第3話
たくさんの人や獣人の鳴き声。
濃い香水の匂い。
何処かで焼かれる、美味しそうな肉の匂い。
商売人の声やら、色んなものが入り交じった空間で微かな塩辛い海の香りにも気付いて、少しだけ表情を緩める。
最初に感じた頃よりも、だんだんと人のざわめきが多くなってきて騒がしい街並みが広がっていく。
綺麗な色とりどりの旗が下げられ、石造で作られた美しい建物の街並み、そして
クリーム色の石の連なった道。
「そろそろ、その似合いもしないボロボロの服をなんとかしないとね」
「そうだね、カケルさんに似合わないですよ、そんなボロボロの服。」
確かに二人の立派な服とは違い僕のきている服は圧倒的に劣っている。
ボロボロの生地は所々黒ずんでいて、汚れの強さがとても目立つ。
それによく無茶な戦闘を挑んでばかりいるためか所々繊維が擦り切れて薄くなっており今にも破れそうなくらいだ。
新しい服を買うにも、お金がないのでそのままにしておいたのだが流石にそろそろこのままの服装ではまずいだろう。
「そうだね、そろそろ新しい服にしないとな、、」
「俺たちが買ってやるからまずは服見に行くぞ」
そういって服屋のある方へと向かうハンズを慌てて止める。
買ってやる、?
そんな申し訳ないことできるものか、ただでさえこの二人にはもう十分なぐらいに頼りきっているのだからこれ以上頼るなんてしたら申し訳なさで僕が死んでしまう。
「いいよ!僕が自分で買うから!」
「何言ってんの、カケルくんお金ないでしょ」
「うぐっ、、」
確かに僕はお金をあまり持っていない。
基本的にはモンスターを倒すクエストの報酬によってお金をもらってなんとか毎日を過ごしているのだけれど、お金が一気にたくさん手に入ることになる難易度高めのクエストは”複数のパーティー編成”が条件だ。
ならここにいる二人に頼めばいいだろうと思うだろうけどそれもできない。
この二人はただでさえ忙しいのだ。
そして何よりも王宮騎士団の人たちである。
そんな人たちに万が一があったら、、、それこそ今度は僕の命が危なくなってくる。
それに何よりも人の命を背負う覚悟が僕にはまだない。
パーティーを組めばその分利点もあるがデメリットも存在するのだ。
それは共に行動するメンバーの命の危険をともに背負うということだ。
命の重さというものを、僕はもう理解しているつもりだ。
だからこそ、彼らや、ましては知りもしない誰かと即席でパーティーを組んでもしものことがあったらなんて考えるととてもじゃないが僕ではまだ耐えきれるものではない。
こうして低ランク向けの個人クエストのみを続けていた結果、万年金欠である。
結局、ハンズたちに押し切られて服を買ってもらうということで落ち着いた僕らは服屋へと向かう。
途中に降りた店で鹿肉とネギの焼き鳥を買ってもらったのでそれを口に頬張りながら周りを歩く街の人たちを見渡す。
ちなみにこの鹿肉の焼き鳥はこの世界で一番美味しいものだと僕が勝手に思っている料理で、ジューシーな肉にこんがり焼けたネギが串に刺されている。
食欲をそそるような香ばしい香りが店の前を通るたびに鼻をくすぐり、いつもつい買って食べてしまうのだ。
それにしてもほんとにいろんな種族がいる世界だ。
頭から猫や犬、狐にタヌキに熊などの耳を生やしてるものたちや、手足が動物になっているものなど。
我ながら素敵な世界を作ったものである。
食べ物は美味しく人々は優しい。
自分の想像力の豊かさに今回だけは感謝した。
そう、たくさんの人種の存在するこのレンファーレは表向きはとても平和な町だ。
だが、、時たまに変なことを考えるやつもいるようで、、、。
「盗人だ!!!!」
誰かの叫ぶ声に振り返る。
そこには深緑のマフラーで顔を半分くらい隠し、両手に果物やらなんやらを抱えて走ってくる同い年くらいの男の姿があった。
おそらくあの手に持っているものは奥にある果物屋から盗んだ物だろう。
両手を広げ捕まえようと前に出た瞬間だった。
ズキリ
頬に今までこの世界では感じたことのない確かにはっきりとした痛みが走る。
痛い。
イタイ。
痛み。
痛覚。
今までこの世界で感じることがなかった。
感じるはずのなかったその感触が体に走って混乱する。
だってここは僕の作った世界。
怪我をしても痛くないと言えば痛くないはずなのに。
なぜだか、今、僕は痛みを感じた。
目の前の盗人に頬を浅くだが切られて、イタイと感じた。
その意味がわからなくて立ち尽くす僕は盗人が次の行動に出ていることに気づきもしなかった。
いつの間にか目の前に現れた盗人から振り下ろされる剣。
避けきれないと覚悟して目をつぶる。
だが一向にその痛みはこない。
攻撃されすらしない。
恐る恐る目を開ければそこには、盗人を押さえ込んで縄で縛っているハンズがいて助かったことを理解する。
それと同時にこれは僕怒られるな、ということを察したのであった。
まぁそりゃそうだろう。
敵を目の前にぼーっとしてたのだから。
縄で盗人を縛り上げ上司であろう人に後のことを頼んだハンズからの怒りが落ちるのも当たり前だった。
そんなふうに考えていれば案の定、ハンズからの雷が落ちた。
「なにぼーっとしてるの!危なかったじゃん!」
「ごめん、、ハンズ兄さん」
「もしかしたら死んでたかもしれないんだよ!?」
「死なないよ、僕は」
「、、、でも、」
また胸のどこかで違和感を感じてモヤモヤが育っていく。
それは消えることはなくむしろ拡大されていっていて。
何かおかしい。
何か変だ。
そう思うのにその原因がわからないままでいた。
『でも本当に気をつけてねカケルさん』
『うん、解かってる。大丈夫だから、、、どうせ夢だし』
『、、、そうだね』
『もしかしたら死んでたかもしれないんだよ!?』
一番強い疑問はあれだ。
なんでこの二人が僕が死ぬことに不安を感じるのかだ。
この世界が僕の作った夢の中の空想世界だということを知っているのは彼ら二人。
当然僕がこの世界で怪我しようが死のうが結局はまたやり直しが効くことをこの二人は知っているのに、どうして僕が死ぬことをそんなに怖がるのだろうか。
目の前で大切な人が死ぬか死なないか、自分が生きるか死ぬか、わからない、明日みんないるか分からない、そんな世界であることを怖がっているのだろうか。
これ以上誰かが目の前で死んでしまうことを。
いなくなることを。
僕がいつか本当に死んじゃうのではないだろうかということを
怖がっているのだろうか。
そんな風に再び考えていた時だった。
不意に腹部に激痛が走る。
「カケルくん!!!!!!」
「カケルさん!!!」
そう叫んで近寄ってくる二人の声を遠く感じる。
赤黒いそれが、目の前に広がっていくのを見ながら、今までなら感じることのなかった痛みに悶えて僕の意識は深いところに沈んでいった。
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