八月のロークシア5



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「りょーちん、大丈夫だよね。絶対になんとかなるよね?」


意志は強い、俺たちの意志は誰にも負けない程だが、人間が不安を完全に払拭する事はとても難しい。

あっちんは横に立って俺の手を握ってくるが、その手は震えていて、あっちんが今まで気丈に振舞ってきたのがわかる。


「これが終わったら一躍有名人だ。今は店内ナンバーワンだろうけど、次は世界でナンバーワンになるぞ。きっと世界中から報道陣が押しかけて、あっちんは有名人のセレブ生活だ」


「あははっ、それいいかもね。優雅な人生送れるかも」


「えー、だったら私はすごく静かな北嵩部みたいな場所に隠居生活したいな。自然に囲まれてるところがいい」


「シズ、それじゃ全然夢ないじゃん」


「僕のバンドも有名になるかな?」


「そりゃもちろんヒゲナシゆっちは間違いなく時の人になるだろうさ。その顔は女性から受けがいいだろうしな。つまりバンドが売れる事はもう確約されている」


「ついにメジャーデビューかなぁ~」


「じゃあ俺は昇進くらいはあってもいい気がする」


「タカピーはキツネだから何もないだろ」


「は?全然理解出来んぞ」


「ふっふふ、ならば俺は店長、いや社長·····う~ん、待ち遠しい」





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世界の危機だというのに、こんな会話をしている俺たちの事を世界の人達は批判してくるだろうか?

たとえそうだとしても俺たちは俺たちらしさを忘れてはいけない。

ここには俺たちにしかない絆があって、この絆こそ全てを覆す最大の武器である。


忘れてはいけない。

どんな時でも俺たちは俺たちらしくいなければ、本来の力が発揮できないのだ。










―――「リョーク、一つ聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


「あなたはこれでドレクに反逆する事になります。捕まればあなたも反逆罪で殺される事になるでしょう。それでもどうして私たちに力を貸してくれるのですか?」


「なんでだろうね、自分でもよくわからないんだ。ただ·····」


リョークは操作を続けながらも、彼にとっては少し前、実際には25年前の事を思い出していた。

美しい自然に溢れた地球、そして北嵩部村。

そこで出会った初めての地球人、異星人だというのに惹かれてしまった相手。

恋をして、自分の本来の任務すら忘れてしまいそうな幸せな時間を過ごした。

それはアークネビルでは絶対に有り得なかった自分の意志で自由に生きるという選択の素晴らしさを彼に教えた。


「この星が好きだって事は言えるよ」


「そうですか、それは私も同じです」






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いよいよ時間が無くなってきた事で、世界中の空気に緊張が走る。

あと2分と少しで人類の命運が決まる。

失敗は許されないが、龍太達にはどうする事も出来ない。


世界中の人間がただ祈りを捧げる。

世界の命運が託されたのは皮肉にもネビリアンの二人。

時間がさし迫るにつれて、龍太達の口数も減り、カウントダウンから目が離せなくなっていった。





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「リョーク、どうでしょうか?」


「システム自体は25年前とそんなに変わってない。 これから世界中の宇宙船を乗っ取るが、正直なところ間に合うかどうか微妙なラインだ」


「やれるだけやってみましょう。出来うる限りの最善を尽くす。私たちはそれだけです」


「もちろんだよ」















ーーーー「残り一分ちょっとか·····」


カウントダウンの表示は既に80秒を切っていた。

これほどまで時間が過ぎていくのを恨めしく思った事はないだろう。

過ぎて欲しい時間は遅く感じるのに、この9分間は瞬くほどのスピードで過ぎていく。

俺の手にはじっとりと汗が滲み、仲間達もその行く末をただ固唾を飲んで見守る。




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イブとリョークの手つきは速く、慣れた人のパソコン操作をも凌ぐ勢いだ。

それほどまで切羽詰まっているという事が十分に窺える。





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「リョーク、もう時間が!」


「……大丈夫、止めてみせるよ」





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冷や汗が止まらない。

いつの間にか喉はカラカラに渇き、心臓の鼓動は爆発してしまいそうなほど飛び跳ねていた。

寿命が縮まってしまいそうなほど、精神が削れてしまいそうなほどとてつもない緊迫感に、体の震えを抑えきれない。



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言葉が完全に消え、二人がコンピューターを操作する音だけが小さく響く。


この船が爆発するわけではない。

俺たちの命が散るわけではないが、ここにいる誰もがまるで自分の事のように祈りを捧げた。





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「出来た!」


リョークは声を上げると同時に、ボタンを操作する。





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約一秒間、カウントダウンの数値を祈るように見つめる。

次の一秒がやってこないようにと。


「……」


静寂の中 、現実時間のやけに長い一秒が過ぎ去った。


表示されている数字は『6』。


「と……止まった……」


誰よりも先に口を開いたのはあっちん。

カウントはギリギリの6で止まっていた。

それはつまり、宇宙船の自爆が解除されたと言うことを意味する。


「やった!止まったんだね!」


「むしろ俺の心臓が止まるかと思った……」


「僕もドキドキしちゃったよ」


俺は思わず大きなため息を吐いた。

仲間達の顔にも安堵の笑みが浮かぶ。

けれどその中でもイブだけは険しい表情を崩さずモニターを睨み付けていた。


そう、喜ぶのはまだ早い。

まだ終わってないのだ。


「このままプラン3へ移行するのは間違いないでしょう。宇宙空間にはドレクの巨大母艦が待機しています。これを止めなければ勝利は有り得ません」





ピピピッ……





そしてその時は俺たちの気持ちなど関係なく、少しの猶予も待つことなく訪れた。

コンピューターを操作し、表情を強張らせたイブの額から一筋の汗が流れるのが見えた。


「イブ、どうなった?」


「たった今、宇宙で待機している母艦から大量破壊兵器が射出されました……。地球で言うミサイルと似たような物です」


「ミサイル……」


「最も早いものであと20分で地上に到達します。一つの威力は、半径5キロ圏内を破壊しつく程の威力です」


「それで数は?」


「……」


イブは口を噤み、コンピューターに指を滑らせると、そこにあった映像が正面の大きなモニターへと映し出された。


そこにはミサイルのシンボルが赤い丸で表示されていたが、たった一つだけしか映されていない。


「一つ……?」


だが、次の瞬間にはそのシンボルが二つ三つと増え、やがて爆発的に増殖していった。

やがてすべてのシンボルが表示され終わるとモニターは赤一色に埋め尽くされる。


「ミサイル総数、1725発です……」

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