ヴぁんぷBADえんど
和鳳ハジメ
【0/いつも、見守っている】
【0/いつも、見守っている】
「では教授、これが今回の分のレポートです」
窓か差し込む夕焼けに焼ける教授室にて、一人の女子大生、如月綾子は老年に差し掛かった教授と呼ばれる男に、数枚からなるレポートを差し出した。
対する教授の反応は無言。
ここ一年余りで幾度と無く繰り返された反応で分かっていた事だが、それでも綾子は物悲しさを感じた。
(でも、やるべき事はやらないと)
「教授、聞こえていますね。
私、如月綾子は未だ病状が良くならず、講義の一切に出られない状態です。
ですが、教授の温情でレポート提出と、教授の特別課外講義でゼミの出席日数の埋め合わせをしています。
如月綾子の今期単位取得は何も問題ありません」
教授と呼ばれた老人が、静かに頷いた。
赤い部屋の中、窓側の自席に座る教授の対面。
紅くに照らされた綾子の目が不自然に輝く。
人では有り得ない紅く発光する瞳。それは断じて、夕日の色では無い。
その光を無表情で見詰めたまま視線を外せない教授の脳裏に、綾子の言葉が真実として書き込まれる。
知る人が見れば、その光景は魔眼による暗示だと判っただろう。
――如月綾子という女は他者の血を吸い生きる『鬼』だ。
人の知らない、夜に生きるバケモノだ。
夜を見通す目と、他者を意のままに操る魔眼を持っている。
蝙蝠に、霧に、狼に、その姿を替えられる躯を持っている。
獲物を捻り潰す念力と喉元に食い付く鋭い牙を持っている。
……残念な事に人のまま空を飛ぶ事は、まだ、出来ないけれど。
一年前。
博愛主義と言えば聞こえはいいが、四方八方に愛人を作っていた母が、愛人の一人に後ろから刺されて死んだ。
その現場に居合わせてしまった綾子は、気付いたら血を吸う鬼になっており。
次いで、父を名乗る吸血鬼と退魔師をしている兄に出会い、一緒に暮らすことになってしまった。
――綾子には今一つ違いが解らなかったが、あくまで『鬼』らしく吸血鬼とは別らしい。
兎に角、新米吸血鬼には外の世界は危険すぎるという理由で、それからずっと、半軟禁生活を送っている。
外に出る事が出来るのは、一週間に一遍、吸血鬼の餌となる人間を探している夕方から深夜の間まで、それも常に父か兄の監視が付いている状態でだ。
(本当はきちんと通って単位を得たいけど……)
しょうがないわ、と深い溜め息を落とした。
過保護な父は当初、誰も知らぬような山奥に引き込もって生活をさせようとしていた。
それを思えば、都会に居て一時でも外に出られるのは幸福なのかもしれない。
事実、この躯は完全に夜に適応し、昼間活動する人間社会には不適合になってしまった。
監視カメラを始めとした各種防犯装置の揃っている都会では、血を吸う人間を探すだけでも手間がかかる。血を吸わないと躯が維持できない吸血鬼にとっては、やりにくい事この上ない。
また吸血鬼という存在が、昔より人間に対して優位性を保てなくなっている。らしい。
らしい。というのは父や兄が言っていたからだ。
新米吸血鬼である綾子は実感した事がないのでよくわからないが、文明の発達に合わせ科学が発達し、昔は悪魔祓いや退魔師、陰陽師といった職種の人々しか対抗できなかったが。
今や様々な文献によって吸血鬼の存在、その性質が暴露され、幾千幾万の対抗策や武器が開発され、何も知らぬ一般人にも殺される危険性が出てきている、らしい。
唯一の救いは、幽霊だとか妖怪だとか、そういう存在を真の意味で知覚できる人間が昔に比べ激減し、今や存在そのものがファンタジー扱いになっている点、らしい。
綾子が実感していることから、実感し得ぬ事まで。
様々なデメリットが存在しているが、それでも、人間であった一年前と同じ土地に居続けているのは理由があった。
「慎太郎……」
北条慎太郎。
綾子の唯一無二の幼馴染みで、好きな人。
愛している、人。
吸血鬼になった所で、それまでの人間関係が切れる訳でもない。
――それまで慎太郎と共に、ずっと一緒に生きていたから。
「会いたい」
もう、丸一年会って話していなかった。
(けど、これからは)
綾子は教授にもう用はないと放置して、机の引き出しを物色し始める。
この机の何処かに、親友からのメッセージが隠されている筈だった。
固くなに綾子の外界への接触を嫌がる父によって、携帯電話が物理的に破壊され使えない今、無二の親友、叶多芽衣との間接的なこのやり取りが唯一の連絡手段だ。
(……あったわ)
机の引き出しの一番奥、綾子が芽衣に貸したままにしている文庫本に、馴染みの居酒屋のチラシが半分に折り畳まれ栞替わりに差し込まれている。
中を確認すると、183ページの面にチラシの表面が来るように挟まっていた。
またチラシには「男」「2」という単語に赤丸が付けられている。
(今日の午後六時半、いつもの店、慎太郎と、……二人っきり!)
