第六十一話:彦星アルタは理解できない。


「その目よ。そんな目で私を見るな!どうせアンタの事だから人間不信をなんとかしてやりたいとか思ってるんでしょ?そういう所が気に入らないのよ!」


 アルタが感情に任せて叫ぶ。


「大体昨日のアレは何?私に頼めば解決できたんじゃないの?自分の命犠牲にするとか頭おかしいとしか思えない」


 …昨日のあの時の事を怒ってるのか?こいつに何か迷惑をかけただろうか。



「お前がせっかく貯めてきたエネルギーをそんな事に使わせてどうするんだよ。どんだけもってかれるかも分からないのに頼めるわけないだろ」


「だからって自分が死ぬって言われてたのよ?普通死ぬより人に迷惑かける方がマシでしょ?狂ってるわ!」



 ひどい言われようである。



「お前そんな事で怒ってたのか?」



「そんな事って何よ!ほかに助かる手段があるのに自分が犠牲になって死んで他の人が助かってハイ解決よかったよかったってそんな訳ねーだろ!」



 アルタは完全にキレてしまった。その勢いは止まらない。



「アンタみたいな馬鹿は初めてなのよ。私は人間なんて信じてなかったし自分の事しか考えない生き物だと思ってた。なのにアンタみたいなのがいるとおかしくなるのよ!人の為にとか言って慈善活動してるやつでもネムに頼んで心を読めば汚い打算ばっかり。そういうのが人間なの!なのにアンタは正気でそれを言ってるから質が悪いわ」



「それの何が悪いんだよ。お前に迷惑なんて…」



「かかってんのよ!私の生き方や考え方が揺らぐほどの衝撃よ。アンタには分からないでしょうね。人の価値観が崩壊する瞬間って死にたくなるくらい辛い事だってあるの。私にはそれが全てだった。人なんてそんなもんだって思ってなきゃ生きていけなかったのよ!そんな事ばかり迷惑かけて、実際迷惑かけなきゃいけないところで自己犠牲?馬鹿にしてるわ」



 マジでわからん。こいつの言いたい事はなんとなく理解できるようなできないような…でもそれでキレる意味が分からん。



「アンタはもっと荒んで、汚い人間になるべきなのよ。…だけどきっと何があっても変わらないんでしょうね。死ぬことすら受け入れられたアンタには」




 急に語気を失いアルタが俯く。




「アルちゃん…黙って聞いてたけど流石に八つ当たりじゃないかしらぁ~」



「うるさい!うるさいうるさい!八つ当たりして何が悪いのよ気に入らない気に入らない気に入らない…こんな奴、大嫌いよ…」



「大嫌いって…嫌われたのは流石の俺でもショックだぞ。なにせ理由が理解できないまま嫌われてるわけだからな」



「アンタに分からなくても私には立派な理由なのよ…」


 俯くアルタの足元に小さな水滴が落ちる。



「お、お前…泣いてるのか?」



「泣くか馬鹿!嫌い、死んじゃえ!」



 そう言いながらアルタは俺の鳩尾に思い切り前蹴りを入れてきた。



 でも、昨日のドロップキックとは違い、まったく勢いもなく痛くもない。



「アンタなんか人間じゃないわ…」



 ボロボロ泣きながらそんな事まで言い出す始末である。



 これは俺が泣かせたって事になるのか…?



「…もう帰る」



 そう言いながらアルタはバス停とは逆の方へと歩き出す。



「おい、バス停はあっちだぞ」



「疲れた。家遠い、帰るのめんどいからアンタんち泊まる」



「そうか、それなら…って、えぇー?」




 マジで言ってんのかこいつ。



 本気でこの女の事が解らなくなってきた。



 それと同時に、とても心配になってしまった。

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