死の選択
youとユートピア
第1話
「A君。ぜったいに帰ってきてね」
目の前で、大して仲良くない女の子が激励の言葉を送ってくれた。それも涙ぐみながら。
普段の自分なら、こちらは空返事を返すはずだ。しかし、今は状況が違った。僕は心からその言葉に感謝しながら、ありがとう、と一言返した。
日本は戦争の真っ只中。僕たち学生の男子は、兵士として戦地に駆り出されることとなった。今はその兵士たちを戦地へ送る前の壮行式が開かれていた。明日からは各自戦地へ向かうため、今がみんなに別れを言う最後の場だった。
みんながみんな、仲の良し悪しに関係なく、心から激励の言葉を送った。それもそのはず、多分みんな死ぬのだ。ここに集まった兵士は皆、自分が赴く戦地は知っていても、いつ帰るのか明確に知らされている奴はいない。それにはこんな暗示があった。
『死ぬまで戦え』
自分が生きて帰れぬことを悟った僕たちは、死ぬための準備をした。この壮行式もその一環だ。
僕は、一人別れの挨拶をしていない人のことを思い出した。幼馴染のBだ。Bは戦地が異なるため、今を逃せばこの先会うことはないだろう。僕はBを探すことにした。
Bを探していた最中、突然叫び声が聞こえた。
「まずい! 近くで動物園の像が脱走したらしい。こっちにくるぞ。逃げろ!」
あたりは騒然とした。しかし、逃げるものは一人もいなかった。
事態は最悪の展開に転がっていく。その像は既に僕たちの目の前にまで迫っていた。像はその巨体で大暴れしながら、特有の鳴き声をあげていた。完全に興奮状態にあった。
式の会場は、大混乱に陥った。その像は、いつ暴走して突っ込んでくるかわからない。みんな悲鳴をあげながら、像から逃げようとした。
「みんな早く逃げるんだ! 俺が食い止める」
そう言って像の前に一人の男が立ちはだかった。すぐにそいつは吹き飛ばさて死んだ。さっきまで威勢の良かった男は、マネキンのように脱力したまま倒れる。像は依然興奮したまま。僕らは、我先にともみ合うせいで全く距離が取れていなかった。
そこからはもう地獄のような光景だった。一人一人と像に立ち向かい、潰されるか吹き飛ばされる。男が数人で壁を作り、逃げる手助けをしようとするが、一度の突進で全員血まみれのマネキンになった。いつのまにか死体の山ができていた。像は遂に逃げようとする人々の間近まで来た。
「あー、こりゃもうダメだな」
僕に話しかけてくるじいさんが隣にいた。
「お前もそう思わんかな。今のままなら、ここにいるほとんどがぺしゃんこにされちまう」
そんなことわかってる。そう怒鳴ってやりたかった。しかし、じいさんがこんなことを言った。
「しかしな、一つだけ皆が助かる方法がある」
じいさんは何かを僕に見せた。車のキー。そう、車のキーだ。
「あいつのさらに向かい側にわしの車がある。そいつで思い切りあいつに突っ込めばもしかしたら殺せるかもしれん。もっとも、車へ着く前に殺されるかもしれんし、無事着いたとしてもあいつを止めれる保証はない。今なら車を貸してやれんこともないぞ?」
そのキーを見て僕はかなり迷った。そこで、じいさんが追い打ちをかけるように言う。
「どうした。お前はもうすぐ死ぬ身のくせに。今死ぬことさえ怖いのか。他の兵士は果敢に立ち向かったぞ。お前にはそんな度胸はないのか。さあ、選べ」
そこで夢は冷めた。高校受験を控えた冬のことである。僕は推薦入試で大コケした。
死の選択 youとユートピア @tubamenosu
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