青空の涙2
「今だ!」
彼らが一斉に隠れていた柱から飛び出す、同時に銃を前方へと構えた。
それとほぼ同時に、イブは隠れていた柱から飛び出していた。
無防備な状態に鉢合わせたイブ。
予想外の行動に、彼らよりも僅かに銃を向ける反応が遅れた。
それが彼女の命取りとなった。
一斉に放たれる攻撃、イブには隠れる暇も反撃する時間も、回避行動をとる猶予すらもなかった。
放たれた光の光線の内二つが、イブの右肩と腹部に直撃する。
その体は弾き飛ばされ軽々と宙を舞う。
仲間達は瞬きする事もなく、スローモーションのようにゆっくりと流れていく一部始終を、ただ呆然と立ち尽くして見ていた。
やがてその体は手すりを越え、声を上げることもなく落下していく。
ゆっくり、ゆっくりと……。
水色の長い髪をゆらゆらと揺らしながら。
やがてイブの体は緑の波紋の中へと到達し、分解され消えていく。
彼女の事を一番想っていた龍太も、その場から動けずにいた。
「勝った……のか……俺たち……」
あまりに呆気なく、あまりに一瞬ですべてが終わってしまったことに、仲間達は確認せずにはいられなかった。
そしてリョークは大きなため息を吐いた後に、肩の力を抜いて笑みをこぼした。
「終わったよ……。僕たちの勝ちだ!」
彼の勝利宣言がテレビを通して世界中に発信されると、世界のいたる場所で大きな歓声が上がる。
街頭の巨大モニターを見上げた親子も、変わらず畑を耕していた農夫も、仲の悪かった兄弟も、その時は何も関係なく共に喜びを分かち合った。
世界を救った六人の地球人達の家族も、その喜びに大きな歓声を上げる。
「悠!すごい!よくやった!お前は父さん達の誇りだ!」
「あの子の大好物、用意してあげなくちゃねぇ」
何も考えないで毎日を過ごしている息子、悠の事を心配していた両親。
そんな一人息子が今、世界を救った事に胸が熱くなっていた。
悠の知らないところで、彼は最高の親孝行をしてしまったのだ。
そしてもちろんそれは彼だけに言える事ではなく、その場にいた全員の家族に笑顔が戻っていた。
「伸明、まったく、ちょっと見直しちゃったじゃないの」
伸明の姉、珠美佳は必勝と書かれた鉢巻きを見ながら笑顔をこぼす。
「あなた……あの子……本当に……世界を救っちゃったの……?あの子が……亜莉沙が……」
「あぁそうだよ。亜莉沙が、世界を救ったんだ」
避難所にいた他の人達から亜莉沙の両親へ大きな拍手が巻き起こった。
「やったねお兄ちゃん。これで本物のヒーローだね……」
世界の終わりが遠ざかっていく。
「すごいね!ママがみんなを助けたんだよ!」
「ママ!すごい!」
「雫……よく……頑張ったわね……」
人々に笑顔が戻っていく。
どん底にまで突き落とされた最悪の絶望が今、ようやく光を帯びて希望へと変わっていった。
「後はすべての武装を解除すれば終わりだ。エレベーターでブリッジまで上がるよ」
その場所にあるブリッジまで直通のエレベーター。
最後の仕上げに向かう仲間達の中、龍太だけは足下で揺れるエネルギーの波を見ていた。
それに気付いた亜莉沙が声をかける。
「りょーちん……」
亜莉沙に顔も向けずに、完全に分解されてしまったイブがまだそこにいるんじゃないかと、彼はまだ彼女を探しているように見えた。
「なぁあっちん。俺はまたイブに会えるような、そんな気がするんだよ。あっちんもそう感じないか?」
「……」
「ほら、次に会った時は全部が変わっててさ。俺たちと仲間になったあの時のままのイブがいて、それでまた同じように沢山の思い出をつくって……それで……」
亜莉沙は眉をひそめて首を左右に振った。
「りょーちん……残念だけど、もう……イブちゃんは……」
「……」
「アタシだって出来ればイブちゃんを救いたかった。説得出来るって信じてた。だけど無理だった。イブちゃんにとってアタシ達は、友達じゃなかったんだよ」
それを言われても龍太の目には涙は光らなかった。
ただ無言で緑色のエネルギーの波を見続けるだけ。
「りょーちん!」
そんな悲壮な空気の中で、伸明の声が響き渡る。
ようやく振り返った龍太の前に差し出される手。
一緒に戦った仲間の手。
伸明は何も言わず、ただ一度だけ頷いた。
そこに言葉はもう必要なかった。
龍太も無言でその手を掴む。
しっかりと力強く握られた手には、いつかと同じような絆がはっきりと存在していた。
「さぁこっちへ!ブリッジに向かうよ!」
