第四話:罪はバレなきゃ罪じゃない。

 議題その二・メリットとデメリットは何か





「おとちゃんも往生際が悪いんだよ。もしかしたら願いを叶えてくれたりするかもしれないよ?」



 満面の笑みで白雪を眺めながら適当なことをいう友人に軽く殺意が沸いた。



「そうじゃ。なんでもとは言わないが大抵の望みは叶えてやる事ができるぞ?望みがあるなら言うてみい。世界制覇?ハーレム?それとも大金持ちかえ?」



「マジかよ…冗談だろ?」



 俺にだって叶えたい望みくらいある。そしてそれを自分の力で叶えないと意味が無いなんて言うような聖人君子でもない。



  突然の展開に動悸が激しくなり、落ち着かせようと近くにあったお茶のペットボトルを手に取るが手が震えて蓋を開けると同時に少しこぼしてしまった。



「ほら、おとちゃん凄いよ!試しに何か頼んでみたら?」



「そ、そ、そうだな…」



 何にするか…いや、その前に確認しておかないといけない事がある。



「望を叶えるには代償が必要ってのが定番じゃないのか?無償奉仕する悪魔なんて聞いたことがないからな。夢を叶えて命取られたんじゃ話にならないぞ」



 白雪はニヤリと嫌な笑みで



「当然じゃろう。貰うものはもらわんとな」



 と言った。



「やっぱり悪魔は悪魔だぜ危うく死ぬところだった!」



「何を言っとるのじゃ。命など取っても良い事無いわ。宿主が居なくなってこまるのはわらわもおなじじゃからのう」



「じゃあおとちゃんは何を支払うの?…まさか体で…」



 は?冗談はやめてくれ。顔が可愛いだけの悪魔に童貞を捧げるつもりは無い!



「ふむ…それも悪くは無いのじゃが…なに、簡単な話じゃ。わらわに食料をわけてくれればよい。腹が減っては願いも叶えられぬ」



「…え?それだけ?」



 正直拍子抜けというやつである。



「悪魔って意外と良心的なんだね、おとちゃん何か頼んでみなよ。ほんとに願いを叶える力があるか試してみないと勿体無いんだよ!」



 テンションが上がったハニーは早く早くと俺をまくしたてる。



「そんなに言うなら…」



 あまり大それた願いをすると食料も大量に必要になるのだろうか。だったらまずは…



「一万円ほしい」



 ハニーがガッカリしたような蔑むような視線をこちらに送ってきたが無視した。おれは今月お金がピンチなのだ。



「しょっぼい願いじゃがまずは効果を確かめたいんじゃろうし…いいじゃろう。叶えてやるぞ」



 …そう言ったきりお金をくれるでもなく、俺のお茶を見つめてそれは現世の飲み物か?変な容器じゃなどとのたまう。



「おい、どうなってるんだ?話がちが…」



 そこまで口にしたとき、突然部屋のドアが開け放たれた。



「あらあら話し声がすると思ったらマイちゃんがきてたのね。そちらの奇麗な子は…姫ちゃんの彼女さん?…なわけないわね。そうそう姫ちゃん、お母さんこれからちょっと出かけて帰るの明日になっちゃうから今晩のご飯はこれで出前でも取ってくれる?残りはお小遣いよ♪んじゃねー♪」




 状況を整理しよう。突然ネグリジェオンリーの母が部屋に乱入し、友人(舞華でマイちゃんと呼んでいる)と白雪に挨拶をして俺に一万円渡して去っていった。



「マジだ…」



「マジじゃろ?」



 目の前でどや顔決めている悪魔は今だけ神様に見えた。こう考えればいいのだ。俺には神が宿ったと。



「おとちゃんのママは相変わらずだね…でも、これでほんとに願いが叶うってわかったしもっといろいろ試そうよ!」



 どうじゃ凄いじゃろーと満面の笑みで俺から奪ったお茶を飲み干す。



 思ったよりも燃費はいいのかもしれない。



「次は…じゃあハニーの家の借金をチャラにしてくれ」



 ハニーの家は父親が考えなしにあちこち旅にでたりよく解らない高額な置物や骨董品などを購入してしまうので積もりに積もってとんでもない額の借金があるらしい。どのくらいの額なのか聞いてもハニーは目をそらすだけだ。



「おとちゃん、さすがにそれは危ないんだよ。悪魔との取引なんだから借金は返せたけど両親が死んでその保険金で…とかそういうパターンが」



「そんなナンセンスな事せんわ失礼なわっぱじゃのう。わらわは誰かを不幸にするようなあくどい取引は嫌いじゃ。みておれよ…」



 白雪が手を上にかざし、何語なのかわからない言葉をいくつか呟く。



 すると数分後…でででーんでっでっでっでーん♪と聞いたことのある時代劇のメロディが鳴り響いた。どうやらハニーの親父さんから電話らしい。



「…ほんとに大丈夫なんだよね?」



 未だに不安そうなハニー。俺に何かあるかもって時とは随分反応が違うじゃねぇかこのやろう。



「いいからはよ話をしてみんか。そのへんちくりんな機械で会話ができるのじゃろう?」



 俺の顔を見つめてくるハニーが、静かに頷き、電話に出る。



「…もしもしパパ?…うん、うん。ほんとに?冗談じゃないんだよね?今空港にいるの?…うん、しばらく日本にいられるって事?全部?うん。わかった…おめでとう…うん、今おとちゃんの家だよ。うん、今夜はお祝いしないとね。気を付けて帰ってくるんだよ?じゃあまた」