三ヶ月前に偶然街中にて再開した芽衣と、以降、細々とやり取りしていたのが、やっと実を結んだのだ。
でかしたわ芽衣、と。綾子はにんまり笑って、チラシを一番最後のページに挿れる。
了解した、の合図だ。
綾子は、手早く元の位置に戻し痕跡を消す。
扉の外には見張りとして兄が立っており、しかも今日は、父まで同行している。
(絶対に悟られない様にしないと)
なんとも迂遠極まないやり取りだが、普通の手紙すら許されない現状では、こうする他ない。
綾子が芽衣に感謝の念を送りつつ、来客用の椅子に座り、改めて教授から次回の課題を聞き出しメモしているとドアの開く音がした。
「用事は終わったかい、綾ちゃん」
「――ちょうど、今済んだところよ」
メモを書き終えた綾子が顔を上げ入り口を顔を向けると、小さな男の子、『父』如月伸司(きさらぎ・しんじ)が居た。
会ってから一年たった今でも信じきれていないのだが、この少年が父だ。
父が吸血鬼だと知る前は、母が遂に犯罪に手を染めたかと呆れかけたが、幾ら数十年以上生きていても外見が子供であれば色々とアウト。
純真な子供のふりした猛獣を受け入れるなんて、母の守備範囲の広さには脱帽である。
自分より格段に小さくて、純真無垢な花の様に可愛らしい笑顔を浮かべ綺麗な栗色の癖っ毛を揺らす父、伸司の姿を見て綾子は一瞬遠い目をした。
その表情を見て伸司は何を思ったのか綾子に近づくと、幼い子にするように頭を撫でる。
「父さんったら、小さい子じゃないんだから」
「ボクにとっては、キミは何時でも小さな子供さ」
「……もう」
ははは、と。機嫌よく笑う伸司に、綾子はわざと拗ねた顔を作った。
内心、気合い入れてセットした髪に触られムッときていたが、おくびにも出さず、父を慕う娘の演技をする。
このアンバランスな父親に、綾子は恩義を感じていたが、同時に多大な不信感も持っている。
吸血鬼になった事すら自覚できず苦しむ綾子を保護し、吸血鬼として生きて行くのに適切な知識を教えてくれた事は、感謝の念を抱いていたが。
綾子にはどうしても。――伸司が、血の繋がった父親だとは思えなかった。
母から父の事は一切教えてもらえなかったが、伸司が語った母の像は記憶のそれとも一致するし。綾子を通して母の姿を見るような目も、綾子に向ける親愛の情も、信じるに値する。
ただ、可愛らしい少年の姿で言われるのは、激しい違和感というか、何とも言えないミスマッチ感というか。
(合法ショタとはいえ、やっぱり犯罪臭しかしないわ母さん……)
まあ、容姿は兎も角。
ただ一点、受け入れ難い思想を押し付けようとする事が、許せない。
近親婚。
詳しく聞けば母の実家は、退魔師を生業とする千年以上続く黴の生えた旧家。
一族に伝わる退魔の力をより強く残す為、現代でも近親者による血族婚を繰り返している家、らしい。
父は元々人間で、強すぎる退魔の力故に化物に、吸血鬼になってしまった人物で。
母が家を出るまで、何百年も一族の中で暮らしていたからか、その思想に疑いを持たない。
当然の様に兄との婚姻を強要し、尚且つ綾子自身にも、舐め回す様な卑猥な視線を向け。
時折、自分の『女』に触れるような艶かしい手つきで肩に触れる。
――だから、純粋に慕う事が出来ない。父だと思えない。
初めて出来た父親なのに、手放しで喜ぶ事が出来ない。
(出来れば説得して、そんな考え捨てて欲しい。けど……)
今は、表だって反抗することする事すらできない。
吸血鬼になって一年の綾子には、父を圧倒する力も経験も、説き伏せる言葉も、足りない。
無理に立ち向かった所で、一秒と掛からず地面に這いつくばらされてしまうだろう。
色々考えた結果取れるたった一つの手段は、父を慕う可愛い娘のふりをして脱出の機会を伺う事だ。
(慎太郎………)
