未来の戦い2

そしてその左翼には娘が乗っているという事も、もちろん彼らは知っていたのだ。


「亜莉沙が……亜莉沙が……」


「まだわからない。諦めるのはまだ……早いよ母さん」


そして自宅にて息子の戦いを見ていた伸明の家族も思わず絶句していた。


「そ、そんな……」


珠美佳は見ていられずに目を瞑って祈った。


「神様……どうかあのバカを助けて下さい……」


その目には涙が浮かぶ。

テレビから聞こえてくるのは、伸明と亜莉沙を呼ぶ声と、警告音のような音。














――――警報が鳴り響くコックピット。

左翼からは煙が上がっているのが目視で確認出来る。

敵機を何とか回避し、再び上昇を開始した船の中で俺は叫んだ。


「ノブちゃん!あっちん!聞こえないのか!」


「伸明君!亜莉沙!お願い!返事を、返事をして!」


「こ、こんなのって……嘘だよな……」


「ノブちゃん……あっちん……」


まさかこんな事が起きるなんて。


こんな……事が……。





ザザッ……





俺たちの耳に入り込んでくる音、それはノイズ。

だがただのノイズではない。ノイズの中に、僅かにだが音の輪郭が確認出来る。

やがてそれは徐々に鮮明になっていく。


「あ、あー、あ、もしもーし、聞こえてない?壊れちまったかな……」


「この声は……」


「ノブちゃん!」


「お、やっと聞こえたぜ。いやぁ、死ぬかと思った」


「こっちも平気だよぉ!」


「亜莉沙!」











――――その瞬間、亜莉沙の母は安堵のあまり腰を抜かす。

伸明の姉、珠美佳も思わず大きなため息を漏らした。


「ったく、本当に心臓に悪い奴ね……」


彼らの事を知らない人たちも、彼らの無事に思わず歓声を上げた。

コックピット内の彼らも、二人の無事に笑みをこぼす。

そんな中、リョークは龍太達に冷酷に告げる。


「まだ戦いは終わってない。気を抜いてはダメだ」


そう、彼らは今、戦場の真っ只中にいるのだ。

安心するのはまだあまりにも早すぎる。


「わかってるさ!ノブちゃん、そっちはまだ撃てるか!?」


伸明の座席、先ほどの攻撃で亀裂が入り、中には風が入り込んでくる。

そして彼自身も額を切り血を流していた。

モニターには度々ノイズが走り、警告音は鳴り響いたまま。


「やってみる」


その背後、亜莉沙の座席のモニターもノイズが混ざり、視界は悪くなっていたが、コントロールが効かない訳でもない。


「こっちはいけそうだよ!ノブちゃん、撃ってみて!」


「任せなさい」


伸明がトリガーを引けば、機体からレーザーが発射される。

それは敵機を捉える事は出来なかったが攻撃は可能だという事が証明された。


「バッチリだぜ!」


彼は痛みに顔を歪ませるが、それは決して口には出さない。

彼の左肩の服は焼けて、皮膚も火傷を負っていたのだ。

レーザーが僅かに逸れた事で、それは彼の肩を掠めたのである。


「……本当に……死ぬかと思ったぜ」


そんな彼らを乗せた船が、敵船との一定距離内へと差し掛かる。

その瞬間にリョークはジャミングを開始した。

敵エネルギーフィールド前で停止する彼らの宇宙船。


「今からジャミングをかける。その間20秒、君たちに背後を任せる」


下から上ってくる小型戦闘兵器ルーン。

その下には明焦山。そしてそれに寄り添う形で北嵩部村が見えた。


「いいかみんな!村の方向へは絶対に撃つなよ!」


「もちろん。わかってるよ」


「ここを守り抜けばあと少しだ!絶対に守るぞ!」


停止した彼らの船は相手にとって格好の標的。

ルーンの持つ銃口が彼らの船へと向けられる。

悠、龍太、伸明は一斉にそのトリガーを引いた。

同時に、敵からも雨のようなレーザーが発射される。

二つのレーザーはやがてお互いの中心ですれ違い、それぞれの場所へ着弾した。

攻撃を受けて爆発する数機のルーン、そしてエネルギーフィールドに大きなダメージを被る龍太達の船。


「う、受けきった……」


だがその攻撃により機体のフィールド出力はほとんど使い切ってしまった。

それぞれのモニターに表示されているフィールドのエネルギー数値が10を下回った。


「ヤバい!もう保たない!」


「リョークさん!このままじゃやられます!」


「エネルギーを底部、後部に集中して展開した。もう少し頑張ってくれ!」


しかしそれでも相手の数が多すぎて、フィールド数値の下降は止まらない。

それが0を指し示した時、即ちそれは彼らの死を意味する。


「リョーク!早く!」


滑るような手つきでキーボードのようなものを操るリョーク。


「ダメだ!もう保たない!」


「リョークさん!」


数値が減少し、間もなく0を指し示すかの瀬戸際、リョークが声を上げる。


「完了!」


