第七十話:お荷物。


「…貴女、ちょっと私が思っていたよりアレね…。じゃあたっぷりかわいがってあげるから早く見取り図に描き足しなさい」


「はいなのです!」



 立派な下僕だ。いや、奴隷じゃないのか?従順すぎて怖い。というか信者すぎて怖い。



 ふと気になって部屋を見渡すと、泡海といばらのやり取りを見てそわそわしているのは有栖くらいだった。



 多野中さん、ハニー、咲耶ちゃん、そしてアルタは特に気にも留めずに仕上がっていく見取り図を眺めていたし、ネムさんはと言えばその名の通り眠りこけていた。



 頼もしいというかなんというか皆神経が太くて助かる。




「ここなのです。以前支部長の命令で奴が骨董品屋で見つけてきたっていうイグアナの置物を運び込んだ事があるのです」



 イグアナの置物って…。ハニーの親父の趣味も大概だがその支部長って奴もなかなか尖った趣味をしていやがるらしい。



「そこは…確か清掃用具倉庫じゃなかったかしら?」



「はいなのです。掃除用具倉庫の中に縦長のロッカーがあるのですが…そのロッカーの内側の天井にスイッチがあるのです。それを押すと隠し扉が開くるのであります」



「どういう作戦になって誰がそこに到達するか分からないから皆覚えておいて。掃除用具倉庫のロッカーの中、天井のスイッチよ」



 泡海がそれぞれを見渡しながら確認を促す。



「一応頭には入れておきますけれど…見取り図を見てもイマイチ場所の把握がしかねますわ」



「あたしは大丈夫だ。もう覚えた」



「ボクも大丈夫」


「私も平気。こう見えても暗記は得意だから。最悪の場合ネムも居るし。今は寝てるけどね」



「え、…え?不安なのは私だけですの?」



 有栖以外の面子は大丈夫そうだ。等の有栖は一生懸命頭に入れようと図面とにらめっこしている。




「お嬢様は…少々方向音痴な部分がありますからな。こういう図面とか地図とかそういうのには弱いのです」



「うぐぐぐ…屈辱ですわ…」



「まぁ万が一有栖迷った場合は多野中さん、お願いできますか?有栖についていてあげてほしいんですが」



 いろいろと心配だったので多野中さんに有栖の事を頼む。



「勿論で御座います」



「え、多野中も来るんですの?」



「当然ではありませんか。今回の経緯を聞く限りお嬢様は止めても行かれるのでしょうし、お嬢様の安全を守るのは執事としての私の使命で御座います。ならば、必ずやお嬢様をお守りしてみせましょう」



 頼もしい限りだ。いばらを拉致…連れてきた手腕を考えるとこの執事さんは相当なものだろう。これで有栖の事は心配しなくてもきっと大丈夫。



 咲耶ちゃんとハニーも心配する必要がないように感じる。



 アルタに関してはネムさんがついていれば恐らく大丈夫だろう。



 泡海も謎のスキルを沢山もっているようだし、何よりまだ組織の一員として認識されている筈。



「あの、この作戦に私も参加していいですか?人魚様の力になりたいのです」



「何言ってるのよ。嫌がったって連れて行くに決まってるでしょう?」



「ひ、人魚様…そこまで私の事を必要として下さるなんて…私感激であります!」



「万が一の時は敵に向かって貴女を投げつけて逃げるのよ」



 酷い。が、それを聞いたいばらは何故か嬉しそうだ。



「人魚様の命を私が助ける…素敵」



 もう完全に仕上がってしまっている。



 しかし、そうなると一番危ないというか、不安なのはもしかしてこの俺じゃないか?



 特に喧嘩が強い訳じゃない。運動神経もそこそこ止まり。今は白雪の力も借りられない。



 ヤバイ。これ俺が一番のお荷物パターンのやつだ。




「とにかく、作戦を考えていこう。出入り口と見取り図は分かったから、後は相手の戦力とセキュリティが問題だな」



 俺は自分の実力不足をとりあえず棚に上げて他の問題を埋めにかかる事にした。



「それに関しては私が情報提供できるのです!支部長は明後日に大事な物を海外に運び出すって言ってました。それまで警備は厳重にするらしいです」



「厳重ってどのくらいだ?あたしと舞華が居れば大体どんな奴が相手でもぶちのめせるぞ」



 いばらの情報に心なしか咲耶ちゃんが前のめりになる。



 暴力が絡むと活き活きする女教師…正直どうかと思う。だがそこがいい。



「組織のエージェントをとりあえず支部内に集めるって言っていたのでそれだけで恐らく五十人くらいはいるのです。あとお金渡してこのあたりのチンピラを大量に雇って回りをうろつかせるって言ってたのです!」



 五十人!?泡海の所属してる胡散臭い組織のエージェントってこの地域だけでそんなにいるのか?



 でもよくよく考えたら白雪を捕らえられるような道具を持っていたりあの規模の爆弾を用意できるような奴らだからな…それくらいの人数が居てもおかしくはないのかもしれない。そう考えると五十人はむしろ少ない方なのか?



 どちらにせよ五十人、それに加えてチンピラが大量にって…俺達にどうにかできる限度を越えている気がする。



 だからといって何もせず諦めるわけにも行かない。何か方法は無いものだろうか。



「あのさぁ、肝心な事忘れてるんじゃない?アンタいつになったら私を頼るの?」



 ソファーの上に仁王立ちしてアルタが宣言する。



「相手が大人数でヤバイって話なら私がなんとかしてあげるわよ。私とネムならそれが出来る。むしろ全部解決だって出来るんじゃない?」

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