もしも彼と同じ年なら【14】
「同じ大学に通えるといいね」
「…通えるさ」
いよいよ二次試験の日がやって来た。
試験会場に向かう電車内で橘君と遭遇したのでお互いの健闘を祈って、それぞれの受験会場に乗り込んだ。
4月になったら、私は無事に大学生になれているだろうか。
……橘君はヒロインちゃんとどうなるのだろうか。
色々不安はあったが、私は目の前の試験に集中した。
2日間の試験日程を終えて、私達は久々の登校日を迎えた。
まだ合格発表を迎えてないので私は不安だが、今まで頑張った分を試験で発揮できた気が…いや、最後まで迷って解答を変えた問題が間違ってるかもって後悔はしてるんだけど……もうなるようにしかならない。
卒業式を目前に控えた私達は卒業式の練習を行った。
校歌や仰げば尊しの斉唱、卒業証書授与の練習など諸々ね。
クラスメイト達も離れてしまう友人達と残り僅かになった高校生生活を満喫しているようだ。
「あの…橘先輩を呼んでもらえませんか?」
「……おーい橘く~んお呼びだよー」
そして怒涛の告白ラッシュである。
例に漏れず橘君も後輩や同級生に呼び出しを受けて告白されていた。
私は何も出来ずにそれを黙って見ていることしかできなかった。
何かをする勇気もなかったから。
「おいおい田端いいのか? 亮介ほっといて」
「……大久保君……なにがよ。私達ただの同級生だし」
私がそう返すと強がってると思われたのか、肩を竦める動作をされた。
攻略対象の一人である大久保君は私と同じロンリー組かと言えばそうじゃない。
大久保君は女子を避ける傾向があった。
理由は私達が1年の時、別のクラスで発生したいじめが暴行にエスカレートして、被害者が身体と心に傷を追った事件が原因。被害者は心を病んで自殺未遂までしてしまった。
被害者を助けられなかったことを気に病んでか、女子とあまり関わらないようにしているようなのだが……私は知っている。
ぶっきらぼうだけど優しい大久保君を好きだという女子はちらほらいるのだ。
ただそういう子は奥ゆかしい、遠くから眺めているだけでいいのという内気な子が多いのだ。
だから大久保君は告白ラッシュに巻き込まれていない。
因みに私とは風紀とか和真の件とかで喋るようになったから話している。橘君のクラスメイトだからかもしれないけど。
……決して女に見えないとかそういうわけじゃないと思う。
「あ、あのっ田端先輩!」
「! …本橋さん…」
「今、ちょっとお時間よろしいでしょうか!」
「いいけど……」
自分のクラス前の廊下で大久保君と話していると、ヒロインちゃんが私に声を掛けてきた。
あれ? ヒロインちゃんもあちこちで告白されてるのを見かけたけど大丈夫なのかな。
大久保君がどこかへと去っていったのを確認すると、ヒロインちゃんに向き直る。
…そう言えば卒業式にヒロインちゃんは攻略対象の誰とくっつくのだろうか。
間は球技大会のバスケで不正を行って、ヒロインちゃんに詰られて以降話してるところは見ないし、伊達もおとなしい。
大久保君は論外。ヒロインちゃんと喋ったことないでしょあの人。
橘君ともいい感じになったか? と思ったけどその時だけだったし。
他の学年のことはわからないし、保健の先生ともどうなってるか不明。
和真もないだろうなぁ……
「…どうしたの?」
「あの、先輩にお願いがあって……」
頬をほんのり赤く染めてもじもじするヒロインちゃん。
……相手が違う気がするんだけど、相手を間違ってないかな?
私はまた混乱してしまわないように自制する。
なんであの時「私ヒロインちゃんとお付き合いします!」って橘君に宣言したんだろうか。
「あのっ私と一緒に写真を撮ってくれませんか!?」
「………ウン、いいよ…」
「それとっご迷惑でなければ私とメッセージアプリのID交換してください!!」
「イイヨ……」
これは試されているのか?
私が攻略されているパターンなの!?