その瞬間、彼らの乗る船を包み込むように青白い電気が走った。

それとほぼ同時に、フィールドのエネルギーが0を表示する。


「早く行ってくれ!」


敵の強力なエネルギーフィールドの一部が解放され、彼らを乗せた機体がついにその境界線を越える。

だがその瞬間、敵の攻撃の一つが船の後尾に直撃した。


「うわぁっ!」


「っ!撃たれた!?」


大きく揺れた船内、再び鳴り響く警告音。

何かしらの異常がモニターに複数表示されているのは龍太達にもわかったが、そこに書かれた言葉を理解出来ない。


「リョークさん!何が起きたんですか!?」


「被弾したようだ。出力が低下している」


その言葉を聞いて青ざめる一同。

不安に駆られた貴史は恐る恐るリョークに聞き返した。


「だ、大丈夫……ですよね……」


船は煙を上げ、まるで千鳥足の酔っぱらいのようにフラフラと安定しない。


「このまま浮遊し続けるのは不可能、エンジンが止まれば墜落する」


「な!」


「こんな高さから落ちたら……」


人によっては気を失ってしまいそうな上空。


「地面にぶつかってペチャンコになっちゃう……」


誰しもがそう感じたが、リョークがそれを否定した。


「いや、その前に……エネルギーフィールドの内壁にぶつかって、体がバラバラに引き裂かれる」


全員の背筋を寒気が突き抜けていった。


「ま、マジかよ……」


船のエンジン出力は見る見るうちに低下していく。

そのままでは墜落する事は目に見えていた。

エネルギーフィールド内に入ってしまった上、そこは目眩がする程の高さ。

戻ってしまえば敵のルーンに撃墜されてしまうのは目に見えている。

ならばもう彼らに、進む以外の選択肢はなかった。


「このまま敵船に突っ込むしかない」


彼らの正面にそびえ立つ、圧倒的大きさの敵宇宙船。

そこに乗り込む事さえ出来れば、この現状の打破へ繋がる。


「突っ込むって……正気かよ……」


「タカピー、もう覚悟を決めるしかないよ。僕はもうとっくに出来てる」


悠の珍しい発言に貴史は思わず苦笑する。


「……そうだったな」


そこにいるメンバー全員が、それぞれの想い、そして強い覚悟を決めてここにいるのだ。

彼らの意志は過去にはあるわけではない。


今でも未来へと向かい続けているのだ。


「もうあまり保たない。衝撃に備えてくれ」


船はユラユラと揺れながらも、巨大な宇宙船へと直進する。

世界中の人々が、画面の向こう側の戦いを固唾を飲んで見守る。

船の全出力を上げて巨大な宇宙船へと挑む彼ら。

乗っていた彼らの手にもじっとりと汗が滲んでいた。

それでも彼らの中には狼狽える者は誰一人としていなかった。

それぞれの頭の中にはかけがえのない存在が、いつだっていてくれてるのだ。


それは今、この瞬間も。

やがて船は、敵宇宙船の外壁へと到達する。














――――「うっ……!」


衝突の瞬間、激しい衝撃が俺たちに襲いかかる。


「うわっ!」


「んんっ!!」


激しい揺れと共に、船が軋んで音を立てた。

まるで永遠のような長い時間その揺れが続いたようにも感じたが、恐らくは数秒程度の事だっただろう。

この小さな船は敵船の外装を突き破り、そのままいくつかの壁を突き抜けてようやく停止した。

暴れ出す心臓を押さえながら、俺は深呼吸をしてゆっくりと顔を上げる。

死とはかけ離れた平和な国で育った俺にとって、本当に命を懸けた今の瞬間はあまりに過激な初体験。

本当に今自分が生きているのかという実感すらあやふやに感じてしまう程に。


だがこの心音、感じる空気は間違いなく、俺が生存している事を示していた。


「い、生きてる……よな……」


そしてそう感じてるのは俺だけではないようだ。

警察官という職業柄、俺よりも危険な位置に立つ事の多いタカピーも、さすがに今回ばかりは確認をとりたくもなる。


「も、もうダメかと思った……」


「亜莉沙、無事みたいだね」


「その声はシズ!怪我はない?」


「うん平気。前の三人は大丈夫?」


「僕は無傷だよ」


「お~、もっちろん!無事だぜみんな!」


「あぁ……俺もバッチリだ」


みんなの声を聞いたことで俺は思わずため息を漏らす。

だが安心している暇なんか俺たちには無いのだ。


「みんな無事のようだね。ここまで来られるなんて、どうやら僕たちは相当な幸運のようだね。けど、中に入れたからといってもまだ終わった訳じゃない」


リョークの言葉に緩んだ頬を引き締めるみんな。

俺たちの最終目的はこの宇宙船の制圧にあるのだ。


「こ、ここからどうするんですかりょーちんパパ?」


「この船はもう使い物にならない。後は自分達の足が頼り。ブリッジまで行ってコントロールを掌握出来れば僕らの勝ち。けど、向こうも僕らの進行をただ見てるってこともあり得ないだろうね」


