第八十五話:人はあほ過ぎると泣く。
壁を突き破って迫ってきたのは言わずもがな、巨大な岩の塊である。
岩は既に角を過ぎている為、来た道を引き返す事はできない。
そして、道の先は落とし穴。
逃げ場は無い。岩は迫る。
そして有栖は悟った。
「…これは死にますわね」
そう、でもそれは
ここで諦めてしまったらの話だ。
「やってやりますわよこんちくしょぉぉぉぉぉぉおお!!陸上部なめんじゃ、ありませんわぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
岩が目の前まで迫る。
有栖は叫びながらクラウチングスタートの構えをとり、まさに踏み潰されてしまうその寸前にスタートを切る。
火事場のなんとやらが発動する事を祈って有栖は走った。
目の前には大きく開いた穴。
穴が開いているのを解っていてそこへと全力疾走するという事がこんなにも恐ろしい事だったのだと知る。
しかし、やらねば間違いなく死ぬ。ならやるだけやってそれでもダメなら潔く死のう。
有栖の覚悟が完了した瞬間、大きく空いた穴の縁に足を踏み出す。
通路と穴との角を思い切り踏み切って飛ぶ。
要は走り幅跳びだ。穴を越えられれば生還。届かなければ死。実にシンプル。
有栖の身体は今まで部活でこなしてきた走り幅跳びよりもいい感じに飛べている気がした。
それはただ単に平地を踏み切って飛ぶのと角を踏み切って飛ぶのとの差でしかなかったが、そのほんのわずかな力の入り具合が飛距離に加算された事でギリギリ、本当にギリギリ有栖は向こう岸に到達する事ができた。
着地の事など考えていなかったので勿論勢い余ってそのままごろごろと床を転がる。
本当ならそのまましばらくうつ伏せになったまま呼吸を整えていたかった。
が、それすら許されない。
ボゴッ
着地の際に有栖から脱げて転がっていった靴が、更なる落し穴に落下していく。
「じょ、冗談、ですわよね…?」
ズドーン!という音に背筋を凍らせながら振り返ると、それは有栖を追いかけてきた大岩が、第一の落し穴に落下した音だった。
「…お、おどろかせないでくださいましっ!これ以上、何かあったら、わたくし、もう…」
ズドーン!
落し穴に落ちた大岩はきっちり穴を塞ぐくらいのサイズだったらしい。
そして、その真上から第二の大岩が現れた。
「…これは死にましたわ」
しかし、何もせずにそれに潰されてやるわけにもいかない。
あくまでもやるだけやってからでないと皆に顔向けが出来ない。
有栖は自分を振るい立たせもう一度走り出す。
ところだったのだが穴の手前で思い切り転んでしまった。
片足だけ靴が脱げてしまっていたのがバランス崩壊の原因だった。
そしてそのまま身体が傾き通路の壁の方に倒れる。
終わった。
「お父様お母様多野中、そして皆さん、ついでに…乙姫さん。わたくし、ここまでのようですわ。こんな情けない姿でのし有栖になる事をお許し下さい。さようなら」
そして無常な大岩が迫り、そのまま第二の落し穴へと落下していった。
「…」
「…。。。世の中って、どうしてこう、無常なんですの…?」
有栖は、完全に死を覚悟していたが、結局潰される事なく岩は有栖を通り過ぎて穴へと落ちていった。
四角い形の通路を丸い岩が転がって行くのだから四隅に隙間が生まれるのは当然の事である。
それを、生還した後に気付いた有栖だからこそこの言葉を呟くしかなかったのだ。
「…つらい」
その表情は涙に濡れていたが、恐ろしさや生還への喜びではなく、ただひたすら自分のアホさへの涙だった。誰にも見つかる事無く、誰にも助けられる事なく、彼女は15分ほど泣き続けた。
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