第二十二話 未来の戦い

未来の戦い

リョークが手首に付けた腕時計のような装置を操作すると、リョークの宇宙船が起動する。

いつかと同じように球体から翼のようなものが展開される。


「おぉ!なんかどっかで見たような光景だな!」


「君達が以前乗った機体がどういうものかはわからないが、恐らくほとんど同じもののはず。操作性も変わらないと思う」


見た目は多少違うものの、両翼と本体という形式は以前と変わらない。

そして身体に感じる重力変換、最初はこれではしゃいでたっけな。


「うわ……なんだか久しぶりだねぇこの感覚!」


「そうだね亜莉沙。実際十年ぶりだもん」


軽くジャンプしてみれば、俺の身体はフワリと宙を舞う。

宇宙船のボディの上に着地してその形状を改めて確認してみるが、どうやらイブの宇宙船とそう違いはないようだ。

両翼に二座席ずつ。センターには全部で三つ。


「よし、みんな。いつものフォーメーションで行くぞ」


「了解!」


もはや慣れたもの。

左翼にはノブちゃんとあっちん、右翼にはゆっちとしーちゃん、そしてセンターは前から俺、タカピー、かつてイブがいた最後尾にリョークが乗る。

コックピットに入り座席に座ると、十年前の感覚が蘇ってきた。

目の前に突き出た二本のレバー、機械の映し出す映像、ほとんど違いはない。


「君達が来るまでに調整しておいたよ。あまり時間がなかったから、至らない部分も多いかもしれないけど我慢してくれ」


どこからともなく聞こえてくるリョークの声。その感覚も前と同じ。


「オッケーボス!無問題だぜ!」


「カメラもちゃんと乗せてあるからね。僕たちの戦いを今世界中が見てる。失敗は許されない」


まさか俺たち一般人が、世界の命運を背負った戦いに挑む事になるなんて誰が想像しただろうか。


「リョーク、聞きたい事がある」


「どうかしたのかい?」


そしてもちろん想像もしてなかったが、今俺は自分の父親と一緒にこの戦いへ臨もうとしている。


本当に妙な因果だ。


「この船には今、リーアが積まれているんだろ?」


「その通り。現在この船のエネルギーは100%リーアで賄ってる」


「ならチャージ時間が何秒かかるか教えてくれ」


「チャージ時間は約0.5秒かな」


「0.5秒!?」


「撃ち放題キターー!」


十年前は一発撃つのに13.5秒の充填が必要だった。

リーアの塊を所有しているというだけでここまで違うとは。


「とりあえず君達に注意事項を言っておこう」


俺たちは気持ちを落ち着かせながらも、リョークの言葉に耳を傾ける。


「相手には強力なエネルギーフィールドが展開されている。こちらの攻撃でそれを打ち破る事はまず不可能」


「不可能……」


「君達の役割はあくまで、周りの戦闘兵器の攻撃からこの船を守る事。簡単に言えば、攻撃して撃ち落とせばいいという事になるね」


つまり相手が隕石から敵の人型兵器へと変わっただけだ。


「こっちもエネルギーフィールドを展開するけど、向こうから比べたら大分弱い。集中砲火を浴びたらあまり保たないと思う。だから出来るだけ攻撃を受ける前に撃ち落としてくれ」


