八月のロークシア7
だから、このワガママだけは譲れない。この想いだけは誰にも変えられない。
「俺も一緒に行かせてくれ」
「龍太。あなたを危険に晒すわけには……」
「いいんじゃねーの?それで」
イブの会話を遮ったのは意外にもタカピーだった。
「りょーちんだって全部覚悟の上だよイブちゃん。それでもりょーちんは君と一緒に行きたいんだよ」
「タカピー……お前……」
「そうだよね~!恋は理屈じゃないよ!」
「はっはー!一度灯った猛き炎は簡単には鎮まらないわなー!そりゃ十年分だしさ!」
「龍太君は十年も待ったんだよね。イブちゃんも龍太君の気持ちに答えてあげて」
「恋っていいよね。あれ、この場合、もう愛って呼ぶのかな?」
タカピーの言葉は仲間達へと次々に連鎖反応を引き起こす。
「お前ら……」
「ですが……」
「龍太の場所には僕が入ろう。イブ、龍太の願いを叶えてやってほしい」
イブは俺を見た。
鼓動が早くなったのが感じ取れるくらいわかりやすく、俺の心臓が彼女の事を特別だと認識しているようだ。
「龍太、本当に……いいんですか?」
「あぁ、覚悟ならとっくに出来てる」
キュッと閉じていた口元を僅かに緩ませ、彼女は小さく頷いた。
「ならば行きましょう。二人で」
そして俺も頷く。
「さぁ終わらせるぞ。めんどくさい事はここで全部!」
ノブちゃんは高く腕をあげ、親指を立てた。
「その通り!俺たちは勝~つ!世界の平和は守って見せるぜ!」
「あははは、ノブちゃんアニメに出てくる正義の味方みたいだねぇ!」
「二人は安心して行ってきなよ。僕たちが必ず守るからさ」
「約束忘れないでね。みんなで一緒に家に帰るんだから。誰一人欠ける事なく」
「行ってこい。二人きりのデートを楽しんでこいよ。ついでに宇宙船もよろしく」
俺には大切な仲間達がいた。
彼らは誰よりも仲間思いで、どんな時だって力になってくれる頼もしい奴らだ。
みんなと離れて疎遠になっていたけど、あの記憶が再び俺たちをここに呼び寄せた。
すべての始まり、この北嵩部村に。
そしてその仲間達に背中を押され、俺は今その先へと足を踏み入れた。
隣には大切な人、俺の背中を父親が見送り、家では母親が待ってくれている。
俺には何もかもがあった。
先の見えない人生に行き詰まって悩み苦しんでいた事なんて、なんだかとてもちっぽけな悩みに思えてくる。
俺は幸せに包まれていた。
地球の危機だと言うのに、こんなにも大きな幸せに包まれてるなんて、なんだか不思議な感覚だ。
「龍太、さぁこちらへ。私たちの乗る船へ向かいましょう」
イブが俺の手をとって、半ば強引に走り出す。
「わわ、お、おい、いきなりだな!」
「あまり時間はありませんから」
引っ張られてブリッジを後にする俺たち。
俺はすぐに歩幅を整えてイブの手を握り返す。
「そうだったな」
俺たち二人ならきっと出来る。
どんな困難を前にしようと、その壁を乗り越えていく事が。
ーーーー「あっれー?」
準備を終え、士気も上がっているブリッジ内に亜莉沙の間抜けた声が響いた。
「どうしたあっちん。ツケマでも落としたのか?」
「ち、違うよ!さっきまであった生中継カメラが無くなっちゃってたからさ!」
彼らの後を自動で追跡していた浮遊する球体状のカメラが、彼らの前から姿を消していた。
「カメラは彼らの方へとついていったよ」
「彼らって、りょーちん達の事……ですよね?」
「もちろん」
「じゃあもしかして、二人きりのランデブーは世界中に生中継されちゃってるって事!?だ、大丈夫かな?放送されちゃいけない映像とか流れないよね?」
「君達のモニターに映しておくよ」
リョークの言葉の直後に、それぞれのモニターに二人の姿が映し出された。
そこには今まさにイブの乗っていたあの卵形の宇宙船に乗り込もうとする二人が映っていた。
「一座席に二人で一緒に乗るのですか?」
「イヤか?」
「いいえ。龍太、あなたと一緒なら」
その映像に亜莉沙は顔を赤らめて悶える。
「うーーー!ラブい!ラブ過ぎるー!」
「ははははっ、でも見てるのってなんか恥ずかしいね」
「龍太君にとっては十年ぶりなんだから、ち ょっと恥ずかしいくらいがちょうどいいんじゃないかな」
モニターの向こう側、カメラも一緒に龍太達の宇宙船に乗り込み、その内部の映像を映し続ける。
二人はその事に全く気付いていない。
「重くないですか?」
「軽すぎてビックリする」
「……そう言えば以前もこんな事ありましたね」
「そうだったなぁ。俺にとっては十年前、お前にとってはほんの少し前か」
亜莉沙はモニターに映る二人の様子に夢中になっている。
「愛は宇宙をも越える。すごいね本当に。あの二人を見ると、限界なんて無いみたいだね」
「無いのさ。俺たちに限界なんてない。あるのは自分で引いた限界というラインだけなのだ」
「いい事言うねノブちゃん」
「もちよ!」
プープープー……
それぞれのモニターに目標が映し出される。
それはつまり、ミサイルが彼らの射程に入った事を意味していた。
「来たぞ!片っ端から撃ち落とせ!」
「おう!」
「言われなくても!」
それと同時に、ドッグからイブと龍太を乗せた宇宙船が射出される。
ーーーー飛び出した宇宙船の中、俺はイブを背中から抱き締めていた。
一座席に二人、十年前の夏、こうやって一緒に星を眺めたっけ。
十年ぶりのイブの匂い、十年ぶりの温もり、十年ぶりの会話、十年ぶりの愛。
俺にとってイブといられるこの瞬間が、何よりもかけがえのない時間だった。
「龍太、しばらく見ない間に随分老けましたね」
「老けたとは失敬な。大人になったのだよ俺は。けどまぁ、十年も経っちまったしな」
宇宙船は空へと向かう。
雲を越え、遥かな天空へ。
やがて少しずつ青は濃さを増し、群青へ変わり、黒へと変化していく。
「お前のいない十年は本当に長かった気がするよ」
「ごめんなさい龍太、私も本当はあなたと一緒にいたかったのですが……そうしなければアークネビルを救う事が出来なかったのです」
「いいんだよもう。謝らなくていい。今はこうやって一緒にいられる。それだけでいいんだ」
「龍太、私はあなたに沢山の嘘をつきました。ですが、あの時あなたに言った気持ちには嘘はありません」
「わかってる。お前の想い、ちゃんとこの胸に届いてる」
外の景色が完全に黒になる頃、俺たちは成層圏へと到達した。
横を見れば、青く美しく輝く丸みを帯びた地球の姿が俺の目に飛び込んでくる。
テレビや映像なんかで見る地球の姿ではない。
言葉ではとても言い表せないくらい、今まで見たどんな物よりも、それと比べるのが失礼なほど驚嘆の美しさがあった。
「……すごい……。実際に見るとこんなにすごいのか……地球って……」
「そうですね。地球は本当に美しい星です」
そして俺の目を引いたのはそれだけではない。
地上からは見えなかった幾千もの星の海が俺たちの前に広がっていたのだ。
俺が今まで見ていた夜空とは比べ物にならない数の星屑。無限の星の煌めき。
桁違いのスケールに俺は圧倒されていた。
「……こんな景色が見れるなんて……。あぁ、みんなにも見せてやりたかったな……」
「まだまだ宇宙には想像を絶する景色が広がっていますよ。私たちアークネビルも知らないものも沢山あるんです」
「ならいつか、二人で旅に出ないか?この宇宙を二人で回るんだ」
「そうですね。いつかそうなったらと、私も願っています」
宇宙船は大気を突破し、摩擦熱で大きな炎を纏う。
やがて炎が消え、俺たちはその瞬間ついに宇宙空間へと到達したのである。
運命とは妙なものだと、改めて感じる。
最初に彼女と逢ったのも全くの偶然。
あの時、最初にイブと逢っていたのが、今この場所にいるのは別の誰かだったのかもしれない。
そして俺は偶然にも、ネビリアンのリョークの子供だった。
地上の、日本の、北嵩部という辺鄙な村で育った俺が、今は地球の未来を背負って、愛しい人と一緒に宇宙で戦おうとしている。
「……はは、まさかこんな所まで来るとはな」
「……?どうかしましたか?」
「いや、何でもない。ちょっと感傷的になってただけだ」
そんな俺たちの横を、青白い光が追い越していく。
やがてその光は俺たちの前方で音もなく拡散した。
「今のって……」
「はい、間違いなく彼らの放ったものです」
目を凝らせば、俺たちの前方にその圧倒的な絶望が姿を現した。
「なんて数だ……」
宇宙空間に漂う1725発ものミサイル。
それはまるで宇宙に雨が降っているかのような光景。
視界目一杯、どこを見てもミサイルだらけであった。
本当にこのすべてを撃ち落とせるのかと不安がよぎるが、それを飲み込んで自分に言い聞かせる。
「頼んだぞ、みんな……」
みんなならきっと出来る。世界中の援護がある。
あいつらなら絶対に負けない、と。
ミサイル群とすれ違い、俺たちはさらに先へと進む。
背後ではミサイルがレーザーの攻撃を受けて、次々と爆発する様子が見えていた。
「龍太、今回の私たちに失敗は許されません。私たちの失敗は、地球人の文明の終わりを意味します」
「あぁ、よくわかってる」
「それを為す為には、こちらが仕掛ける最初の一撃にかかってきます」
「最初の一撃?」
「もしもそれを外した場合、相手の反撃を受けることになります。ドレクの宇宙船の持つ火力は強力です。恐らく回避し続ける事は不可能だと思われます。つまり……」
「一発で決めなければならない……」
「そうです。長距離からの射撃で撃ち抜く他ありません」
最初の一発、相手からの攻撃が来るより先にこちらの一撃を撃ち込まなければならない。
外せば反撃をくらい、回避し続ける事は難しい。
もしそうなってしまった場合、攻撃を掻い潜りながら二発目の発射を敢行しなくてはならなくなる。
それでまともに敵の船に当てられるかどうかはわからないのだ。
すべては最初の一撃にかかっている。
「敵艦の周囲にもエネルギーフィールドが展開されていると思いますが、リーアのエネルギーを使ったこちらの攻撃ならば問題なく貫通出来るはずです」
俺はこの宇宙船を操作するイブの手に自分の手を乗せた。
「イブ……大丈夫だ。俺たちなら出来る」
「そうですね。その通りです」
その言葉はイブに向けられたものではなかった。
自分自身に言い聞かせなければならなかったのだ。
十年前、最後の最後で失敗してしまったあの悪夢が頭の中を駆け巡っている。
失敗はもう、あってはならないから。
「間もなく射程に入ります……」
空気が変わった。
俺たちのこの狭い宇宙船の中に強い緊張感が張り詰める。
俺の鼓動が高鳴るのに比例してイブの鼓動も大きく高鳴り始めたのが感じ取れた。
「あれが……」
「はい、ドレクの大型宇宙船艦『ラミタルメモリ』です……」
ーーーー地上、宇宙での戦いに挑もうとしている龍太達の映像を横目で見つつも、仲間たちは彼らの戦いに挑んでいた。
「リョークさん!ミサイルが到達するまで後三分しかありません!」
「よくわかってるよ貴史君」
太陽の残り香が空を群青に染める時間。
次から次へと、空に向かって青白い光が発射される。
だがいくら破壊しても、彼らのマップに映る赤色の目標シンボルの数が減ったようには見えない。
「残り1282……。ダメだ!間に合わない」
「諦めるな!タカピー!まだ行けるぞ!不可能なんて言葉は丸めて捨てろ!俺は諦めないぞ!何があってもだ!」
伸明は負傷したままであり、未だにその傷口から痛みが発せられるが、それでも決して弱音は吐きはしなかった。
「僕たちなら何でも出来る。僕は今でもそう信じているよ」
二人の言葉が彼の中に浸透していく。
混乱しかけていた彼の頭の中は、一気に整理され、その視界は冷静さを取り戻していった。
彼は警官、人々の模範となり、地域の治安を守るのが仕事。
「はっ、なんて情けない姿だよ俺は。こんなんじゃ恋南に怒られちまうな……」
次の瞬間、彼の目はもう別人のように変わっていた。
「そうだな!諦めちゃダメだ!」
空で戦い続ける若者たちを応援しようと、北嵩部の村人たちは外へ出て大きな声援を送る。
「がんばれー!」
「やっちまえー!」
「頑張って!負けるなぁー!」
「いっけぇぇ!」
その中には仲間たちの家族の姿もあった。
「ママー!」
「雫、頑張って!」
「お兄ちゃん!頑張れ!頑張れっ!!」
「伸明、ファイト!あんたなら出来る!」
「亜莉沙……亜莉沙ぁ!」
「貴史!しっかり!」
彼らにはその声援が聞こえているはずはなかったが、それでも村人たちは空に向かって叫んだ。
誰しもが奇跡を信じた。
明日を夢見た。
未来を願った。
「りょーちゃん……」
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