もしもあやめが男なら【1】

 二年になった俺のクラスに美少女な編入生がやってきて教室がざわめく中、俺は昨晩遅くまでゲームをしていたせいで襲ってくる睡魔と戦っていた。

 春休み中、夜行性になっていたせいもあって余計に眠い。

 担任が編入生の紹介をしているのが聞こえるが、隣の沢渡の騒ぐ声で全く聞こえない。

 コイツ悪いやつじゃないんだけど軟派なんだよなぁ。


「編入生の本橋花恋さんだ。本橋、自己紹介を…」

「あっくん!!」


 担任が自己紹介をするように促すと、例の美少女編入生が大声を上げた。それにはクラスメイト達もびっくりしたようで口を閉ざす。俺もびっくりして眠気が覚めた。


 彼女は教卓の隣から早歩きで俺の席の目の前にやってきた。

 うお、この子近くで見るとマジ美少女。太陽の光が当たったセミロングの髪はキラキラと天使の輪を描く。ぱっちりくっきりした大きな瞳にキレイな形をしたちょうどいい高さの鼻。桜色のぽってりした唇。…しかもスタイルいいな。手足ほっそい。

 ギャルゲーの正統派ヒロインみたいだ。


 ついつい男の性で下品な目線で見てしまったけども…この子さっきから俺を見てキラキラと目を輝かせているんだけど、どうしたの? 


「やっと会えたあっくん! 私帰ってきたんだよ!」

「……は?」


 美少女をぽかんと見上げてフリーズしてた俺は何故かこのタイミングで思い出した。

 

 …あれ、この子…乙女ゲームのヒロインじゃね? 

 そんでもって一個下の俺の弟(イケメン)って攻略対象じゃね?

 …なんで俺ここにいんの? 俺卑屈な姉役だよな? 女子高に通うモブ姉。

 だけど俺、生まれてからずっと男だったんですけど。性転換して女になる気もないんですけど。


 …どういうことなの。



 一人思考の淵にいた俺の前では美少女ヒロインがジワワ、と瞳に涙を溜めていた。


「…もしかして、覚えてないの?」

「えっ」

「私はすぐにわかったのに。あっくんひどい…」


 ポロポロと真珠のように光る涙を流し始めたヒロイン。俺はクラス中から軽蔑の眼差しを受けた。

 俺は無実だ。やめろ、そんな目で俺を見るな。


「ひ、人違いじゃないかな」

「そんなわけない! あっくんの姿を見間違うわけがないもん!」


 そんな事言われても俺にはこんな美少女な知り合いはいない。


「なんだ田端知り合いか。ちょうどいい。世話係頼むな」

「は!? いや知り合いじゃないんですけど!?」


 担任の独断で俺はヒロインの世話役に任命された。

 …とりあえず、モブはモブらしく目立たぬようにいくしかないな…

 サポキャラの女の子になんとなく振ったらなんとかなるかな…なんてね。



 新一年生の入学式にファーストイベントで弟の和真と接触させようとしたら実行委員らしき女子生徒に妨害された。

 世の中そんなに上手いこと行かないってことなんだろうか。




 俺はゲ○ドウポーズで悩んでいた。

 なんかヒロインに懐かれてからクラスの男子が俺を敵視(?)してくるし、ヒロインは攻略対象と接触する雰囲気はないし。


「あっくん、一緒に帰ろ? 私この辺よくわからないから道教えて?」

「…………弟も一緒でいいならいいよ」

「弟くん?」



 力技になるが、無理やり弟と接触させてみることにした。



☆★☆



 なぜだ、なぜなんだ…!


「田端先輩、優勝ですよ? なんでそんなにへこんでるんですか?」

「おい田端、腹でも痛いのか」


 風紀副委員長とのイベントを奪う気はないのにじゃんけんで負けて俺が出る羽目になるし、お昼には「お弁当作ってきたの!」と俺が餌付けされるし、二年男子の競技の棒倒しでは「あっくん格好よかった!!」と俺に言ってくる始末。

 俺の隣に活躍してたスポーツ万能系攻略対象がいますけど? なんで俺に言うの!?