「それって妨害してくるって事だよね。イブちゃんがアタシ達を」


「それだけじゃないさ。中にはもちろん敵がいる。黒幕である彼女、イブ以外にも」


「え!?でもさっき敵はイブちゃんひとりだけって……」


「生身の相手はという意味だよ。ここは巨大な宇宙船の、さらに司令塔。中には相応のセキュリティがある」


そう、これだけの物を作っているアークネビルが、中の設備を疎かにするとは考えにくい。

もしも万が一、地球人が中に進入してきた場合の事くらい考えられていると見るのが妥当な考えだろう。


「あまり説明している時間はない。君たちの座席の裏に武器が置かれているはず。それを持って戦ってほしい」


俺は座っている座席の裏に手を忍ばせる。

そこには膝に乗るほどの小さなケースが置かれ

ていた。

中を開けてみると、玩具屋で売られているようなチープな見た目の銃が入っていた。

昔のアニメや特撮なんかで使われているレーザー銃にそっくりである。


「これ……もしかしてレーザーガン!?ヤバー!!カッコヨス!!イカしてる!」


ノブちゃんは一目で気に入ったようだが、他のメンバーはさすがにちょっと苦笑いしている様が浮かぶ。


「敵と遭遇したら躊躇わずに撃つんだ。攻撃を受ける前に」


リョークがそれを言い終わるのと同時に閉まっていたハッチが勢いよく開け放たれる。

ボロボロになった船、俺たちはその銃を構えつつゆっくりと顔を出し、周囲の状況を確認する。

もちろん俺たちはその場所を見たことがない。この船に乗ったのは人類史上初なので当たり前だが。

リョークの言う『敵』の姿も俺たちの視界には入らなかった。


「ここは……」


突入した場所はこの巨大な円錐宇宙船のちょうど真ん中あたりだったはずだ。

その部屋は大きなパイプが幾重にも連なり、大きな風車のような物体が風を巻き起こしていた。


「どうやらここは空気循環装置の中のようだ」


「空気循環装置……」


「りょーちん、どうかしたのか?」


「いや、なんでもない」


全員が船を降り地面に足をつけるその背後に、例の中継カメラも後をつけるように自動で降りてくる。


「このカメラ勝手についてくるんだね、ハイテク~!」


「ちょっと亜莉沙、それ世界中に流れてるんだよ?」


「あ、そうだった!」


「う……」


俺の前に立っていたノブちゃんが痛みに顔を歪める。

その左肩にはさっきの攻撃を受けた時に負ったであろう傷跡が刻まれ、そこからは痛々しく血が滲み出していた。


「ノブちゃん!大丈夫か!?」


肩口の服は焼けて、皮膚も火傷で黒く変色している。それはあまりに痛々しい光景だった。

相当な痛みを伴っているはずたと言うのに、それでもノブちゃんは決して弱音など吐かなかった。


「余裕だぜこんな傷。なんたってクラス委員長だからなぁ!はっはっは!」


「ノブちゃん、委員長の鏡だね!」


額に脂汗を滲ませながらおどけて見せる今のノブちゃんからは、いつもの説得力は感じられなかった。

俺だけではなく、仲間たち全員がノブちゃんの辛そうな姿に眉をひそめる。


「ノブちゃん、やっぱ大丈夫じゃないよ!すぐに治療しなくちゃ!」


「うん、私もそうするべきだと思う。伸明君、すごく辛そう」


仲間たちの心配する声に、おどけていたノブちゃんの顔もすぐに引きしまった。


「まだ立ち止まっちゃダメなんだよ。俺たちは世界の希望、最後の希望なんだから。何があったとしても立ち止まる訳にはいかない。それをすべて覚悟の上で今、俺たちはここにいるんだ」


「ノブちゃん……」


「これくらいの傷で足踏みなんてしている暇はない。世界の未来が懸かってるんだ。今はそれだけを考えればいい」


今、俺たちが立っているこの状況を一番理解しているのはノブちゃんなのかもしれない。

普段は明るく、不安なんて微塵も見せなくて、強いリーダーシップを持つ彼が言った言葉。


それは俺の胸に深く突き刺さる。


「……そうだ。その通りだよ」


俺はしゃがみこんでいたノブちゃんに手を差し伸べる。

ノブちゃんは少しだけ笑みを見せ、俺の手を強く、しっかりと握り返した。

ただ手を掴んだだけだったが、そこには想いと願い、そして意志と絆が確かに息づいていた。


「あまり時間がない。やつらが来る前に早く」


「行こう……イブのところへ…… 」

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