中央動力室から伸びる巨大な柱の一つには、地球で見るものとさほど変わらないエレベーターが存在していた。
誰一人として欠ける事なく、彼ら七人はそこに乗り込んでブリッジを目指す。
そこからブリッジまで向かうのは早かった。
エレベーターは無音で、なおかつ数秒で最上階ブリッジへと到達する。
「これがこの宇宙船のブリッジか……」
操縦席のような椅子がいくつか並び、その前には見たこともないコンピューターがいくつも並んでいた。
天井と壁はすべてガラスのような透明な物で出来ているため、そこからは外を覗き見ることが出来る。
リョークはそこにある椅子の一つに座り、コンピューターを起動させた。
他のメンバーは窓から見える眺めのいい景色に胸を弾ませる。
「見て!北嵩部だよぉ!すんごい小さいね!」
「これ高さどんくらいなんだろ?スカイツリーくらいあんのかな?」
「さぁな。けど全部終わったら、いつかここが観光スポットにでもなる日が来るかもしれんな」
龍太はどこか遠くを見ながらそんな言葉を呟いた。
「ようやく終わるんだね、十年前……ううん、私たちが生まれる前から始まってたこの戦いが……」
「……」
「はっはー!その通りだしーちゃん!俺たちが力を合わせれば不可能はない!」
「そうだ、今度みんなで旅行行こうよ。温泉旅行」
「あ、それ賛成!行こう行こう!」
すっかり緊張感の解れた彼ら、そこにはいつもと同じ変わらない空気、変わらないノリがあった。
全世界に放送されてるなんてことを忘れて、素の彼らの姿が世界中に流れる。
彼らの姿に世界中の空気までもが和んでいく。
それは、彼らが今『世界の中心』にいることを物語っていた。
「よし、これで仕上げも終了だ。今世界中の宇宙船の武装を解除した。これで地球が攻撃されることはないだろう」
「やったぁ!」
「これで本当に全部終わりか。ふぅ、今日はよく眠れそうだな」
地球の未来を背負った戦いが幕を下ろそうとしていた。
彼らの肩に乗せられた重荷が降ろされて、今未来は輝かしい未来へと動き出す。
誰しもがそう信じて疑わなかった。
ピピピッ……
リョークの腕に付けられた腕時計のような形の装置が小さな機械音を立てた事に気付いたのは、龍太とリョーク本人だけだった。
そして僅かに遅れてもう一度同じ音が、本当に小さくだが微かに響いた。
音に反応する龍太とリョーク。
振り返るその瞬間、龍太のすぐ脇を何かが走り抜けていく。
目にも止まらぬ速さで影は一直線にリョークの元へと到達すると、その影は手に持っていたナイフでリョークに襲いかかった。
「くぅっ……!」
彼の腹部へと突き出されたナイフ、寸前の所で身体をひねりそれを回避するリョーク。
二人の動きが一瞬硬直したその時、一気に騒然としたその場所で、影の正体がそこにいた全員の目に映る。
「な……!」
「そんな……!」
「ウソ……」
彼らは自分の目を疑った。
何が起きているのかまったくわからず、頭の中は一気に混乱する。
何故なら彼らの目の前に現れたのは、長く水色のサラサラの髪を揺らし、整いすぎた美しい顔立ち、その身体、非の打ち所のない完璧な美少女。
ついさっき自分達の手で命を奪ったはずの宇宙人。
「イブ……ちゃん……」
死んだはずの彼女が、今確かに彼らの目の前に存在していたのである。
「……」
彼女は龍太達に目もくれず、再びリョークに襲いかかった。
だが一度目の奇襲とは違い、リョークは反撃の体勢をとっていた。
イブのナイフをはたき落とし、その腹部に強烈な蹴りを食らわせると、ついにイブは堪えきれずに声を漏らす。
「うっ……!」
イブの軽い身体は、その一撃だけで軽々と宙を舞い床に叩きつけられた。
かなり激しく叩きつけられた事でイブは痛みに顔を歪めたが、それでもすぐに立ち上がろうと体を起き上がらせた。
リョークはイブの手放したナイフを手に取ると起き上がろうとするイブの肩を踏みつけて、再び床に押し倒す。
「く……」
「まだ、生きてたのか……」
リョークの片手に握られたナイフが光に当てられギラリと光る。
仲間達の脳裏に浮かぶのは、イブが刺されて今度こそ絶命する映像。
「死んでもらうぞ」
「やめろ」
その時、龍太はそこにいた誰もが予想しなかった行動に出る。
リョークの頭に、持っていた銃を突き付けたのだ。
「これは脅しじゃない、場合によってはあんたを殺す。イブから離れろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます