八月のロークシア9
ここまで……来たのに……
ここまで……
ーーーー「りょーちん!」
伸明の声が響き渡るブリッジ。
震えた声。
遥か上空の龍太へ向けられた声。
「龍太君!」
「りょーちん!」
「龍太!」
次々と上がる魂の叫び。
涙目になった美紗子も息子の名前を呼んだ。
「りょーちゃんっ!」
【絶対……!絶対に帰ってきて……!私より先に死んじゃうなんて……許さないわよ……】
ーーーーここで……
こんなところで……
終
わ
れ
な
い
!
ーーーー人類の未来を背負った宇宙船は、敵のレーザー攻撃を『回避した』。
動くはずのない宇宙船が、レーザーを避けたのである。
その船内、気絶したままのイブを抱え、青年はコントロールレバーを握っていた。
その時、諦めかけていた人々は思わず腰を上げていた。
「約束したんだよ……母さんと。……必ず帰るって……」
敵艦の砲台に再びエネルギーが集束を始める。
「生きて帰ってくるって!」
彼の意志が、彼自身の脳内を覚醒させる。
(俺は宇宙人の息子。父親が超記憶を持っているなら、きっと俺にも出来るはずだ!)
今までに見てきた宇宙船に関するすべての記憶を辿り、すべての情報を思い出していた。
十年前、イブが操作した宇宙船、リョークが操作した時の事、そしてここに来るまでにイブが操作した方法。
僅かな動き、その細部に至るまですべてが今、龍太の頭の中を駆け巡る。
「こんなところで負けられないんだよ……俺は!」
彼の脳は常識を超え、常人を超え、本来ではあり得ない能力を発揮する。
降り注ぐレーザーの雨を、龍太は絶妙なコントロールで回避した。
その動きは、操作に慣れているイブよりも滑らかで、とても初めての操作とは思えないものであった。
その動きにリョークも声を漏らす。
「宇宙船を……あんなに簡単に……」
もはや龍太は、地球の常識を逸脱していた。
「りょーちん……」
それを見ていた仲間達の全身に鳥肌が駆け巡る。
「すごい……」
「ど、どうしてかな……なんか、涙が出てくるんだけど……」
一滴の波紋はそこを中心に広がり、やがて大きな波となる。
龍太の勇姿に、大きなものを背負った後ろ姿に、世界中で亜莉沙と同じように感極まる者が続出した。
涙を流しながら、最前線で戦う勇者に向けて、各地で地響きにも似た歓声が上がる。
その声を、大人になった青年の背中は受け止め、未来へ向けて加速した。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
人々の叫びに答えるように、龍太は雄叫びを上げ、敵艦へと立ち向かった。
敵艦からの攻撃はさらに激しさを増して、小さな宇宙船に襲い掛かる。
畳み掛ける、おびただしい数の攻撃。
その中で、龍太の集中力は奇跡へと昇華する。
その目はすべての攻撃を知覚し、その指は寸分の狂い無く宇宙船を操作し、その思考はその後の未来を予測する。
攻撃を受けて、視界が悪い状況の中、これだけの攻撃を掻い潜る事、それは本来不可能な事であった。
だがしかし、そこには不可能なんて言葉は存在しない。
未来はすべて不確定。0も100も存在しないのだ。
誰にも今の彼の歩みを、進行を、想いを、願いを、祈りを、明日を、未来を、止める事など出来るはずはなかった。
やがてたどり着く最後の終着駅、敵艦の目前。
視界をすべて覆い尽くしてしまうほどの巨大な敵艦を前に、龍太はそのトリガーに指をかける。
恐らくその船の中にも、イブやリョークと同じような、人間と同じ姿形をした宇宙人が乗っている事だろう。
それはもちろん龍太にもわかっていた。
トリガーを引けばたくさんの命を殺すことになる事など、その手が血に染まる事などわかりきっていた。
だがそれでもやらなければならない。
彼の中にもう迷いなどなかった。
「いっけぇぇぇぇぇ!」
誰しもが口に出した。
「いけ!」と。
人間たちは未来を彼の背中へ託し、最後の祈りを捧げる。
十年前の少年はもうそこにはいなかった。
そこにいるのは凛々しく成長した一人の男。
彼の指がトリガーを引く瞬間、その手に暖かなもう一つの手が添えられる。
「龍太……」
彼はトリガーを引いた。
至近距離から青白い光のレーザーが敵艦へと向けて直進する。
そのレーザーはフィードレイの影響を受けて僅かに歪みを見せるが、軌道を変える程までは歪めきれない。
青の光線は敵艦の中を一直線に貫通していった。
その攻撃を受けた瞬間、敵宇宙船からの雨のような集中砲火がパッタリと止んだ。
そして数秒後、船から放出される大量の酸素と共に、船から大きな爆発が次々と巻き起こった。
一つの爆発が次の爆発を呼び、連鎖反応で巨大な船が崩れていく。
やがてそれが船の中心、核であるエンジンをも飲み込むと、宇宙に轟くほど大きな大爆発を巻き起こした。
その衝撃波は近くにいた彼らの宇宙船を巻き込み、地球を回る人工衛星も数基破壊する。
まだ宇宙空間にあったミサイルをも巻き込んで激しい誘爆を巻き起こす。
「龍太……」
「イブ!」
宇宙船の中、目覚めたイブを抱き締める龍太。
激しい揺れに、送信し続けられていた映像にもノイズが走り始め、やがて完全にその映像は途切れてしまった。
