第三十四話:アイドルにトイレへ押し込まれる。


「し、死ぬかと思った…」



 無論俺は生きている。ステージに崩れ落ちたのは中身のいない着ぐるみだけだ。



 事前に、本当にヤバそうな時は問答無用で俺をステージ裏に引き戻すように白雪に言っておいた。負債がどうとか言ってる場合じゃないと判断した際に限るが。



 どうやら白雪が行動を起こさなかった場合ステージで転がっていたのは俺の死体だ。



「あの馬鹿者め…あいつが先に反応してしまっては意味がないのじゃ…」



 銃声と、崩れ落ちた着ぐるみ、そして中身が消え失せて頭部がころころと転がったあたりで観客の悲鳴があがり、会場は大パニックになった。



 おそらく泡海は人に見られるようなヘマはしないだろうしこの騒ぎに便乗して逃げるだろう。



 会場には緊急アナウンスが流れ、結局その騒ぎでライブは中止になってしまった。



 楽しみにしていた沢山の観客に申し訳が立たないが、繰り返し言おう、俺のせいじゃない。ほんと、うちの悪魔と、彼女が、すいません。



 しかし俺にとって問題なのは、着ぐるみの中身が消えた事実を見た人間で、それが俺の(というか白雪の)しわざだと気付いてしまう人達がいる事である。



 回りくどい言い方だが要はあいつらだ。俺がやったとバレてしまっているだろう。この後の事は出来る限り考えたくない。




 観客がアナウンスに従ってプールエリアから避難し終わった頃、俺は白雪に今回の目的を確認した。



「結局お前は何がしたかったんだ?あれで何がわかったんだよ」



「…何も。邪魔が入ったからのう。ほんとに余計な事をしてくれたもんじゃ」



 苦虫を噛み潰したような声で白雪が呻く。



 こんな顔をするのは初めての事なので驚いたが、そんな事を考えてはいられない状況が俺に襲い掛かった。



「ちょっとアンタ。ツラ貸してもらえる?」



 人気の無くなったステージ裏で俺に声をかけてきたのは、そう。彦星アルタその人であった。



「あ、アルタちゃんがこんな一観客にいったいなんの用…」



「とぼけんじゃないわよ。さっきの熊、アンタよね?」



「チ、チガウヨ」




 なんでバレてんだよ!



 顔面蒼白になりながら白雪を見やると、さっきまでの不機嫌さは消しとんだのか、ニヤリと悪魔的笑顔。



「まさかそっちから出てきてくれるとはのう…やはり間違いなさそうじゃ」



 一体どういう事だ?と俺が頭を悩ませているとアルタが「そこの女が悪魔ね?」と耳を疑うようなセリフを放つ。



「な、なんでお前が…」



 俺が疑問をぶつけると、アルタは「特別なのはアンタだけじゃないって事。それよりスタッフが私を探しに来る可能性があるから場所を変えるわよ」と言って歩き出した。



 仕方がないので後をついていくと、例の多目的トイレに到着。



「この中で…話すのか?」



 よくよく縁のある場所である。



「個室だからって変な気おこさないでよ?」



「こんなところに男と入ってるところを見られたらそれこそスキャンダルじゃねぇのか?」



 ゴシップ雑誌にでかでかと乗るのは勘弁してもらいたい。



「大丈夫。見張りはいるから」



 そう言ってアルタがトイレに入る。



「話とやらを聞いてやろうぞ。ほれ、早く入るのじゃ」



 白雪も細かい事は気にしていないようだ。まともなのは俺だけか?…いや、やむを得ずとはいえ自分のやってる事を考えると俺もまともではないのかもしれない。



 意を決してトイレに入る。



 俺が着替えをしていた時には少しゴミが転がっていたのだが、それがなくなっているところを見ると職員の清掃が行き届いているのが分かる。



 多目的トイレ内は結構な広さがあり、数人が入っても十分余裕があった。



「んで、お主がわらわに気付いたのは…憑いているからじゃな?」



「まーね。話が早くて助かるわ」



 どういう事だろう。ついている?アルタにも、俺にとっての白雪のような人外が取り憑いているのか?



「わらわはずっと不思議な気配を感じていたのでな。もしやと思ったんじゃが当たりじゃったのう」



 白雪の様子がおかしかったのは同類の気配を感じたからということか。



「そういう事。でも私についてんのはあんたみたいな悪魔じゃない」



「…天使が来ておるのか?」



 天使?なにそれそんなのが居るなら俺も悪魔じゃなくて天使が良かったんですが。



「そうよ。糞ったれな天使様がね」



 そう語るアルタの表情は、少なくとも喜びや誇りに満ちたものではなかった。



「毎日毎日善行を強要される身になってみなさいよ。私はただ毎日を悠々自適に引きこもってゲームやってたい普通の中学生なのに」



 ファンが聞いたら泣くぞ。とくに俺の彼女もどきがな。



「ほう、それがアイドル活動とどう関係がある。あれが善行という事になるのかえ?」



「私が必死に考えた手っ取り早い方法なのよ」



 アルタの声には心底面倒だという感情が満ち溢れていた。



「だから歌に力を乗せて拡散していたんじゃな」

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