八月のロークシア6
ーーーー70億の命と願いを背負い、彼らは戦場の最前線に立っていた。
「恐らくこれで、人類の半数近くが息絶える事になります……」
降り注ぐであろうミサイルの数は、かつて彼ら自身が迎撃した隕石の数とは桁違い。
人々が絶望を感じるには十分すぎる程十分な数であった。
ついさっきまでの自爆の騒ぎとはうって変わり、世界は不気味なまでに静まり返っていた。
普段と変わらずに畑を耕していた老夫婦は一休みをしながら寄り添った。
「十分生きたのぉ」
「えぇ、本当にねぇ」
幼い我が子と一緒にブランコを漕いでいた母にはこんな時でも笑顔があった。
「ママ?どうして笑ってるの?」
「幸せだからよ。ママはあなたといられるのがとても幸せなの」
ケンカしたままずっと顔を合わせられなかった幼馴染みの少年達は、久しぶりに真正面から向かい合う。
「色々あったけど、悪かったな」
「もういいんだ。気にしてないから」
死を目前に控え、人々は変わっていく。
死から逃げる訳ではなく、終わりを受け入れ想いを遂げようとする人々で溢れ返っていた。
誰しもが死を理解していた。
終わりが来るとわかっていた。
だけど、そんな中に決して希望を捨てない者達がいた。
何度絶望へ突き落とされても、どれだけ打ちのめされたとしても、その度に這い上がり、立ち上がってきた者達がいた。
諦めない意志は何よりも強い。
彼らの心はもうとっくに決まっていた。
世界の中心となった北嵩部村、その上空に浮かぶ宇宙船の中。
伸明は最初に声を上げる。
「なんだ、別に大したことじゃないな」
「そうだね、別に大した事じゃないね。僕たちからしてみたら」
その言葉に乗っかった悠。
二人は顔を見合わせて笑っていた。
そんな二人に頭をかきながら呆れたような表情をする貴史と、苦笑いを浮かべる雫。
「また、随分と軽く言ってくれちゃって……」
「はは、二人らしくもあるんだけどね」
「けどアタシ達ならきっと出来るよね。なんてったってアタシ達ヒーローだから。あ、ヒロインか!」
そんな仲間たちを見ていた龍太も、気づけば苦笑していた。
「全員揃った。欠けていた駒も、今すべてここにある」
イブ、そしてリョーク、この場所にすべてのキャストは揃った。
25年という歳月を使って組み上げられた大舞台、残すはエンディングのみ。
「みなさん。やはり無謀です。十年前の隕石はたった37。ですが今回は桁が違います」
既に彼らがやろうとしていることは誰しもが理解していた。
ただそれはあまりに不可能に近いということももちろん彼らは理解している。
すべてを理解した上で、伸明は高らかに宣言する。
「同じだよイブちゃん。要は全部撃ち落とせばいいんだ。もうこれ以上世界を壊させやしない」
「いいや……やはりそれは不可能だよ。どれだけ頑張ったとしても半数以上は地表に落着する。全部撃ち落とす事なんてとても……」
「リョークさん、俺は諦める気はありません。そして、諦めてないのは俺たちだけじゃないはず」
伸明は相変わらず漂うカメラに向かって叫んだ。
「そうだろ!?地球人はそんなに簡単には諦めない!こんな事で挫けたりはしない!」
世界のいたる場所で伸明の叫び声が響いた。
その声は耳から脳内、そして人々の心の中にまで到達し、その魂を揺らす。
アメリカ、空軍基地。
宇宙船を前に手も足も出せず、悔しさを滲ませていた軍人たちは次々とその腰を上げた。
その目には強い意志、強い光が輝いていた。
命令は出ていなかったが、彼らは自分の意志で滑走路へと向かう。
そんな彼らの前に強面の上官が立ちはだかった。
「待て。どこへ行く気だ?」
「大佐、止めないで下さい。我々は行きます」
「……」
「我々の職務は、国を守る事。そして民間人を守る事であります。今がその時です。たとえ出撃命令が無くても、除隊させられる事になったとしても、我々は行きます」
上官の男は真顔で、笑顔一つ作らずに厳しい口調で言葉を吐き出す。
「行け。すべての責任は私が負う。貴様たち は自分のすべき事をしろ」
彼らは顔を引き締め、背筋を伸ばし、上官に向かい敬礼した。
「さぁ行け!モタモタするな!時間はないぞ!」
アメリカの希望が空へと旅立つ。
それは一つの基地からだけでなく、各地の基地から次々と戦闘機が飛び立った。
ワシントンに家族と共に住む白人の彼も軍人だった。
「パパ~?行っちゃうの?」
玄関で寂しそうに彼の息子が呟いた。
彼は愛しい自分の息子の頭を撫で、視線を同じ高さに合わせる。
「パパは行かなくちゃならないんだよ。パパが行かなくちゃ沢山の人が悲しい思いをする。わかるね?」
「うん……」
「よし、いい子だ」
その隣で息子と同じように表情を歪ませる彼の妻。
彼女には夫の勇敢な行動を止める事は出来ない。
だけど不安で胸が張り裂けそうになる。
そんな妻を優しく抱き寄せる夫は、子供にしたように、その頭を優しく撫でた。
「行ってくるよ……」
「どうか気を付けて……」
それぞれの国、それぞれの町、希望が空へと舞い上がる。
戦争状態にあった国々は戦いをやめ、空を見上げる。
