◆生徒に怨まれる話

第六話:ファックなお嬢様。


 昨日の事が嘘であればいいのにと思いながら目を覚まし、部屋の隅で丸くなっている悪魔を見ないふりして学校へ行く準備を整える。


 結局昨日は白雪もあまり寝ていないようだ。準備が終わるまでピクリともしなかった。(そもそも悪魔に睡眠が必要なのか?)それにしてもなぜ布団を用意してやったのに部屋の隅で体育座りしているのだろう。謎だ。


 あまり朝からカロリー消費をしたくないので起こさずにひっそりと部屋から出る。もちろん俺が居ないと何かと面倒をおこしそうなので「学校に行ってくる。部屋で静かにしていてくれ」と書置きを残しておいた。あとはおとなしく待っていてくれるのを祈るしかない。



 まだ静かなところをみると母さんは昨日の夜から帰ってきていないらしい。父さんについては滅多に家に帰ってこないから居なくてもおかしくはない。意外とブラックなところで働いているんじゃないかと不安になるが、本人は頑なに否定している。



 玄関から出て鍵をかけていると隣家の玄関からおはようと声がする。



「おはようハニー。昨日は一家団欒楽しめたか?」



「楽しかったは楽しかったんだけど久しぶりに会ったからずっと遺跡調査の話をしててさ、あまり寝れなかったんだよ。でも、これからはこれが普通になるんだよね。おとちゃんにはこの身を捧げる覚悟なんだよ」



 そんな覚悟はいらん。その代りあの悪魔をなんとかする方法を考えろ。…まぁ多少遊ばせてやってからでもいいんだが。




 ハニーと一緒にいつもの通学路を歩く。家からバス停までがだいたい歩いて五分、そこからバスで二十分程度で俺達が通う倶理夢学園に到着する。どちらかが体調不良で学校を休む、なんてことにならない限りはいつもハニーと一緒に登下校しているわけだが、意外とハニーは学校の男子からウケがいい。いや、好かれている。むしろ崇拝している輩までいるくらいだ。高校生とは思えないほどの小柄な体。あどけない顔立ち、そして誰にでも分け隔てなく接する明るさ。名前の不自由というハンデを持って生まれた身ながらその全てを外見と性格でカバーしているのだからたいしたものだ。



 そしてその人気者をハニーと呼びいつも行動を共にする俺は何かと敵が多い。こいつとは親友ではあるがそれ以上ではないのに困ったものである。



 バスに乗り込むだけで数人から悪意というか敵意のこもった視線を向けられるのは悲しいが、もう慣れてしまった。



 ハニーはそういう視線に気付くとその相手に微笑みかけて軽く手を振ってやるのだ。だいたいの場合はそれで解決する。相手もハニーに嫌われたくはないのだろう。その分俺が一人の時などは始末に負えない。お前はあの人のなんなんだなどと歌の歌詞みたいな事を言ってくる。友人だと言って信じてくれるなら話が早いのだが、概ね直接突っかかってくるような輩は人の話を聞かないし聞いたとて信じようとはしない。



 俺は特別喧嘩が強いわけではないし面倒ごとは御免なので根気よく説得し、それでもダメなら最終手段。相手の写メを撮って、こいつにボコられたってハニーに言うぞ?と脅せばみんな諦めて帰ってくれる。たまーに本当にボコられることもあるのだが、その場合翌日からそいつは学校に来なくなる。理由はあまり知りたくない。ハニーの危険な一面は見ないふりに限る。



 ハニーと他愛もない会話をしながら学校へ到着すると、教室の中がなにやら騒がしい。



 騒がしさの元凶は…ほぼ毎日同じである。



「はぁ?わたくしは庶民の癖にわたくしの机に汚い手で触れないで下さいと懇切丁寧にお願いしているだけですわ。貴方は庶民らしくわかりましたお嬢様と土下座すればよいのよ」



 …ただ単に自分の机に男子が手をついていたことが気に入らなくて文句を言っているだけだろう。いつものことである。



 文句を言っているのはこのクラスで、いや、この学校でも屈指の問題児と言っても過言ではない少女。なにせ理事長の娘だから、という理由だけでは納得できないほどのお嬢様気質というか貴族思考というか。とにかく面倒だから関わりあいたくない人種である。



 彼女の名前は御伽おとぎ・ファクシミリアン・有栖ありすという。最初の頃は皆影でファクシミリだとかファックスなどと呼んでいたのだが、彼女の奇行がエスカレートしていくにつれ段々とファックの呼び名がついた。勿論本人に言えるような度胸のあるものはこの学校にはいない。いや、ハニーなら気にせずに言ってしまうのかもしれないがあいにくとハニーは有栖にまったく興味がないのだ。



 俺の席は窓側の一番後ろの席。その前がハニーの席なのだが、勿論偶然でこんな配置にはならない。席替えの際俺が座っている席をくじで当てた男がハニーに献上したのだ。しかしハニーは隣か前の席も確保して来いとそいつをうまく利用して、現在に至るわけである。今回に始まった事ではなく、毎回だいたいこうなる。場所が違うことはあっても俺とハニーが近くの席にならなかった事はない。なんというか俺の幼馴染は末恐ろしい奴なのである。



 ただ、今回隣の席だけは確保できなかったため前の席になった。正確には確保できなかったのではなく確保しようとしなかった。なにせこの席を献上されてから決まった俺の隣の席には…



「庶民が。何をものほしそうな目で見ているのかしら?汚らわしいからやめてくださる?」



 …というわけである。こいつはちょっかいかけなければ授業中も休憩中も静かなのであえてこの席でいいとハニーにOKを出したのだが、少々判断を間違えたような気はしている。

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