第六十二話:理解者。


「もう皆さん帰ったのか?それにしても乙姫…あんなに女の子はべらせてハーレムでも作る気なのか?誰が本命だ?まさか咲耶先生か?昔大好きだったもんな?」



 家のドアを開けるなり親父がまくし立ててくる。そして、俺の陰に隠れるように立っていたアルタに気付くと、気まずそうに言った。



「そ、そうか…中学生か…よ、よし。お父さんは応援するぞ。避妊は、しろよ」



「早く仕事いけてめー」



「アンタの家族っていつもああなの?」



 親父がまた仕事に出て行ったあと、うちの母親がしばらくアルタを放さなかった。質問攻めである。



「今日は本当にお泊りなの?ご飯は?食べる?お風呂も入るよね?やっぱりこれって週刊誌とかにバレたら騒ぎになっちゃうの?姫ちゃんのどこが好きなの?」



 …といった感じである。



「まぁ今日は得にテンションが上がってるよ。お前が来たからだろうな。親父の方はよくわからん。あまり家に帰ってこないから」



「ふぅん。でも本当に幸せそうな家庭よね」



 アルタがまた寂しそうな笑みを浮かべて呟いた。



「私はさ、自分の親がいて今の私があるんだしある程度は感謝してるし環境にも満足してる。でもね、こういう暖かい家庭っていうの?目の前で見せられちゃうと流石にちょっとだけ羨ましくなるわ」



 今は俺の部屋でネムさんと三人テーブルを囲んでお茶を飲んでいるところだ。



 ネムさんは基本的に自発的にあれこれ言う事はしない。アルタが何か言った時などにからかうような発言をしてくる程度で、あとはずっとのんびりまったりしながら母の入れた渋めのお茶をすすっている。



 アルタはお茶が苦いのかあまり手を付けていないようだ。



「ないものねだりってやつよね。なんだか自分の価値観とか考え方とかめちゃくちゃにされてもうよくわかんないの。自分がほんとはこういう家庭に生まれたかったのかなとかいろいろ考えちゃってさ」



「そりゃギスギスした家庭よりは暖かい家庭ってやつの方がいいんじゃないか?」



 どう考えてもそうだと思うしそれを羨ましく思うのは当然の事だろう。



「でも私にとっては私に干渉してこない空気みたいな家庭が一番楽だったのよ。幸せでも不幸でもない家庭だけれど、だからこそ私はやりたいように生きてきたし今の私がいるの」



「でも今はそれが本当に一番求めていたものかどうかが分からなくなったって事か?」



 俺がそう聞くと、アルタは一瞬奥歯をかみしめて、ゆっくりと話し出す。



「そうかもしれないわね。さっきも言ったけど何もわからなくなっちゃったのよ。もう今までの自分でいられる自信がない。私が私であるための大事な柱みたいなのが折れちゃったのよ。だから今回の話にも首を突っ込む事にした。ただ八つ当たりがしたいの」



 そう言いながらも彼女はむしゃくしゃしているようには見えず、どこか遠いところから自分の事を他人事のように眺めているような…そんな違和感があった。



「お前さ、もしかして変わるのが怖いのか?」



「はぁ?どういう意味よ」



「自分の中に新しい感情が生まれたり、幸せを求めてしまったり、そういう変化そのものを恐れてるような気がしたんだよ。むしろ幸せになるの自体避けてきたような変な感じだ」



 アルタは俺から顔を背け、俯きながら「アンタに何がわかんのよ…」とかろうじて聞こえる音量で言う。



「でもでもぉ~それは割と正解に近い気がしますねぇ~♪アルちゃんにいい理解者が出来てわたしは感動ですぅ~」



「うっさいだまれ」



 ネムさんがからかうと、アルタの表情も少しだけ明るくなったような気がする。



 言葉はキツイがきっとネムさんもアルタにとっては大事な要素になっているのだろう。



「あーもうアンタらと話してると頭痛くなってくるわ。なんで私がこんなにベラベラ身の上話しなきゃならないのよ。お風呂入ってくる!」



「泣いて目の周り真っ赤だもんな。狭い風呂だけどゆっくりしてこいよ」



「なっ…余計なお世話!そもそも誰のせいだと思ってんのよ!殴るわよ!」



 ムキになって怒鳴ると勢いよく部屋のドアを閉め、わざとらしくドタドタ大きな足音を立てて階段を下りていった。



 暫くすると下の階から話し声がうっすら聞こえる。母にまた捕まってしまったんだろう。哀れなり。



 しかし白雪が居なくなったと思ったら変な組織ぶっ潰す事になって気が付きゃ国民的アイドル中学生が俺の家にお泊りか…。



 ここ一週間くらいの俺の人生が濃厚すぎて今まで何して生きてきたのか分からないくらいだぜ…。



 そんな事を一人考え込んでいると、珍しくネムさんの方から俺に話しかけてきた。



「そういえば~乙姫さんはプールの更衣室でアルちゃんの着替え覗いたんですよねぇ~?」


 ぐっ、話しかけてきたと思ったら痛い話題を蒸し返してきやがった!



「え、えぇ…まぁ。覗いたというか…目の前で見てたというか…でもあれはその…」



「でもとかそういうのはいいですぅ~、どうですかぁ?正直アルちゃんはまだまだお子様体系ですけどあれでも人気のアイドルですしぃ~こう、思うところあるんじゃないですかぁ~?」



 いったい何の話だ。

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