第8話 不運な事実
エミリアたちはひときわ大きな扉の中に入っていった。
「ここは…?」
「す、すごい!」
「こんな場所があったなんて…。」
「とりあえず、進もうよ。」
エミリアたちの目の前には町の一部を再現した空間が広がっていた。ここは務める研究者たちのために作られた憩いの場であり、時には数か月間、海の底で過ごす彼らのため地上の街並みを再現した空間である。
目にしたこともない地上の街並みに目を奪われる彼女たちに向けて、街の至る所につけられたスピーカーから男の声が響く。
「やぁ、“Queen”のお嬢さん方。ごきげんよう…。」
男の声が街に響く。
「誰?」
エミリアたちは辺りを見渡し、声の主を探す。
「数が少ないな…。そうかぁ…死んじまったのか。」
「みんな、警戒して…。」
「残念だ。全員この手で葬ってやろうと思ってたんだがなぁ。ま、その分、手間が省けたし、良しとしようか…。」
遠方の小さな小川にかかるレンガ造りの橋に男が、ノメリアが現れる。エミリアたちはすぐに彼に気づく。
「さっきの声はてめえか…。」
ベベルがノメリアを睨みつける。ノメリアは彼女たちを見て鼻で笑い、手に持っているマイクに口を近づける。
「いい景観だろう?お前たちは外の世界を見たことがないからなぁ、初めての景色に感動したろう?…ま、その感動もここで終わりだが。…しかし…お前らもバカだよなぁ。赤髪を殺しちまうなんてよぉ?」
「…どういうこと?」
「何言ってんだ!?あいつは私たちを殺そうとしてたんだぞ!?」
怒りを露わにするベベルに向かい、不敵に笑うノメリア。
「俺を倒してみろ…。そうすれば、教えてやるぞ?奴が何をしようとしていたのかをな?…だが、お前たちの敵は俺だけじゃない…。」
紅い点がエリリンの足元から忍び寄り、彼女の額に止まる。それにリプリカが気付き、彼女に飛びつき、地面に伏せさせる。
「リ、リプリカ!?」
「いいから、伏せるよ!」
その直後、紅い点に向かって弾丸が放たれる。
「ちっ!銃弾ね!」
「狙われてるわ!2人一組で散るわよ!」
エミリアはベベルと、エリリンはリプリカとともに街中へと身を隠す。
「下手くそが…外してんじゃねえよ、全く…。」
ノメリアは無線でアリアに愚痴をこぼす。
「まさか、気づくとは思わなかったのよ!」
「…は~…いいや。とりあえず、俺はエミリアとベベルをやる。お前はリプリカとエリリン…さっきお前が狙ったやつをやれ、良いな?無理はするなよ?」
「わかってる。」
「…さて…殺しの始まりだ。」
エミリアとベベルは町の一角にあった建物の中へと逃げ込む。建物の中は明かりがなく、窓から差し込む光だけが部屋の一部を照らしている。彼女たちは陰に溶けいるように体を隠し、気配を消す。
「あの男の雰囲気…ただものじゃない。」
「それにあいつ…パパのことを知っているみたいだ…。倒せば、パパが何をしていたかを教えるとか言ってたけど…どうする、エミリア?」
「正面からでは、とても太刀打ちできないわ。…隠れながら、逃げるのが理想だけど…。」
建物内から足音が響く。ノメリアが建物内にゆっくりと入ってくる。
「そう簡単にはいかないみたいね…。」
エミリアは小声で言い、ベベルに合図を送る。暗闇に乗じてノメリアを打とうと、計画する。
彼はゆっくりと、暗闇に足を入れていき、彼女たちの隠れる場所へと一歩一歩近づいてくる。彼が十分な射程距離に入った瞬間、エミリアとベベルは彼めがけて物陰から飛び出し、攻撃を繰り出す。エミリアの手刀は首に、ベベルの拳は腹部を捉えていた。
暗闇からの奇襲は成功したかに見えた。暗闇が、物陰から出た彼女たちを隠しており、彼もそれに気づいていないようだった。
やった…。そう思った。彼の愛用のナイフがエミリアの右腕を切断し、ベベルの腹部を貫くまでは。
一瞬の閃光が走ったのは束の間、彼女たちは自身の身に何が起きたのかを知った。
「あああああああ!!!」
「な、なん…ごぽ…!!」
エミリアは切断された右腕を押さえて、絶叫し、ベベルは腹部を押さえて膝をつき、苦痛に俯く。エミリアの傷は塞がりつつあったが、ベベルの方は内臓を損傷したらしく、再生の兆しは見られない。
「フン…、そいつは終わったなぁ?」
ノメリアは後ろ髪をかき上げながら言った。
「どうして…!」
エミリアの問いかけに、彼はすぐに答える。
「疑問に思うよなぁ?ま、無理もないが…残念ながら、俺の視細胞は常人の数千倍の感度でな…暗闇だろうと昼間の様にはっきりとものが見えるのさ。滑稽だったぜ、お前らの姿は。」
