最終話 八月のロークシア
八月のロークシア
歓喜に沸いていた人々は一斉に静まり返る。
すべてがうまく終息し、世界には平穏が帰ってくるはずだった。
世界の敵であるイブが生きていた事で再び混乱が起こったが、結果的にリョークがイブを倒せばすべてが終わるはずだった。
はずだったのだ。
だが龍太がリョークの頭に銃を突きつけるという暴挙に出た事により、一気に騒然となる。
龍太の母、美紗子もテレビの向こう側で起きている息子の行動に動揺を隠せない。
「龍太……一体何を……」
ネットでも世界中から龍太に対する反感の声が津波のように押し寄せた。
『何あいつ!マジウザ!』
『おいおい!何やってんだよ!世界の未来がかかってんだぞ!』
『もしかしてあいつも敵の仲間?』
『いくら前に何かあったからってこれはひどい』
『消えろ!りょうた!邪魔すんな!』
『さっさと殺せよリョーク!』
かつて仲間だった彼らも龍太のとった行動はあまりに幼稚に映る。
「もう一度言うぞリョーク、これは脅しじゃない」
「龍太、君は間違っているよ。銃を向ける相手は僕じゃなくて彼女の方だろ?」
「いや、これでいい」
貴史は龍太の行動に苛立ち声を荒げた。
「りょーちん!何やってんだよ!」
「……」
「十年前は友達だったかもしれない、りょーちんにとっちゃそれ以上だったかもしれない。けど、イブちゃんは敵なんだぞ!もうお前の気持ちなんか関係ないんだよ!」
そう叫んだ貴史の心もズキズキと激しく痛んだ。それでも間違った道を歩く仲間の為に言葉を続ける。
「これじゃありょーちんまで俺たちの敵になっちゃうじゃんか……。もう仲間が敵になるなんて、俺は絶対嫌だ」
貴史の悲痛な叫びは、確かに龍太の心にまで届いていた。
少しの沈黙の後、龍太の口からこぼれたのは思いがけない言葉だった。
「俺は、私情を挟んでなんかないさ。俺がイブをどう思ってるかなんてもちろん今は関係ない」
「だったら……」
「タカピー、俺たちは今、どこにいる?」
妙に落ち着いている龍太に妙な感覚を覚える面々。
太陽は傾き、西の彼方へと向かい始める時刻。
暖かな光が彼らに向かって注がれていた。
「どこって……宇宙船の中だろ?」
貴史の答えは間違ってはいないが、龍太は首を横に振る。
「そうじゃない。俺たちは今、『世界の中心』にいるんだ。それはリョークが自ら口にした言葉だ」
「世界の中心って、つまりこの船が司令塔だからって事だろ?」
「違うんだよタカピー。違うんだ」
世界の中心、それの本当の意味に彼らはまだ気付いていなかった。
龍太を除いて……。
「今この影像を世界中が見てる。ここで起きた事は世界中に影響を及ぼす。俺たちの行動すべてがこの星の未来に影響を与えるんだ。つまり……」
ーーーー「俺たちは世界の未来を決める立場にいる。それが世界の中心という言葉の本当の意味だ」
俺たちがいるこの場所この瞬間が、まさに世界の中心なのである。
俺たちがこの世界の未来の方向を決めるのだ。
「よく考えろ、間違いは決して許されないんだ。俺たちは本当にこれでいいのか?」
後頭部に銃を突きつけられた状態のリョークだが、それに全く怯える様子もなく、俺たちの会話の間に割り込んでくる。
「龍太、何を言ってるんだい?疑問に感じることなんてないさ。どう考えても正義は僕たちにあると思うよ」
「そうだぞりょーちん!イブちゃんは敵なんだ」
誰が見ても明らかだった。
地球を侵略しようとしたイブ、それが悪だというのは当然の事。
今さら何かを再確認する必要などない。
「本当にそうなのか?何故そう言いきれる?」
「だってイブちゃんは俺たちを裏切り、世界中で沢山の人が犠牲になったんだぞ!?イブちゃん直々に声明を出したし。俺たちが何かを間違えてるなんてあり得ないだろ」
「お前は疑問に思わなかったのか?」
「疑問……?」
「十年前に消された記憶が何故、今になって蘇ったのか。何故それをイブが知っているのか」
「そりゃ……俺の日記があったし……俺たちの記憶を消した装置の力不足……かもしれないし」
「それじゃあ何故、世界中にこれを放送するのか」
「それはリョークさんが言ってただろ。失敗した時の為だって……」
「イブにこちらの動きが筒抜けになると知った上でか?失敗の可能性を格段に上げるだけだと知った上で?」
「それは……」
「それに、かつて隕石を破壊した事のある俺たちが、またあの時と同じように宇宙船に乗って戦った。これはすべて偶然か?」
一時間前。
俺は迷いの中にいた。
自分の部屋の中、壁に寄りかかり、ただボンヤリと天井を見ていた。
脳裏に浮かぶは、俺たちを嘲笑うように去っていったイブの声。
今まで感じたどんな絶望よりも深い、どんな暗闇よりも暗い場所へと突き落とされた俺。
自分が一番愛してる人が、世界を侵略する最大の敵となる。こんなにも酷い話がかつてあっただろうか。
俺のか細い心は今にも壊れてしまいそうだった。
真夏の蒸し暑い自分の部屋の中、いつもは騒がしいくらいに響く蝉の鳴き声は、今は全く聞こえなくなっていた。
【さようなら皆さん。友達ごっこはお終いです。そしてもう、二度と会う事は無いでしょう】
「何がさようならだ……。仲間だと……信じてたのに……」
頭の中を反響していたイブの言葉。
「あ……れ……?」
俺はその言葉に妙な感覚を覚えた。
なんだろうこの感覚、別になんて事ない言葉なのに、どうしてだろうか、思考の片隅で何かが引っ掛かっていた。
なんだ……?
一体何が……?
「そうだ……」
あの時、十年前の最後の日、イブが残した最後の言葉。
【バイバイ】
あの時、イブは確かにバイバイという言葉を残した。
だけど十年後の今日、イブにとっては一眠りした後、あいつは俺に『さようなら』と言った。
本当に些細な言葉の違い。
言い方は違うが意味は同じ。
あいつの言葉遣いからすれば、『さようなら』という言葉の方がしっくりくるだろう。
どうして十年前の別れ際に敢えて『バイバイ』という言葉を選んだのだろうか。
特に深い意味は無かったのかもしれない。あいつの気まぐれだったのかもしれない。
だけどもし、そうじゃなかったら……。
あの時、バイバイと言う寸前、あいつはもう一つ言葉を口にしていた。
【B……B……】
その直後に聞いた『バイバイ』という言葉により、それは『Bye-Bye』の頭文字だと思い込んでいた。
例えばもし、あいつが言った『BB』という言葉が、俺に向けられた何かしらのメッセージだったとしたら。
カムフラージュの為に敢えて『バイバイ』という言葉を使った可能性も出てくる。
そうなれば必然的にイブは、『自分の口から直接言う事が出来ない状態にいた』という事になるはずだ。
それはつまり何かしらの圧力、あるいは監視があったのかもしれないという事を意味する。
「BB……か……」
そして十年前の記憶が、更なる進展を見せ始めた。
かつてイブに英語の問題を出した事があった。
【黒!】
【Black】
【箱!】
【Box】
「BB……ブラックボックス……まさか!」
その答えまでたどり着くと俺の背筋が大きく震えた。
ブラックボックス、その存在を俺は既に知っていたからだ。
俺の部屋の片隅、もう全く使わなくなった勉強机の上、そこには確かにそれが置かれている。
天井裏から見つけた黒い箱。正確に言うなら、十年前に俺が自ら隠したモノである。
それを隠してと言ったのもイブ自身。
てっきり忘れていったと思っていたが、そうではなかった。
あいつはわざとこれをここに置いていったのだ。
俺が再びこの箱を見つける事を知っていたから。
俺たちはこの数日で十年前の記憶を呼び起こしていった。
それはまるで昨日の事のようにとても鮮明に頭の中に存在している。
そしてその記憶は確実に、あの箱を隠した時の事までも鮮明に思い出させるのだ。
そう、俺が天井裏からあの黒い箱を見つけるのは『必然』だったのである。
「すべて必然……」
イブが目覚めた時に言ったあの『まだ思い出していないのですね』という言葉、『まだ』という事は俺たちが記憶を思い出す事をイブは知っていた。
つまりタカピーの日記帳を見た事で記憶が蘇っていった訳ではなく、予めすべてが決まっていた事。
しかもそれは鮮明に思い出す事の出来る新鮮な記憶、十年前に発せられたメッセージでも、今の俺には確実についさっき起きた事のように届ける事が可能。
記憶を消したあの装置の力不足という可能性も消えた訳じゃないが、イブの口ぶりから考えてもそうだとは思えない。
単にもう隠しておく必要がなくなったという線も捨てきれないけれど、普通に考えてみたらある一つの結論へたどり着く。
「俺たちの記憶を蘇らせる理由があった……」
俺は立ち上がり、机の上に置かれているそれの元へと導かれるように近付いた。
つい先日、この箱を開けようと試みたが、結局開ける事は叶わなかった。
だが、もしイブのメッセージが本当にこの事を指しているのであれば、きっと開けることが出来るはず。
今ならば、きっと。
俺はそれに手を触れ、軽くその上部を引っ張ってみる。
すると、あれほど頑なに閉じられていた箱の蓋がなんの抵抗もなく開いた。
「これは……」
ーーーー「もしも、俺たちの行動が予め仕組まれていたものだとしたら……?」
龍太の発言は仲間達の思考に絡み付く。
本来ならば考えられない可能性であった。
だが、先程の龍太の言葉で、一同は僅かに疑念を感じ始める。
「言われてみれば……なんだか、思ってたよりも簡単にここまで来れちゃったよね……」
「それに舞台が北嵩部で、俺たちがここにいて、リョークさんと一緒に世界のために戦いに行くってのも……出来すぎている気もするな」
先程まではただがむしゃらに駆け抜けてきた仲間達。
大きな絶望の中に存在する最後の希望として、守るべきものの為に戦った。
疑念を持つ余裕すらもなかった。
それは彼らだけでなく、世界中の人々が同じ心境にいたのだ。
『誰でもいいから世界を救ってくれ』と、どん底に落とされた人類のほとんどはそう願ったはずだ。
そして現れた救世主達。
世界は彼らに疑念など感じようとも思わなかった。
いや、疑念など抱きたくないと願ったのである。
「そんなバカな!ノブちゃんもしーちゃんもりょーちんも考えすぎだぞ!それじゃあ、リョークさんが嘘ついてるって事になる!そんな訳ないだろ!」
「そうだよみんな。僕は本気でこの星を守りたいと願ってここにいるんだ。じゃなかったらとっくに自分の星に帰ってるよ」
さらに揺らめく人々の心。
何が真実で何が嘘なのか、段々とわからなくなり始めていた。
そんな中でも龍太は少しも動揺しなかった。
もう彼の中では決まっていたからだ。
信じるべき真実が何なのか。
ーーーー箱を開ければ中には妙な物が入っていた。
オモチャのレーザーガンのような形の銃と、眼鏡のようなもの。
「この銃って確か……」
その銃には見覚えがあった。
ほんの三時間ほど前、イブが俺に向けて撃ったあの銃とよく似ている。
もう一つの眼鏡には特に見覚えはない。
とりあえずその眼鏡をかけてみる。
するとその透き通ったレンズに見知らぬ文字の羅列が流れ始めた。
「な……なんだ……?」
しばらく文字の羅列が流れ続け、やがて唐突に映像が映し出される。
そこに映っていたのは見た事のない荒廃した景色。
茶色い土の上に、建物が崩れて潰れてしまったような瓦礫が積み重なっている。
空は雲に覆われて薄暗く、荒廃した景色を一層際立たせていた。
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