綾子は、服の上から小さなロケットペンダントを握りしめた。
生前の母がくれたもので、中には母と慎太郎の写真が入っている。
「綾ちゃん。何を考えているんだい?」
「――教授の血は不味そうだなって、思っただけよ父さん」
心の奥の不安と怯えを感じ取ったのか、伸司が綾子の顔を覗き込む。
その何もかもを見透かしたような鋭い目に、綾子は気が付かないふりをして、我儘な娘の仮面を被った。
「ふーん。しょうがないなぁ、綾ちゃんは。」
「ごめんなさい。折角父さんと兄さんが着いて来てくれたのに……」
「いいよ。綾ちゃんの言った通り、老いた人間の血は不味いしね。ふふっ……吸血鬼らしくなってきたじゃないか、嬉しいねぇ。綾ちゃんはボクに似てグルメだね」
「グルメって父さん……」
座ったままの綾子に、伸司は背伸びをして乱暴に頭を撫でる。
綾子はその手が心の底から嫌だったけれども、無理をしてでも困った顔で笑った。
そんな心中を察したのか、コンコンと、行為を邪魔するように、壁を軽く叩く音が扉の方から聞こえた。
「……何時までそうしている」
「おや、綾人(あやひと)」
「兄さん」
綾子と父がそちらを向くと、そこには背の高い兄が、竹刀袋を左手で持って立っていた。
兄、綾人はいつもと同じ、何を考えているのかわからないポーカーフェイスで、綾子をジロリと見る。
その無遠慮な視線に綾子は心の中で身動ぎし、二人から逃げるように後片付けを始めた。
(何なのよこの人は……)
父とは違う意味で、兄は一年たっても馴れない人だった。
綾人は綾子と違い吸血鬼の子供なのに人間で、退魔師という化け物にとっては天敵のような職に着いている。
退魔師の家系である母の実家で育てられた事を考えたら、仕方の無い事と納得できるが、そんな事より綾子が苦手としている原因は綾人の容姿であった。
綾子の二つ上、二十三の癖して栗色の髪を長く伸ばし、ポニーテールにしており。手入れもしていないのにその髪質はさらさらで艶のあるストレートヘアである。
――黒色で枝毛が出やすい、やや癖のある綾子の髪とは大違いである。
しかもそのポニーテールが侍然とした綾人の雰囲気に良く似合っており、その動作一つ一つに、匂い立つような色気が感じられる。
体格に至っても、刀を使う故に良く鍛えられており、無駄な贅肉など無く、風呂上がりに遭遇した際は、思わず見とれてしまう程だ。
内面にしても、やや寡黙なのを許せばある一点を除いて極めて常識的で、紳士だ。
そんないい男なのに関わらず、父と同じく綾子に警戒を抱かせる。
綾人は、綾子と結婚するつもりでいる。らしい。
彼自身その事に疑問を抱いていても、家の、父の命令は絶対らしく。度々、情欲や男女の思慕に満ちた視線を綾子に向けている。
普通に向き合ったら、ややお節介で心配症な兄だというのに、女性関係にはやや粘着質らしく、死角から見つめるとか正直キモい、やめて欲しい。
ちょっとこちらが警戒を緩めると、押し倒そうとするのも迷惑すぎる。
目が妙に座っていて、綾子には本気か冗談か区別がつかない。
また、綾子が吸血鬼として未熟なのか綾人の退魔師としての腕がいいのか、訓練と称して夜中行われる鬼ごっこにも、一度も勝てた事は無い。躯を霧に変えても捕縛されるとか、訳が解らない。
さらに癪に障る事に、綾子より料理が上手く思わず舌鼓を打ってしまう。
自分の容姿に自信を持っていた綾子だったが、より完璧な綾人を前に、近親相姦の気は無いけれど思わずドギドキしてしまう始末。
私は慎太郎一筋なのよ、と。綾子が部屋を来たときの状態に戻し、教授の暗示を終了させていると、話し込んでいた父と兄の間で何かしらの結論が出たらしく、綾人が綾子に近づいて右手を取り目線で扉を指した。
「え、ええっと。一緒に外に出るの? 兄さん」
「……ああ」
「…………。兄さん、手を離してくれない?