地上ではどの町でも、歓声とざわめきが広がっていた。
世界が救われたのは間違いない。
龍太達が宇宙船を破壊した瞬間を、確かに世界中が目撃していたからだ。
だがその後、龍太達はどうなったのか……。
「目標……全消滅……。ミサイルはこれで全部だ。地表への落下数0。君たちのお陰だ……本当にありがとう」
リョークが言った通り、ミサイルはただの一つも地表へ落ちる事はなかった。
彼らの活躍と、世界中の勇敢なる戦士達のお陰で、おびただしい数のミサイルの群れを迎撃する事が出来たのだ。
だがやはりそれでも仲間達の表情は困惑したまま、素直には喜べないでいた。
「りょーちん……イブちゃん……」
亜莉沙はノイズだけが走る画面に祈るような想いを発した。
「ここまで来たなら、ハッピーエンドにしてよ……。二人が帰ってこないなんてイヤだよ……」
涙目の亜莉沙から、その涙が溢れるのにそう時間はかからなかった。
雫はそんな亜莉沙の肩を抱き、頭を優しく撫でる。
「大丈夫。りょーちんは帰ってくるさ」
その言葉を言ったのは諦めの悪い伸明や悠ではなく、一層凛々しくなった貴史であった。
もちろん貴史も二人の事を心配してないわけではない。
何か生きている証拠があるわけではないが、不思議と彼は、二人が無事だと確信していたのだ。
「俺は信じてるからな。りょーちんは帰ってくるって言ってただろ。あの言葉は嘘じゃない」
周りの二人に影響され、彼はまた少し変わった。
決して挫けない心を手に入れた。
「その通りだタカピー!」
「うん、僕も信じてるよ」
リョークは何も言わなかったが、息子の無事を願い、ただ目を閉じる。
すっかり暗くなった夏の夜。
夜空にはいつの間にか満天の星屑が散りばめられていた。
そして程なくして、仲間達の耳にノイズ混じりの音が聞こえてきた。
「……あ…………よ……な…………」
音は次第に輪郭を現して、やがて声に変わる。
「……本当……で…………あなたが……れたから……」
世界中のモニターに走っていたノイズの映像が、少しずつ二人の様子を映し始める。
テレビを見ていた美紗子も、胸を撫で下ろしながら笑みをこぼした。
誰もが立ち上がり、大きく両手を空に掲げて声にならない大きな音を上げる。
一つとなった世界から響き渡る歓喜の叫び声。
人と人が抱き締め合い、生きている喜びを分かち合う。
そこには好きも嫌いも偏見もなく、生きているという喜びだけが人々を繋げていたのだ。
苦しみと悲しみの向こう側、そこには生を知る極限の喜びが待っていた。
人類史上、最も大きな戦いの一日。
沢山の犠牲を経て、最大の戦いは幕を閉じる。
だがそれは終わりなんかではない。
その日から人類は、また新たな一歩を踏み出すのだ。
そこには終わりはない。
そこはまだ真っ白な1ページ。
何もないからこそ無限。
どこまでも無限。
人々の未来は、無限の中にある。
ーーーー「終わったんだな……」
「そうですね。龍太のお陰で、希望は紡がれました」
「俺のお陰じゃないさ。みんなのお陰だ」
「はい」
宇宙船、俺は椅子に腰かけて、イブを抱き締めていた。
イブもそれを受け入れて、砕けた笑みを浮かべる。
眼下には目前に迫る青い地球。
「どうやら地上にも大きな被害は出ていないみたいですね。あれだけの数のミサイルを全部撃ち落とすとは、奇跡としか言いようがありません」
「そうかもな」
二人で改めて見る地球は、やっぱりとても青くて宝石なんかよりもずっと綺麗で、心が洗われていくような気持ちになる。
「龍太、しかしよくこの船を操縦出来ましたね。一度も操縦した事ないと記憶してますが」
「お前の操縦を見てたからな。俺の血の半分はネビリアンのものだ。俺にもきっとお前と同じように超記憶があるんだろう」
俺の言葉にイブは小さくクスクスと笑った。
「ふふ、そうですね。あなたはネビリアンと地球人の初めてのハーフですから」
「どうした?何かおかしい事言ったか?」
「いえ、嬉しくてつい」
「あぁ、そういう事か」
イブの笑顔を見て俺もつい笑ってしまう。
地球を救い、肩の荷が降りた事で疲れがどっと押し寄せてきた。
「超記憶を持っていたとしても、それを体現するというのはまた簡単な事ではないはずなのですが、あの時の龍太にはもっと違う力が宿っていたように思います」
「違う力って?」
「奇跡·····ですかね」
「奇跡……か」
「はい、奇跡です。紛れもなく」
「そうだな、そうかもしれない」
俺は一層強くイブを抱き締めた。
そして見つめ合う二人。
やがてどちらからともなくお互いの顔は近付いて、唇と唇が重なりあった。
十年越しのキスは、とても刺激的で、ちょっと懐かしい感覚だった。
宇宙の星達に見守られたそのキスは、俺の人生で一番ロマンチックなキスだったのは言うまでもない。
ただ一つ誤算だったのは、この一部始終が全世界に生中継されていた事を、俺達がまだ気付いてなかったという事だ。
その日俺たちは……
世界一有名なカップルとなった。
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