ID交換と写真撮影の後、ヒロインちゃんに手を握られて「先輩、大学に行っても頑張ってくださいね!」と応援された。
ヒロインちゃんが去っていくのを私はふわふわした気持ちで見送っていた。
「田端、こんなところで何をしてるんだ?」
廊下の隅っこで宙を眺めてぼんやりしている私が怪しかったのか、告白(推定)から戻ってきた橘君に声を掛けられた。
私は手の平を橘君の眼前に出した。
それには驚いた様子で橘君は目を丸くして固まっている。
「…柔らかかった」
「………なにが」
「美少女…! 美少女の手が……わた、私やっぱりお付き合いしないといけないんじゃ…!」
「……おい、正気に戻れ」
「だって! ID聞かれたんだよ!? 写真撮影したんだよ!? 握手もされちゃった! …これってそういうことでしょ!?」
また混乱状態に陥ってしまった私の頭を橘君が軽く小突いてきた。
「そんなんじゃ友人同士でも交際しないといけなくなるだろ」
「……そうか…そうだよね。ありがとう橘君。私また百合の道に進もうとしてたわ」
盲点だった。
そうだわ。この卒業シーズンにあちこちで写真撮影してるし、ID交換をしている人はあちこちにいるじゃないか。
あぁ自分が怖い。
好きな人がいるくせに、美少女に心揺れるだなんて。私は浮気な質なのだろうか。
「お前の発想が時々怖くなるぞ。それが通用するならば俺は複数の女性と付き合う羽目になってる」
「それは自慢か? モテない私に対する自慢ですか?」
「例えだ…腕を突くな田端」
橘君の肘あたりを人指し指で突いて妬みの念を送る。
それでどうしたんだよ。誰かと付き合うことにしたのかよ。
「廊下は冷えるんだから早く教室にもどれ」
「……さっきの子の告白受けたの?」
気になってしょうがない。
橘君はどんな女の子が好きなのだろうか。沙織さんのような背の高い美女が好きなのかな。
むぅうと唇を尖らせて下を向いていると、橘君は私の頭を撫でてきた。
「断った。よく知らない相手とは付き合えないから」
「…ふぅん?」
「ほら、早く入れ」
橘君に背中を押されてクラスの中に戻った私は自分の席に戻っていく橘君の背中を見送りながら思った。
…同じ大学に通えたとしても学部は違うし、講義の時間もランダム。広い構内でどれだけ会えるのだろうか。
……顔を合わせるかもしれないから告白するのは怖い。
私はどうしたいんだろう。
高嶺の花だと諦めようとしているのに、彼を目で追ってしまう。想いは募るばかりだ。
深い溜め息を吐いて自分の席に座った。
☆★☆
その翌日も橘君は大忙しだった。あんたどんだけモテるんだよ。びっくりだわ。
私は嫉妬通り越して彼を同情してしまいそうだ。
だって受験前よりもくたびれているもの彼。
お昼休みも初っ端から呼び出されて…彼はお腹をすかせてないだろうか。
「ねぇちょっと」
「……なに?」
「ちょっとこっち来てよ」
食べ終わったお弁当箱を片付けていると名前を言っても大丈夫な例のあの人が声を掛けてきた。
「…ヤダって言ったら?」
友人の智香ちゃんがお手洗いで席を外した所を狙って、木場さんが声を掛けてきたのだ。
この人も凝りないな。まだ私のこと目の敵にしてるのか。
「…改めて謝りたいのよ」
「…もう謝罪は受け取った。許す許さないは私が決めることだよね? 私はあなたともう関わりたくないんだけど?」
その見え透いた嘘に引っかかるほど私が間抜けに見えるのか貴様。
馬鹿にするのも大概にしろよ。騙したいならその射殺しそうな目をやめなさいって。
私が断固拒否の姿勢を見せていた所に智香ちゃんが戻ってきて木場さんを警戒した目で睨んだので、木場さんは退散して行った。
「…あやめ。アレまたなんかやるから橘君に言ったほうがいいよ!」
「大丈夫だよ。卒業前に何かして痛い目見るのはあっちだし…」
「もー…能天気なんだから」
智香ちゃんが私をジト目で見てくる。
心配してくれてるのはわかるんだけど、どうしてもあの人と関わりたくない。
あと数日で卒業なんだからもう何もしてこないでしょ。
……そう、思っていた。
──ドンッ
後ろから背中を押されて、階段の下に転落するまでは。
私の身体は宙に投げ出され、重力に従って下に落下していく。
あぁまるであのイベントのようだ。
縋るものが何もない。私は何もできずに落ちるしかできなかった。
私はヒロインじゃないんだ。あのゲームのように誰かが助けてくれるわけじゃない。
こんな高さから地面に叩きつけられたら下手したら死んでしまうのに。
私は最悪のシナリオを覚悟してギュッと目を閉じる。
次に来るであろう身体の痛みに備えて歯を食いしばった。
ドサッと言う音を立てて、私は身体を強く打ち付けた。
怖くて怖くて私の恐怖値がMAXになっていたのか、柄にもなく気絶してしまった。
……もしかしたら打ち所が悪くてこのまま死んでしまうのかもしれない。
……だけどその割には構えていたほどの痛みはない。
それに私をしっかり包みこむそれは、何処かで…
『田端!』
おかしいな。橘君の声が聞こえる。
私が最後に思い出したのは橘君か。どんだけ惚れ込んでるんだよ私ってば。
…こんなことなら好きって言っておけばよかったな。
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