「嫌だ……」
(何で恋人繋ぎなのよっ! っていうか距離近い近い近い!!)
手を繋ぐどころか、あわよくば唇まで奪おうと顔を近づける綾人と、笑顔を張り付かせたまま必死に抵抗する綾子。
父からしてみれば微笑ましい光景らしく、うんうん、と。満足そうに頷き、止める気配はない。
「そうだ、綾ちゃん。綾人もいる事だし、デートついでにもっと美味しい血を探しにいっておいでよ!」
「……お前を、守る。安心しろ」
耳朶に囁かれる低く堅く響く声に、綾子は大仰に身を捩る。
「(ひぃ!)せ、折角だけど! 自分の身は、自分で守れるわ兄さん」
「大丈夫、心配するな……」
綾子の嫌がる姿を見ても、綾ちゃんは照れ屋だなぁ、と言う父はぐいぐいと二人を部屋の外に追いやる。
「楽しんできてねーー!」
伸司のにこやかな声を背に、綾子は綾人に連れられて校舎の外へと向かう。
かつかつとことこと、二人だけの足音が廊下に反射する中、綾子はそっと顔色を伺った。
電灯に照らされた綾人の面影は、ともすれば親友の芽衣の方が似ている位、綾子に似ていなかったが。
少しだけ緩んだ口許が、機嫌の良い時の母と同じ様な感じがして、綾子は少し気を緩ませる。
その思惑は判らないが、この後も外出が可能なのは兄のお陰だ。
愛嬌振り撒いて、機嫌を損ねないようにしないといけない。
綾子は無邪気な妹という猫を深く被り直し、気付かれないように、そっと嘆息した。
元々、男への媚の売り方を、放蕩三昧な母から教えられていたが、それを覚えたのはこういう時では無く、たった一人、親愛なる幼馴染み慎太郎を喜ばせる為に覚えたのだ。
断じて、自分に迫る肉親を受け流す為に覚えたのではない。
「……どうした?」
「何でもないわ兄さん、ただ、見ていただけよ。」
「……そうか」
「そうよ」
(仕掛けるなら、きっと今ね)
怪訝な顔をする綾人の視線に動じず、綾子はふふっ、と。可憐に笑って見せる。
そして突然駆け出し、すぐそこの出入り口を潜ると、沈みかけた夕日をバックにくるりと回って見せた。
ポイントはふんわり広がるスカートと髪、天を仰ぐ時に見せる顔の角度である。
綾子自身に実感は無いのだが、その容姿が他人から見て、儚く、たおやかで可憐と称されるのを理解している。
そして、兄がこんなシチュエーションに密かな憧れを持っているのも、当然の如くリサーチ済みだ。
「綺麗な夕焼けだわ兄さん。今日は良い夜になりそうよ」
「……」
「あら? どうしたの、そんなに口開けちゃって。なんか変なモノでも食べた?」
「……」
「ふふっ、変な兄さん」
読み通り綾子に見とれて立ち止まる綾人を、しょうがない兄さん、と。綾子はその手を引いて歩き出す。
駅方面の校門付近まで来ると、正気を取り戻した綾人に逆に手を引かれて、校門の守衛室から死角となる木の後ろで、抱き締められてしまう。
「に、にににに兄さん? 何を考えて――!?」
「……血を」
「血を?」
「オレの血を……」
あわわわ、と盛大に慌てる綾子を他所に、綾人は慕情の籠った声を出しながら頭を垂れ、その首を差し出した。
綾子は兄の言わんとしている事を察し、沸き上がる吸血衝動を押さえて体を離した。
「……何故?」
「――私は。家族の血を、吸いたくありません」
ぶつかり合う視線。
妹の放った本気の言葉に、綾人はしぶしぶ引き下がる。
最近、普通の人の血に満足できなくなってきており、正直、大変魅力的な誘いだった。
それに、何故か相手の不調も一緒に吸ってしまう綾子にとって、健康で、恐らく童貞であろう兄の血は、現状、何より魅力的であり。
(全く関係無かったら、速攻で吸ってたのに……)
だがうっかり吸ってしまえば、父や兄の事だ、速攻で結婚なんて危険性もある。