「くそぉぉお…。ベベル、大丈夫!?」
エミリアは俯くベベルに叫ぶ。彼女は振り絞るような声で言う。
「に、逃げろ…エミリア…!」
「くっ…!何言ってるの、貴女らしくないわよ!」
「再生能力があると言っても、内臓レベルでは無理な話だ。…それはお前らの先代が証明してある。…今、楽にしてやるよ。」
ノメリアはナイフを持ち直す。ベベルは彼の方を向き言う。
「あんた…言ってたよね…。パパを殺したのはバカだって…。あいつは…私たちのことを殺そうと計画してた…。自分たちの身を護るために…あいつを殺したことがどうバカなの!?」
ベベルは口から血を吐きながら、ノメリアを睨みつける。彼は少し表情を和らげ、少し考えた後、口を開く。
「…そうだな…。本当はサクッと殺して終わりにしようと思ったが…、真実を知らずに死んでいくのは、俺も嫌だし、お前らも当然嫌なわけだよな。」
ノメリアは目を閉じて鼻で笑った。
「最初はああいったが…気が変わった。残りの2人は知ることができないかもしれんが、まあ、運がないだけだ。…冥途の土産に教えてやろう。そして…赤髪に泣いて許しを請うがいいさ。まあ、あいつは許すと思うがな。」
「許しを請う…?どういうこと?」
ノメリアはエミリアを一瞥し、不敵に笑う。
「実は、俺はよぉ…赤髪とは古い付き合いでね。どれくらいかというと、そうだな…お前らが生まれる前から、俺と赤髪は知り合いだった。」
「パパの知り合い…?」
「ああ、そうだ。あの時の赤髪はまだ主任で、所長ではなかったが、そこらの研究者なんか比較にならないものだった。と、ま…こんな話はどうでもいいな。」
ノメリアはナイフをくるくると回しながら、赤い花が飾られた窓へと歩み、外の景色を眺める。
「なぜ、赤髪がお前たちをよくしてたか知ってるか?…当初の予定では、お前たちはもっと早い段階で廃棄予定だったんだが、赤髪はそれを阻止するため、俺らのボスに懇願した…。あいつには一人の娘がいた。とっくの昔に死んじまったが…あいつはお前たちに自分の娘を重ねてたんだ。」
「…それじゃあ、どうして…。どうして、パパは私たちを!?」
ベベルはノメリアに叫ぶ。彼はやれやれといった具合に答える。
「お前たちの見た書類は、数年前のものだ。恐らく、あいつが処分するのを忘れてたものだろうよ。…それをお前たちが運悪く見てしまった、というのが事の顛末だ。あいつは…お前たちを殺すつもりなんか全くなかった。証拠に、あいつは今日、数か月遅れだが、お前たちの誕生日を祝う予定だったらしいぞ。ここに来る前に、あいつの部屋に寄ったが…見ろ。」
ノメリアはハート形をしたロケットペンダントを2つ、ポケットから出し、彼女たちに見せる。ロッケトには、赤髪博士と“Queen”達が昔に取った記念写真が飾られていた。
「そんな…そんなあああああ!!」
「嘘…でしょ…」
エミリアは涙を流して、呆然と立ち尽くす。ベベルは唇を噛みしめて俯き、声を殺し、肩を震わせていた。
「同情するぜ?“Queen”と言えども、知能はただの子供だしなぁ…。まぁ、安心しろよ。」
ノメリアは右足を上げ、思い切りベベルを蹴り飛ばす。
「が、あ…!」
ベベルの体中を嫌な音が伝う。骨が折れ、内臓がつぶれ、血液が噴き出す。彼女の体は壁に、まるでトマトの様に、叩きつけられ、赤い体液をぶちまける。ずるずると壁から落ちた彼女はそのまま息を引き取る。
「俺が、赤髪…パパの元へと連れてってやるからよ?」
「…べ…ベベル…」
ノメリアがナイフを持ち直し、ゆっくりとエミリアに近づいてくる。エミリアは体を震わせながら、後ろへと下がる。そして、扉の近くに来ると、素早く扉を開け、外へと駆け出る。
「逃がすか」
ノメリアはナイフを投擲する。ナイフはくるくると回転しながら飛んでいき、エミリアの左足へと突き刺さる。
「ぎゃあああああ!!」
エミリアは勢いよく転び、地面に強打する。
「ぐ…く…ああああ…」
血を流し、這いつくばりながらエミリアはノメリアから距離を取る。ノメリアはナイフを回しながら、彼女の後に続く。そして、ついに彼は彼女の背中を踏み、髪を掴んで顔を上げ、ナイフを首元へと移す。
「いや…!いやああああああ!!」
「…すぐに楽になる…。」
紅い液体が宙を舞い、叫び声が消える。
エミリアとベベルの遺体の傍にはロケットペンダントが添えられていた。
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