしがみつくんだ。

だから生きている。

だから生き続けてる。



「でも、人はいつか死ぬよね。」


「生きることが使命だなんていうくせに」


「生きることに意味があるなんていうのに」


「いつかは死ぬよね」


「それって矛盾してるっていうんじゃないの?」



そんなことを言われても生きているのだ。

死ぬこともあるけど。

それはそれまでだ。

死ぬときは死ぬ。

ところで本当にこの声はなんなんだろうか。

すっかり違和感もなく喋っていたけどもこちらはまだ何も喋っていない。

声を出したら目の間にいる食事中の化け物に見つかってもれなく食材になるからだ。

そもそもこの声自体がどこから聞こえてきてるのかさえもわからない。















「君は何もわかってない」





「でもいつかわかる時が来るはず」





「だから、※遘砧sj縺ェsfk※繧田jd縺オ縺」




最後の方は何を言っているのかよくわからなかったが。

何か大切なものを教えにきてくれたということだけはわかった。




きっと自分はこの世界で何かをやるべきなのだろう。

何かを見つけなくちゃならないのだろう。

そんなことを考えながら黙って化け物がいなくなるのを待った。




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