 電話を切るなりハニーが俺に飛びついてきた。一瞬かわそうかとも思ったがさすがに今はそういう雰囲気じゃない。



  タックルのような姿勢で飛びついてくるがあまりに低身長軽体重のため、漫画のようにそのまま押し倒されるような事はなかった。あまりに軽すぎて心配になるレベルである。



「親父さんなんだって?」



「詳しくは聞いてないんだけど…数日前に発掘した遺跡が人類史を塗り替えるかもしれない新しい文明とかで、国側から報奨金みたいなのが山ほど出たんだって。あまり興味がないジャンルの遺跡だったみたいだから発見したっていう事実自体その国の手柄みたいにしてお金もらって帰ってきちゃったんだってさ…借金が返せるどころの騒ぎじゃないよ…」



 軽く涙目になりながら抱き着いてくるハニーの頭を軽く撫でてやる。こいつも昔からお金なくて苦労してたもんなぁ。いい事した後は気持ちいいもんだ。こういう事に願いを使うのも悪くない。



「どうじゃまいったか!褒めたたえてもいいのじゃぞ♪」



「あぁ、ほんとに助かるよ。ここまで凄いやつだとは思わなかった。」



「ボクからもお礼言わせて。白雪さんほんとにありがとう。でもこの後のおとちゃんの事考えると大変だけど、余裕ができたらボクも食べ物持ってくるんだよ」



 そういえばハニーの家が金持ちになったなら食材なんていくらでも…いや、それ以前にまず俺を金持ちにしてこいつに食べ物を渡せば…無限に使える錬金術じゃないか?



「何を言っておるのじゃ?わらわの食料は宿主からしか得られんぞ?」



「あれ?そうなの?じゃあおとちゃんにお金を渡して食べ物を買ってきてもらえばいいのかな…」



「…?何か勘違いをしているようじゃな」



 これはなんだかやばい流れではないのか。俺の中の危険信号がすごい勢いで点滅している。そもそも俺から奪ったお茶はコンビニで百円ちょっとで購入できるものだ。それと一万円が等価…?あり得ない。



「おい白雪…さん、あのですね、あのお茶はいくら分返せてることになるんでしょうか?」



 パニック状態になりつい敬語になってしまう。悔しい、でもっ…



「はぁ?お茶ってさっきのあれかえ?あんなののどが渇いたから飲んだだけに決まっとるじゃろう」



 流石にまずいと思ったのか、「じゃあいくら分の食べ物が必要なの?」とおそるおそるハニーが問う。



「じゃからそれがまず勘違いじゃ。わらわは物を飲んだり食べたりするがそれはただの趣向品。生きるための食料、つまり願いの対価は物では無いぞ?」



「ふっざけんなてめー紛らわしいんだよ!じゃあ俺にいったいどうしろって言うんだ!」



「簡単なことじゃよ。お主の感情から発せられるエネルギーをもらう。苦悩、困惑、罪悪感などは特にご馳走じゃ。悪魔にとって人が困り悩む姿こそが一番の栄養。それが我が力になるのじゃ」



 この痴女がやっと悪魔に見えてきた。



「意味が分からん!感情から発せられるエネルギー?苦悩や困惑?罪悪感…?を差し出すってどういう事だ。仮に罪悪感がエネルギーになったとして、それを差し出した俺はどうなる?罪悪感を失って何が悪いことかも分からなくなっちまうのか?」



 そうなったらお終いだ。今までできる限り影を潜めて普通に普通に生きてきたのに!



「もしそうなったら間違いなくお主は一生童貞確定じゃのう。しかしそういう意味ではないのじゃよ」



 薄ら笑いを浮かべて見下すように白雪は言った。



「要はお主が抱く感情、そこから発せられる物をわらわが食すのじゃ」



「イマイチよく解らん。つまりどういう事なんだよ。俺になにさせようっていうんだ」



「言っておるじゃろう?感情が揺さぶられる様なことじゃよ。強い感情なら何でもいいのじゃが、手っ取り早いのが罪の意識…罪悪感なのじゃ…つまり、簡単に言えば悪事、じゃのう」



「結局犯罪者まっしぐらじゃねぇか!」



「それは違うぞ?犯罪者になるもならないもお主次第じゃよ」



 どういう事だと混乱する俺に、今までで一番悪い顔をした白雪が



「どこの国でもいつの時代でも悪事という物はバレなければ罪ではないのじゃろう?」



 と物騒な事を言い放った。

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