自称後輩が意味不明!?

とらたぬ

自称後輩が意味不明!?

「せんぱいっ!」


 書店に今月の新刊を買いに来たわけだが、何故か知らない人に声をかけられた。それも自称後輩。

 何だこいつ。新手の宗教か? 後輩教とか。

 まあ人違いしてるだけかもしれないし、無視しておこう。


「ちょ、ちょっと!? 何で無視するんですか! せんぱい!?」


 ごめんな、こんな後輩知らねえんだわ。

 俺はスタスタと、その場を離れようとした。


「待ってください!」


 背中に、むにゅっとか、ふにょんとか、ぽにょんとかっていうかまあたわわが押し付けられてぱらだいす。

 しかし、真の漢たる俺は耐えた。その場で揉みしだきたい衝動に。


「そもそも俺は貧乳派だァッ!!」


 言葉を音として発することで、それは言霊となる。

 だから俺はおかしくなったわけじゃなくてね? そんな見ないでお客さん方? 自称後輩は何で泣きそうなの??


「……えっと、自称後輩さん。とりあえず移動しましょうか。どうです、休憩できるところとか?」


 耐えたとか何とか言ったな。アレは嘘……ではないけど世間様の目を気にしただけだ。

 俺は、真っ赤な顔をした自称後輩さんの手を引き、愛のホテルへ。


「高校生がこんなとこ来るんじゃねぇっ!!」


 入る直前で、清掃員っぽい草臥れたオッサンにキレられて入れてもらえませんでした。

 やったね後輩視点だとダブルミーニングだね。やってねぇよ。

 なんで、普通にファミレスに入りましたと。普通って何だ。


「で、君誰?」

「え? 三波みなみですよ、水瀬みなせ三波。せんぱいの一つ下の」


 やっぱ知らねえなあ。


「人違いじゃねーの? 俺の名前、わかる?」

「当たり前じゃないですか。袴田竜馬りょうま。それがせんぱいの名前です!」

「へー、そんな名前なんだ」

「いや、何でせんぱいが自分の名前を知らなんですか!?」


実は記憶無いんだよねー。てへぺろ。


「大変じゃないですか」

「ホント大変なんだよなあ」


 ●


 と、ふざけるのはそこまでにしておいて。

 記憶がないと言っても、全てを忘れてしまったわけではない。

 性癖とか、趣味とか、自分のことは、名前以外なら大抵思い出せる。好きな下着は、一見大人しそうな子が履いている赤いレースのショーツだ。

 思い出せないのは、所謂エピソード記憶というやつだけで、知識なんかは特に変わっていない。

 ああ、あと、なぜか今までに読んだ本の内容も覚えている。

 そんなだから、学校以外の日常生活を送る上では困ることなどほとんどない。

 記憶を失う前の俺は近所付き合いとかもほとんどなかったらしく、少なくとも今のところご近所さんに声をかけられる、なんてことは起こっていない。

 しかし、学校に関しては別だ。

 いくら根暗そうな俺でも、多少の交友関係があったはずだ。

 それを知らないままでいるというのは、マズイ気がする。

 記憶がないことを隠すつもりはないが、積極的に教えるつもりもない。

 それが原因で親しかった友人を傷つけてしまう、というのは避けたい。

 だから、どうにかして俺の交友関係を知る人物と接触したいと思っていたのだ。

 そこへ、都合がいいことに、俺と親しかったのであろう後輩を名乗る女生徒が現れた。


「と、まあ、現状はこんな感じだな」

「そういうことでしたか。それなら、アレですか、先輩と仲が良かった人を教えればいいんですね?」

「ああ、そういうことになる」


 自称後輩の水瀬三波は、任せてください! と、鼻息荒く胸を張る。


「えー、と、ちょっと待ってくださいねー?」


 その割には頭を抱えて、うーんうーんと唸っている。

 まさか俺の交友関係、そんなに壊滅的だったのだろうか。


「思い出しました! 確か、F組の佐田さんと、E組の竹中さん、それからB組の遠藤さんとは結構仲が良いって聞いたことがある気がします! あ、ちなみにですが全員男の娘です」


 え、少な。

 たった三人って、何、俺ってそんなにコミュニケーション能力低かったの?