町の中で不安にかられる人たちの頭上を、まるで希望を振り撒くかのように戦闘機が滑空していく。
その戦闘機に向かって手を伸ばし、人々は大きな雄叫びを上げた。
戦闘機のオモチャを片手に外へと飛び出す少年。
体を震わせ、高く拳を握り上げる海兵隊。
大切な人を失い、亡骸を抱き締めながら空を見上げる少女。
全世界、沢山の国から、世界の未来の為に戦う戦士達が空へと飛び立った。
バラバラだった世界の想い、意志が、龍太達を中心に一つとなる。
伸明の叫びが、世界を動かした。
ーーーー「……あ……ますか……聞こえますか……?」
宇宙船ブリッジの中に響いた、途切れ途切れの雑音混じりの声。
「えっと、誰の声……?」
「イブ、今のは?」
「地上からの通信のようです……」
「お、聞こえたようだな!こちらは航空自衛隊の橘だ」
「自衛隊?」
「今世界中から、君たちを支援する声が上がっている。もちろん我々も全力をもって君たちを援護する」
世界が動き出した。
その力は俺が持つ一人の力なんかじゃ到底及ばない程の巨大な力。
「地上に降るミサイルは私たちの命を懸けてでも食い止めて見せよう」
身体の震えが止まらなくなった。
この震えはいつものような緊張感や恐怖心によるものではない。
世界中の人々が絶望に立ち向かおうとする姿に自然と体が反応してしまったのだ。
「イブ……不可能なんてないんだよ。戦ってるのは俺たちだけじゃないんだ」
イブの顔つきが変わった。
不可能だと言ったさっきまでの顔ではなく、十年前、俺たちの仲間だったあの時の顔となっていた。
「地球人とは不思議なものですね。本当に計り知れない」
リョークも苦笑いを浮かべて頭を掻く。
「どっちにしろ僕にはもう他に道はない。やるよ、この命を捧げるくらいの覚悟はもう出来てる」
「ならば始めましょう。これが正真正銘、最後の戦いとなります。地球と、アークネビルの未来を懸けた戦いです」
反撃の狼煙は上がった。
準備は整った。
後は少しの運があればいい。
きっと今の俺たちなら、世界中の力を受けた俺たちなら出来る。
不可能なんて飛び越え。
絶望なんて塗り潰して。
その先に輝く栄光を手に入れる事が。
「ここのブリッジからならば、以前みなさんが経験したように、レーザーを発射することが可能です。シューターとサポーターに分かれて迎撃して下さい」
「よっしゃあ!行くぜあっちん!」
「うんノブちゃん!アタシ達のすごさを見せつけちゃうんだからね!」
「じゃあ、やろうかしーちゃん。僕たちに出来ることを」
「そうだね。大切なもの、守らなくちゃ」
それぞれがブリッジにある座席へと向かう。
ペアなんてもう決める必要はない。十年前から決まっているのだから。
「よーし!日本の警察官の力を見せてやるぜ。なぁりょーちん!」
「ちょっと待ってくれタカピー」
ミサイルの迎撃、それはとても大事な役割であるが根本的な解決となるわけではない。
このミサイルを放ったのはあくまで宇宙で待機しているドレクの宇宙船。
その宇宙船を止めない限り俺たちの勝利にはなり得ない。
「イブ、宇宙にはドレクの宇宙船がいるんだろ?ならそいつを破壊しなきゃ終わらないんじゃないのか?」
「その通りです龍太。それが出来なければ私たちの負けです」
「そんなの俺たちが撃ち落として見せるさ!」
「伸明、とても頼もしい言葉ですが、母艦は地球からかなり距離をとった場所にあります。こちらの攻撃は届かないでしょう」
「だったらどうするんだよ?」
イブの次の言葉で俺の心が震わされた。
「私が単機で出撃します」
「な……」
「射程距離内まで近付き、リーアを使った攻撃で母艦を撃破します」
「ま、待てよイブ!単機って、一人で行くつもりか!?」
「はい」
誰かが行かなくてはならない。
そうしなければ敵を殲滅する事は出来ないのだ。
しかしそれは強大な敵の前、最も危険な戦場にたった一人で立ち向かうようなものである。
そんな場所に向かおうとしているイブを、黙って見送るなんて俺には出来なかった。
「ダメだイブ!俺が行く!」
「それは出来ません」
「なんでだよ!!」
「あなたは宇宙船の操縦方法を知りません。それに、こんな危険な事にあなたを巻き込む訳にはいきませんから」
世界の危機だってのに、こんな事で言い合っている場合ではないというのはわかってる。
これは俺の私情、ワガママだ。
だけどもしイブが失敗してしまったら、俺たちが顔を合わせるのも、言葉を交わすのもこれが最後となってしまう。
十年前の夏、イブに記憶を封印された事で消えてしまったはずの想い。
消えてしまったはずなのに、何年経っても体が記憶していた。
得体の知れない喪失感として、イブを愛した記憶は確かにこの体に記憶されていたんだ。
きっとそれは、絶対に忘れたくないと強く思ったからに違いない。
そんな想い、十年越しのこの想い、それは俺にとって『命を懸けるに値する想い』なのだ。
「ならイブ、お願いがある」
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