天空の境界線2

断続的な隕石ラッシュが27分間続き、その最後の一つを俺が仕留め、難なく30の隕石を破壊する事に成功した。

30個を破壊したという事は、3分間の間が空き、その後、魔の7分間に突入する事となる。


「皆さん、お疲れ様です。とても見事でした」


「今日はみんな調子いいから、このままいけちゃいそうだね~」


本当にその通りだと感じた。

今日の俺たちならこのまま『最後の7分間』を突破出来そうな気がする。


「もち、イケるさ!最強メンバーだし!」


「僕も今の調子なら外す気がしないよ」


「私も精一杯頑張ってみる」


「俺は最初っからイケると思ってた」


そう感じていたのはみんな同じようだ。


「皆さん、気分が高揚している所、本当に申し訳ありませんが、悪いお知らせ、連絡、情報があります」


その言葉に、俺たちの間の空気が濁ったのが手に取るようにわかった。


「悪い知らせ?」


「はい、前々から言っていた直径300メートルを越える隕石……」


「まさか、もう一つあったとか……」


「いえ、そうではありません。今、皆さんのモニターに拡大映像を転送します」


そして俺たちの前にそれは姿を現した。

今の実戦で30個の隕石の形を見てきたが、映し出された物はそれのどれもより異質な物であった。


「えっと……何か変な所……ある?」


「さぁ……」


確かに異質な威圧感を纏っているのは事実であったが、それのどこが『悪い知らせ』なのか俺にも理解出来ない。


「これは300メートル越えの巨大隕石としてシミュレートしていた物です。つまり一番最初の巨大隕石です」


最後の7分間、その先頭でやってくるのは300メートルを越えるサイズの隕石。

一撃で破壊する事が出来ないので、多段階による破壊をしなければならないのだ。

最悪の場合、三つに分かれ、そのすべてを撃ち落とさなければならない。


そしてそれが二回ある。

だがもちろん、そんな事は百も承知。


「問題はこの巨大隕石のサイズです。シミュレーションよりも大分大きいのです」


「どれくらいだ?」


「直径約565メートル」


「な!」


シミュレーションでは確か、この隕石のサイズは三百何十メートルだったはず。

つまり、それよりも200メートル近くデカいというわけだ。


「このサイズになりますと、最も最悪なパターンで、7回の攻撃が必要になります」


「7回!?」


残りの隕石の数自体は全部で7つ。

シミュレーションでは300メートル越えの二つが、三分割された一番最悪のケースで、合計13回の攻撃が必要だった。


だが巨大隕石の内の一つに、最大7回の攻撃が必要となると、俺たちがすべてを迎撃するには……


「16回……」


「はい、最悪な分岐パターンは、1、2、4です」


1、2、4、つまり、最初の一撃で二つに分離、その二つを攻撃してさらに二つずつに分離、計7回。


これは相当マズい。

俺たちの武器であるレーザーの射程は大気圏突入60秒前が限度。

射程ギリギリで一撃を当てたとして、分離した二つの隕石に二発当てるまでに最短でも10秒以上かかる。

そして二つの隕石はさらに分離、全部で四つとなる。

この時点で、残り時間は40秒を切っているだろう。

この場合、一撃目を発射したゆっちペアは既に第二射の準備は出来ているはず。

だが俺とノブちゃんペアは13.5秒の充填が必要であり、俺たちが発射するのは25秒前後。


これで三つを破壊。

最後の一つをゆっちペアが破壊するのが20秒前後。

ただしこれは、全員が一度もミスしなかった場合の話。

一人がミスすれば、大幅なタイムロスが起きて、時間内ギリギリか、最悪間に合わなくなる。

さらにその間にも他の隕石が射程内に入ってくるのだ。

通常のシミュレーションでも成功出来なかったのに、さらに難関になったこれをくぐり抜けるのは至難の業。

絶望的と言っても過言ではない。


「そんなの……無理だろ……」


「せっかくここまで来たのに……」


みんなの心に絶望の色が灯り始める。

だがそんな中にも諦めない奴らがいた。

どんな苦境にも決してめげたりはしない。


「やる前から諦めてどうする。ここまで来たら、後は全力で突っ走るだけだ」


「ノブちゃん……」


ノブちゃんはやはりカッコイイ男である。

失いかけていた希望の火に、油を投入してくれるのはいつだってノブちゃんだった。

体育祭の時も、学芸会の時だって、ノブちゃんは諦めたりはしなかった。

ノブちゃんの中には諦めるなんて言葉はそもそも存在していないのである。

だが今は、それこそが最も正しい事だ。

不可能だと思われる困難を乗り越えてこそ、英雄なのである。


「僕も全然イケると思うよ。よくわかんないけど、全部当てればいいんだよね」


今度は難しい事が苦手なゆっちからの声。