 そう返すつもりが、最後の男の娘に全てを持っていかれた。


「何、え? 男の娘って言った?? おかしくない?? 一つの学校の一つの学年に男の娘が三人もいるってバランスおかしくない!?」


 キャラ被りどころの話ではないぞ。

 そんな思いでついつい出てしまった言葉は、水瀬を困惑させる。


「え、そこ? そこなんですか?? 気にすべきとこ違くないですか??」

「いーや、違わねーよ?」


 他に何を気にしろというのか。不思議である。


「あ、はい。そうですね、せんぱいですもんね」


 水瀬はなにやらひとりで納得した様子。解せぬ。


 どうやら、水瀬が知っている俺の交友関係は男の娘三人衆だけらしかったので、その日はそこで解散した。


 次は学校である。

 事前調査により判明した三人の友人の元へ赴き、いくつかの質問をした結果、恐ろしい事実が発覚した。


1.佐田君の場合

「え、君の交友関係か……。うーん、ちょっとわかんないなぁ。あ、でも、その水瀬とかいう後輩くん? と学校で話してるところは見たことないなぁ。というか、そもそも君と仲の良い後輩なんていたかな……」


2.竹中君の場合

「竜馬の交友関係? え、と……あの、ごめんね? なんていうか、竜馬が誰かと仲良くしてるとこ、見たことなくて。それに、水瀬さん、だったけ? その子の話も聞いたことないんだ」


3.遠藤君の場合

「ふむ、貴様の交友関係、か……。そうさな、我々以外と貴様が親しくしているところなど、一度も見たことがない。それに、その女のことも知らんな。そもそも、本当にこの学校の生徒か?」


 お分かりいただけたであろうか。

 俺の交友関係が全滅だったことは置いておくとして、水瀬後輩が怪しいのである。


 続けて、水瀬後輩の学年──俺が二年なので、後輩である以上その学年は一年だと推測できる──の生徒に、水瀬後輩について聞き込み調査を実施した。

 しかし、誰も彼女のことを知らないと言うのだ。誰一人である。

 いよいよもって雲行きが怪しくなってきた。彼女はいったい、何者なのか……。


 放課後、教室を出ると同時に、たわわ物体の突進をくらった。

 言うまでもなく、水瀬後輩である。


「せんぱい、一緒に帰りましょう!」


 調査の結果から考えると、このお誘いがとてもキケンなものに思えてくるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、という言葉もある。

 罠かもしれないが、その誘いに乗ってやる!

 そう意気込んで、彼女についていったわけだが、その日は特に何もなく終わった。強いて言うのなら、カラオケに行って、数時間歌い続けた。普通に楽しかった。


 いやいや、これは油断させる作戦かもしれない。

 そう考えるならまだまだ気を抜くことなどできない。


 しかし、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、ボーリングをしたり、ゲームセンターで遊んだり、本屋に行くなどしただけで、特筆すべきことは何も起こらなかった。


 この頃になると俺はもう普通に、後輩と過ごす毎日をエンジョイしていた。

 彼女が何者かを見極めるという当初の目的を忘れたわけではないが、なんかもう良いかなって。

 ようはアホらしくなってしまったのである。何もなさすぎて。


「せんぱい、一緒に帰りましょう!」


 今日もまた、俺は水瀬後輩と放課後を過ごす。


 そしてあれよあれよと言う間に五年が経ち、俺は水瀬と同棲し始めた。

 もうすっかり記憶喪失も治ってしまったのだが、何度思い返しても記憶喪失以前に水瀬と会った記憶がない。

 本当に、不思議である。

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自称後輩が意味不明!? とらたぬ @tora_ta_nuuun

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