綾子は理性を引き締め、そっぽを向いた。
なんたって、今夜が一年ぶりに慎太郎に会える日なのだ。
迂闊な行動は、出来ない。
(兄さんは父さんと違って、ある程度の融通が効くわ。どうしたら自然にはぐれられるかしら――)
思考の渦に没頭しそうになった綾子は、兄の呼び声で我に返った。
「何、兄さん?」
「……今日は、一人で行くと良い」
「はい?」
「……親友と、会うのだろう?」
「兄さん、真逆……」
そうだ、と。頷く綾人に、綾子は目を見開いた。
以前うっかり、芽衣に会うと溢してしまった言葉を兄は覚えていて、さらに、綾子の味方をしてくれたのだ。
あの、綾子が外出するのを異様に嫌う父の目から、たった一時でも逃してくれるというのだ。
綾子は親友に会うと信じている兄に、嘘を付いて男と会う事を、ごめん兄さん、ありがとうと、少し内省した。
妹の輝くような視線を受け、綾人は照れたのか、少し頬を紅潮させながら綾子の左手を取る。
その動作に、綾子の女のカンがアラートを告げた。
「終わったら、連絡するといい……」
「…………あの、兄さん? これ、はいったい……?」
綾子は、兄よって付けられた、左手の薬指の輪に、んんんん!? と首を捻る。
あっれー、これって、これって?
「……婚約、指輪だ」
(頬を染めて言うなっ! 笑うなっ! ~~っ、慎太郎の為だけに取っておいたのに!!)
「……いつも、見守っている」
そう熱っぽく囁かれた言葉耐えきれず、綾子は硬直した。
綾人はその隙を逃さず綾子の頤を上げ。
唇同士を、軽く、触れ、合わせた。
「な、な、なな、なななななななななななななななななななななぁ!!」
(ふざけんじゃないわよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)
瞬時に綾子の顔が、羞恥と怒りで赤く染まる。
反射的に綾人を突き飛ばし、指輪を外そうとしたのだが、外れない。
くぬっ、くぬっ、と指輪を必死になって引っ張る綾子の様子を、恥ずかしさだと勘違いしたのか、綾人は優しい目をして、親友が待っているのだろう、と綾子を送り出した。
綾子は殴りたいのを必死に我慢して、綾人の下から吸血鬼の全速力を使ってまで走り出す。
(絶対、絶対、ぜぇっーーたいっ! こんな家逃げ出してやる!!)
今、綾子は母が実家関係の事を一言も語らなかった理由、その感情を分かち合ったような気がしていた。
きっと母も同じような事があって、同じように感じて、それで逃げ出したのだろう。
思えばその放蕩っぷりも、今思えば、実家から逃げながら綾子を育てる手段だったのかもしれない。
(母さん……! 母さんと違って私は一竿主義だけど。教えてもらった通り、慎太郎を全身全霊で籠絡するわ!
処女、もとい少女を捨て、彼の女として、妻として生きていく。
私の愛に満ちた、平穏を勝ち取るわ!!)
駅前に差し掛かった綾子は足を止め、空を見る。
陽は既に落ち、天には輝くオリオン座が見え、遠くには怪しげな黒雲があった。
コートを着ていても、ちょっと寒い。
(種族の差なんて、なんぼのものよ!)
綾子は両手を、ぐっ、と上に突き出し、声なき雄叫びを上げた。
ついでに指輪を力づくで無理やり破壊すると、排水溝に捨てる。
指の皮が剥がれてしまったが、それ位すぐ治る。
道行く人々の好機の視線なんて気にしない。
(後一時間半もしないで慎太郎に会える!
……ふふふっ、今日で決める、決めてやるわ!!)
ここに、世に言う肉食系女子(但し新米吸血鬼)が誕生した。
そしてこれが切欠で、全ての歯車が回りだした等と、今この瞬間の誰もが知らぬのであった。
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