多分、俺たちが今どれほど危機的状況に置かれているのか理解していないのだろう。


だが、言っている事は正しい。

すべて当てればいい。

言ってしまえばその一言に尽きる。


「悠君……伸明君……そうだね。その通りだと思う……」


「一発も外さないで、なんて、シミュレーションでも一回も無かったけど……もうそれしかないんだ。やってやろうぜ!」


「うん!そうだね!みんなで力を合わせればきっと出来る!乗り越えられない壁はないよ!」


ノブちゃんの一言が、絶望を一気に希望へと変える。

本当に出来るのかどうかなんて、今の俺達にはどうでもいい事なのだ。

やってやろうという意志、それだけがあれば絶望も希望へ転じる。


「やれる。やれるさ俺たちならな!」


無謀かもしれない。無駄かもしれない。

けれど、突き進む以外に道はないのだ。

退路など、途中下車など、俺たちには存在しないのだ。


ならば恐れる事はない。


進め、突き進め。


「行きましょう皆さん。皆さんの今までの努力は無駄ではありません。この困難に打ち勝つほどの力は十分に持っているはずです」


それぞれのモニターには、既に巨大隕石の姿が映し出されていた。

それが射程圏内に入るまであと13秒。


「私は信じています。皆さんを」


黒い闇の中をひっそりと近付いてくる巨大な塊。

その圧倒的な威圧感に、再び冷や汗が滲み出す。


「悠君!射程圏内まであと5、4、3……」


今、待った無しの最終局面の火蓋が、切って落とされる。


「2、1……」


「発射」



残り時間6分58秒。



ゆっちが発射した光が、巨大隕石の中心へと一直線に飛んでいく。

誰しもが祈るような想いだった。

最初の一撃で全てが決まる。

この一撃が、隕石をいくつに分けるか、すべてはそこにかかっている。

一番最良のパターンは、三つに割れた場合だ。

それならばシミュレーションの時と同じ、最大計13回の破壊で済む。


四つに分離した場合でも、最大で14回。

だが二つに分離した場合は、最大で16回。


それが今、決まる。

隕石に衝突したレーザー光線は、大きく拡散し、隕石を破壊する。

破片を撒き散らしながら、やがてその結果が映像として表示された。


「まさか……」


映像に映ったのは、大きな隕石が『二つ』。

そう、二つである。

これは最も最悪なパターンだ。




大気圏突入まで残り52秒




「あっちん!」


ノブちゃんの声に俺はようやく我に返る。

そうだ、早く撃ち落とさなくては。


「ノブちゃん!左側ロック!ラグ4.65!」


「りょーちん!こっちもロックしたぞ!ラグ4.68!」


「ここだ!」


「いけ!」




大気圏突入まで残り46秒

終了まで6分44秒

隕石の数、8つ




俺とノブちゃんはほぼ同時に放った。

願いを込めた光は空を越え、宇宙に浮かぶ二つの隕石の元へと到達する。

ノブちゃんの放った一撃は見事に命中、だが予想通りに隕石は更なる分離を見せ、二つの隕石へと変わる。


そして俺の放った光線は……。


「う……ぐ……」


隕石の僅かに脇を通り、宇宙の彼方へと消えていった。


失敗である。

ここでの失敗は致命傷になりかねない。


「悠、雫、フォローをお願いします」


「うん、わかってるよイブちゃん」


「ゆっち、しーちゃん、すまん!」


ここぞという時に弱い俺、今まさにその弱さが露呈してしまった。


「大丈夫だよりょーちん」


「ロックオン完了、悠君、いつでもいけるよ!」




残り37秒




ゆっちの放った一撃が隕石を捉えると、予想通り二つに分かれる。

これは想定していた一番最悪なパターンだ。

特に、俺が一度ミスしたせいで、今の俺たちには時間が残されていない。


「通常形状の隕石が一つ、射程圏内に入りました」


これでさらに最悪な事になる。

今射程圏内にある隕石の数は5つ。

うち4つは30秒前後付近に、ほぼ並列に並んでいる。

俺とノブちゃんが2つ破壊し、20秒近辺でゆっちが破壊しても、まだ一つ残ってしまう。

十秒代に食い込んでくる計算だ。

そこまで近付いてしまうと地球からの重力が強くなり、動きに変化を生じさせてしまうのだ。

ここまで十秒以下になるとさらに当てるのが難しくなる。




残り29秒




「オラァッ!」


充填を終えた左翼、ノブちゃんが再び空に向けて光を放った。

だがその光は目標を外れて、宇宙の彼方へと消えていく。


「失敗!?」


「や、やっちまった!りょーちん頼む!」


今の俺たちには失敗を嘆く程の猶予もない。

時間は一秒すらも惜しいのだ。


「発射!」




残り23秒




「しーちゃん!こっちもいくよ!」


「うん、こっちは大丈夫。ラグ3.33」