 自分、棒を倒そうと登っていて速攻敵に引きずり降ろされてたからカッコいい場面なんてなかったよ? 


 打ちひしがれていると頬を赤くしたヒロインが俺の元に駆け寄ってきたけど、何もない所でずっこけていた。

 ヒロインはドジなんだよな。女子だからその辺は許されるんだろうけど。


「いったぁ…」

「…なにしてんの。怪我ない?」


 仕方なく手を差し伸べると、ヒロインは頬を赤らめたまま俺の手を借りて立ち上がった。


「ヒロ…本橋ってドジだよな」

「う…それは否めないけど、気をつけてはいるんだよ?」


 恥じらうようにこっちをいじけた顔で見上げてくるヒロインかわいい。かわいいんだけど、どっかで冷静な自分が調子にのるなと警告してくる。


 俺は自分の身の程はわきまえているつもりだ。

 後ろで後輩と会話している風紀副委員長のようなイケメンならこの美少女と並んでも遜色ないが、俺は弟と違って十人並みのフツメンだ。フツメンと美少女がくっつくなんてギャルゲーやラノベの世界だけだと思う。

 いや、うちの両親がそれを体現してるんだけどそんな事は置いておいて。

 

 このヒロインが何故俺に好意を向けているのかは未だに謎だけども、好意を向けられている事自体は男として嬉しくは思う。

 だけどさ、男の嫉妬も結構陰湿なもんなんだよ?

 学年中の男の嫉妬を浴びている気がしてならない。


 この間とか姫と農民の身分差の恋とか野次られた。

 なんや日英同盟の【王子と粉屋の娘の結婚】みたいなその例えは。

 農民ええやん。食を掌握してる農家さんは一番強いんやで。


「あっくんやっぱり足速いね。昔と変わらない! 逆転優勝したのあっくんのおかげだね!」

「いや、それは副委員長が巻き返したからだと」


 彼女いわく小学校二年の短い期間一緒に遊んだことがあるらしいけど、昔過ぎて覚えていない。ぶっちゃけ遊んだ全員のこと覚えていないし。

 俺がヒロインにそう言っていると、こっちの会話を聞いていたらしい風紀副委員長の橘先輩が話に入ってきた。


「何を言っている。お前が二人抜いたお陰に決まってるだろ。謙遜するな」

「そうですよ! 田端先輩あんなに足が速かったんですね。私びっくりしました!」


 練習中はバトンパスの練習で流れ作業な感じだったからガチでは走ってなかったからね。

 風紀副委員長からそう言われてなんだか俺は照れくさくなった。文武両道なイケメンな上に兄貴肌とかマジ最強じゃないの。ヒロイン、ここにイケメンがいますよ。中身までイケメンですよ彼。

 バトンパス失敗して凹んでいた一年の室戸実花は小動物のように小柄で可愛い。俺にすごいすごいと言う目を向けていたので思わずその頭を撫でた。うい奴じゃ。

 室戸が目を白黒させていたのを笑って見ていた俺の腰にドスッと衝撃が走った。


「…あっくんの浮気者」

「…は?」

「私はナデナデされたこと無いのに……!」

「あの、本橋さん? 浮気者とか誤解を生む発言止めてくれはります? あと地味に痛い」


 なんか浮気者呼ばわりされたけど俺らただのクラスメイトだからね? 

 それを言ったら腹パンされた。

 なかなかいいパンチをお持ちで。



 

 この後も弟がグレたり、弟が母親に暴言吐いた事で俺と殴り合いの喧嘩(in親戚の家)になったり、図書館でヒロインと遭遇したり、文化祭の準備中に何故か俺が攻略対象の代わりにヒロインを庇ったり、攻略対象の一部がヒロインに好意を持っていて俺が敵対視されたり、色々あるのだけども…


 俺ってモブだよね? 俺どうしたらいいわけ?


 とりあえずシナリオ通り弟がグレた時のために筋トレ始めます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る