「了解!」


「その間に僕が敵のエネルギーフィールドの一部にジャミングをかけて突破する」


「うっしゃー気合い入ってきたぞ!」


「ただし、エネルギーフィールドを突破したからと言っても、あの敵船に直接攻撃をしちゃダメだ」


天井が自動で閉まり、宇宙船自体が透けて外が見えるようになった。

エンジンが起動し、全体に僅かな振動が感じられる。


「どうしてですか?」


「落ちてきたら君達の村が潰れちゃうからね」


しーちゃんの顔が青ざめたのが手に取るようにわかった。


そしてそこまで言われればさらに色々と予測出来る。

撃墜した機体も下へ落下する、例えば自分たちより下の方向へレーザーを発射した場合も、それが被害の拡大へ繋がる可能性もあるわけだ。

その点に関しては最大限の注意が必要となる。


「この船の操作は僕が担当する。君達はその援護を……」


リョークがそこまで言葉を続けた時、俺たちのモニターに新たな情報が飛び込んできた。


「これは……」


「わ、わわ、なんか動き出したよ!」


映ったのは上空の巨大宇宙船の拡大映像。

その側面から例のガンダムのような小型兵器ルーンが射出されるのが見えた。


「来る!」


俺たちの間に緊張が走る。

以前と大きく違うところと言えば、ぶっつけ本番という事だ。

体が覚えているとは言え、本当にうまくやれる保証はない。

相手にはどうやら人は乗っていないようだが、隕石のような直線的で単純な動きではないはず。


しかも反撃もあるときた。

これを本当にたった一機で捌ききる事など出来るのだろうか。

本来ならばそれは無謀以外の何物でもない。


だが、今回だけはきっとうまくいく。

俺は心の中でそう確信していた。


「行くぞ!」


「北嵩部のみんなを!」


「世界の人々を!」


「人類の未来を!」


「奪い返すんだ!」














――――世界中の人々が見守る中、始まった世紀の戦い。

被害を受けた人も受けなかった人も、悲しみに暮れた人も、安堵の涙を流した人も、首相も大統領も、黒人も白人も、世界中が彼らの背中に未来を託す。


世界を救ってくれと、果てしない祈りを託したのだ。

ネットでも、例を見ない程のスピードで彼らに祈りを届けるメッセージが殺到した。



『カッコ良すぎ!』


『マジ頼む!世界を救って!』


『ヒーローさん達!頑張れ!』


『てか、亜莉沙ちゃんカワユス』


『ファイト!負けるな!』


『マジ神!お前らマジ神!』


『悠君イケメン!』


『頑張れー!応援してます!世界中があなた達の味方です!』


『たとえ失敗しても、俺は絶対に忘れない』


『ヤバイ…涙が止まらない…』



親は子を抱きしめ、恋人は寄り添う。


コンビニ店員のフリーター。

ナンバーワンキャバ嬢。

100均店の副支店長。

一児を持つ主婦。

ビジュアル系バンドのボーカル。

日本の警察官。

宇宙人。


あまりに異色なメンツが集合し化学反応が起きる。

そうして生まれるパワーは常識を越え、世界をも動かした。

その力は不可能すらも可能にする。


奇跡すらも自らの手で掴み取る。


0も100になる。


彼らにはもう勝利の二文字だけが見えていた。













――――「りょーちん!撃ちまくれ!」


「言われなくても!」


空を滑走する俺たちの乗った宇宙船。

出来るだけ相手の攻撃をくらわない為に、旋回や反転を繰り返す。

そんな状態の中でも俺たちは反撃を繰り返した。

命中精度はやはりあまり高いとは言えないが、回数を撃つ事が可能なので息切れを起こす事はない。


「よし命中!また一機落としたぞ!」


ノブちゃんの一発が空中の敵の胸部を貫き、爆発を引き起こした。

俺は右側のモニターに表示された相手の数を確認する。

そのモニターには敵の位置が立体のカーソルとなって表示される仕組みだ。

しかし未だ敵位置のカーソルは膨大な量。


「あと……108機……」


こちらはたった一機だというのに、相手の数はあまりに多い。

相手から浴びせられる攻撃の数も、まるで降りしきる雨。

いくら動いたところでそんな数の攻撃をすべて回避する事は不可能。

既に何発もの直撃を受けたが、周りに展開したエネルギーフィールドが辛うじて防いでくれる。


「うわっ!」


「きゃあっ!」


そして再びの直撃により、船が大きく揺れる。

このまま逃げ回るだけでは、いずれ撃ち落とされてしまうだろう。


「リョーク!」


「わかってる龍太。このままじゃ埒があかない事くらい」


相手のエネルギーフィールドの一部を無効化するには、一定距離まで近付く必要があった。

だが今のままではそこへ近付くことさえも出来ない。

となれば、一か八かの行動に出る事こそが起死回生に繋がる。


「今から敵の群の中を突っ切る。エネルギーフィールドが撃ち破られるのが先か、相手のフィールドを破るのが先かはわからない。だけどもうそれしか方法はない」


「……」


選択肢はない。


後退はあり得ないのだ。


あの宇宙船に到達出来なければ、ここでジワジワと撃ち落とされるだけだ。

相手の数とこちらではあまりに釣り合わなすぎる。

この一機で相手のルーンをすべて撃ち落とす事はまず不可能と考えると、大量の敵の中を突っ切っていくしかない。


「行きましょう!ここまで来たらとことんやるだけ!」


あっちんの言った言葉が、まさに俺たちの意志そのまま。


「じゃあ行ってみよっか」


その言葉を待っていたように、リョークはハンドルを握り直す。

船体が大きな一回転を見せ、その先端が空に向けられた。

滲み出す脂汗、握ったレバーも手汗で湿る。

正面に展開する圧倒的な数のルーン。


「飛ばすよ」


強力な噴射と共に空へと舞い上がる俺たちの船。

リョークの巧みなコントロールでルーンを避けながら空を目指す。

同時に相手からの攻撃も降りかかる。

俺たちのモニターに表示されているシールドエネルギーの数値が瞬く間に減っていく。

それが0に近付けば近付くほど、こちらのエネルギーフィールドを突破される可能性が上がってしまうのだ。


「正面の敵だけを狙ってくれ!」


リョークの声にそれぞれが敵を定める。


「悠君!撃って!」


「任せて!」


ゆっちの放った一撃が真正面で待ち構えていた敵機体の胸部を撃ち抜いた。

敵のルーンは爆発を引き起こし、バラバラに砕け散る。

俺たちはその爆炎と煙の中を突き抜けさらに上昇。

煙に一瞬視界を奪われた俺たち、次に開けた時、全員の中に緊張が走った。


「な……」


すぐ目の前、煙を抜けた先に、敵が一機待ち構えていたからである。

その銃口は至近距離から俺たちの船を確実に狙っていた。

既にシールドエネルギーの数値は30を下回っている。

この近距離からの一撃に耐えられるのかはかなり怪しい。


頭の中を死がよぎる。

スローモーションの世界の中、リョーク回避行動を行い、機体がゆっくりと傾いていくのがわかる。

だがもちろん相手も待ってくれるはずがない。

ルーンの手に握られた銃口から、赤いレーザーが発射された。

その一撃は本体をかすめ、エネルギーフィールドを突き破って左翼に直撃する。


「ぐあぁっ!」


「きゃああっ!」


叫び声と共に激しい振動が船全体を大きく揺らした。


「ノブちゃん!あっちん!」














――――テレビでその様子が世界中に放送されていた。

避難所で娘達の無事を祈っていた亜莉沙の両親は、胸が張り裂けそうになっていた。


「亜莉沙……亜莉沙ぁっ!そんな……まさか……」


左翼に敵の攻撃が直撃した事は見ていれば十分理解出来る。

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