俺とゆっち、二つの光が遙か天空を貫き飛んでいく。

光線は四つの隕石の内の二つを粉砕した。

あと二つ。残り時間は20秒を切り、俺とゆっちの充填が終わるのは10秒前後。

今の状況であの二つの隕石に攻撃できる最大の回数は、ノブちゃんが二回と俺とゆっちが一回ずつ、計四回。


二回外したらもう後がない。

隕石に重力が加わり始めたこの状況で、だ。




残り17秒




「ノブちゃん!」


「いっけぇ!」


トリガーを引いたノブちゃん。

勢いよく発射される光線。

俺たちは祈るような想いでその行方を見守る。


そしてその光は二つの隕石の間をすり抜けて消えた。


「あぁっくそっ!」


「ノブちゃん!焦っちゃダメだよ!」


依然隕石は二つ。

失敗すれば地球に衝突してしまう。


「りょーちん、絶対当てろよ……」


背後から聞こえてくるタカピーの声は少し震えているようだった。


「しーちゃん!」


「ロックオン完了!重力+、ラグ2.82!」


「タカピー、早くロックするんだ!」


「完了だ!重力++!ラグ2.88!」




残り10秒




俺とゆっち、今回もほぼ同時の発射となる。

僅かな振動を伴って発射された光線は、大気圏突入直前の隕石に向かって飛んでいく。

俺の放った光線は隕石の軌道を完全に読み切り、その中心へと強烈な一撃をお見舞いした。

一撃により分解された隕石の一つ。

それを見ていた俺はホッと胸をなで下ろした。


「りょーちんナイス!」


だが安心するのはまだ早かった。

持ち前のカリスマと、天才的なテクニックで次々と隕石を撃ち落としてきたゆっち。

普段よりも調子が良かったはずのゆっち。

彼の放った光線は隕石をかすり、消えていく。


「ごめん!外しちゃった!」


ゆっちの言葉に反応している余裕は無かった。




残り6秒




「隕石、危険領域に一つ!伸明、亜莉沙、お願いします!」


残り時間内に発射可能なのは、左翼のノブちゃんペアのみ。

正真正銘、これがラストチャンス。


「ロックしたよ!ノブちゃん!後は頼んだよ!」


「おう!やってやるぜ!」




残り2秒



「おらぁぁぁあ!」


トリガーを引いたノブちゃん。

それとほぼ同時に、隕石は大気に触れて摩擦熱で炎を発生させる。

光は空へと登り、隕石の元へと直進。


「頼む……」


みんながその瞬間を固唾を飲んで見守る。

これが失敗したら、隕石が地表へと到達してしまうのだ。

それだけは避けねばならない。


「いけぇっ!」


大気圏到達と同時、激しい爆発を伴い、炎を纏った塊は炸裂し分散する。

細かな欠片は、大気圏の熱に燃え尽きて消えていった。


「……やった……のか?」


一瞬、何が起きたのか理解出来なかったが、モニターに映っていた隕石が消えているのを確認し、幸福感が身体中に駆けめぐった。


「やった!やったぜ!はははは~見たか俺の一撃!はははは~!」


「やったぁ~!ノブちゃん!すごいよ~!」


「し、心臓が止まるかと思った……」


喜びの歓声を上げるノブちゃんとあっちん、極度の緊張感に一気に疲弊するタカピー。


「はぁ……危なかった……」


俺もタカピーと同じ、極度の緊張感のせいで胸が押し潰されてしまいそうだった。


「皆さん、喜ぶのはまだ早いですよ」


イブの一声で再び緊迫した空気の中へ投げ出された俺たち。

既に一つ、隕石が25秒の辺りに食い込んできていた。


「僕がやるよ!さっきは失敗しちゃったからね!」


「おし、ゆっち、任せた!」













――――今日の失敗回数は数回と、絶好調の悠。

最大の難所となった、一分間に7回という迎撃を終え、彼らの中にはいくらかの余裕が生まれていた。

そして今、悠が撃ち落とそうと狙いを定めている隕石は一つ。


現在、射程圏内に他の隕石はない。

これを撃ち落とせば、また一息つけるというところ。


「悠君、ラグは3.01。いけるよ」


「うん、しーちゃん、ありがとう」


悠にとっては何の問題もない一発のはずだった。


「発射」


トリガーを引いた悠。

全員がその光の行方を見守っていた。




残り18秒




異変に気付いたのは全員ほぼ同時だった。


「あれ?ゆっち?早く撃たな!」


『発射』という声が聞こえた後でも、振動もなければ、光が射出された様子もない。

時間が迫っている事に焦った龍太が声を荒げる。


「ゆっち!早く!!」


だが悠から聞こえてきた声は、彼らにとっての致命傷を意味するものだった。












「撃てないんだ……何も反応がない……」













終了まであと5分40秒

隕石の数、残り6つ

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