第102話 杞憂の風

 ドラストニアを覆った黒い影、その正体である『飛行艇』はゆっくりと王都を包み込む。日差しを遮る巨大な空飛ぶ船を見て王都住民たちは声を上げて驚く者、指さして息を呑んでいる子供、住居の窓を閉めてまるで世の終わりのようにおびえる者など様々な反応を見せている。

 書類にまとめて王宮から議会の場へと赴くシャーナルも影に覆われ、上空を見上げる。予測してはいたが彼女にとっては早すぎると感じていたようで足早に議会へと向かうのであった。

 突如としてやってきた船にどよめく王都。その周囲を飛び回って観察する黒龍に乗ったイヴとロゼット。大きさにして二〇〇メートル近くはあると考えられ、黒龍が子供のように小さく感じる圧倒的な質量と威圧感を持っていた。『飛竜の紋章』が描かれた気球でビレフのものだと推測しているイヴのすぐそばでロゼットは目を丸くして興味津々の様子で飛行艇を眺めている。圧倒的なスケールを持つ乗り物を見るのはレイティスの船舶以来だがこれはそれを遥かに凌駕する。大人の杞憂とは裏腹に小学生の彼女は好奇心のまなざしを向けて高揚しているのであった。


 ロゼット達が到着する頃には議会場の特別会議室前の扉ではすでにセバスとサンドラ含む他の高官の姿もあった。室内ではラインズと国王派、長老派からそれぞれ数名がビレフからの使者と対談が行なわれている。内容までは不明だが高官達の会話からベスパルティアからの書簡内容と差異はないだろうと推察し合っている様子をロゼット達の耳にも入る。彼女がセバスに何のことか尋ねたところ、今朝の会議の内容を詳細に聞き出すことが出来た。


「ベスパルティアは書簡でビレフは直接……ですか。件のブレジステン殿が買い付けた榴弾砲とその他諸々の装備もあるのでしょうね」


 ビレフが直接接触を図ってきたことに対してのイヴの見解。セバスはそのあたりの事情に詳しくはないためハッキリとした返事は出来なかったが概ね同意している。


「詳細は省かれましたが……国内の機密でもある兵器が外部、それも我が国へ流出したことに対しては何かしら文句をつけてくるでしょう。それでも国内の意向の食い違いなだけでこちらが非難される謂れはありませんがね」


「えっと…魔物の大群の討伐のために軍を動かしたことと新しい兵器を手に入れたことが重なって警戒してるっていうのはわかったんですけど、説明してもわかってくれないものなんですか?」


 ロゼットは小首を傾げて問う。行動だけを見れば確かに脅威を感じるだろうが国防のための行為なのだったら他国にも理解してもらうように説明を行なえばいいだけではないかというのが彼女なりの考えだ。セバスも勿論それは十分に分かっていたが、彼らの行動にも理があると答える。


「警戒そのものは当然のことながら、彼らからしてみても軍事産業が意図したものではない形での流出です。それに単純な軍の数でいえばこちらの方が圧倒的多数ですので、両国からしてみたら兵器産業でアドバンテージを取っていたことが優位性を保つ条件。更にグレトン、フローゼル、レイティスと国交を結んでおりますので向こうからしたら脅威でしかないでしょう。向こうの思惑にもよりますが最悪の場合は……」


「まさか戦争!?」とロゼットは思わず先走って声を上げてしまい周囲の視線が彼女に向けられる。イヴとサンドラに窘められて顔を真っ赤にして周囲に平謝りするロゼット。しかし彼女の放った言葉もある意味では正しかったのか他の高官達もそればかりが気がかりであり殺気立っていたのだ。ベスパルティアは書簡だけを寄越しただけであったがビレフはあのような巨大な飛行艇でまるで自分達の力を示すようにして赴いた。

 そわそわと落ち着かないドラストニア陣営を叱責するように扉が開けられ彼女の声に反応したビレフの兵と長老派の高官の一人が出てくると怪訝な表情で彼らを見回す。彼らの視線は一斉にロゼットの元へ。緊張からくる苛立ちが彼女へと注がれる。

 動揺と狼狽を繰り返しながら「え、えっと、ご、ごめんなさい……」と小さな体が一層小さくなる。そうして聞き耳を立てていた彼らは追い払われる。ビレフの兵たちは扉の前で再び聞き耳を立てられないように見張りを立てて、長老派の高官は室内へと戻っていく。


「あの小娘め……」と室内で話していたラインズも苦笑をしながら呟く。彼と相対する人物―……ダークブラウンの整った長髪に白色の綺麗な肌。端麗な顔立ちの貴公子のような容姿の外交官『バスチアン・モロー』。ラインズほどではないが彼もかなりの若年で二十代前半といった印象を与える。


「街並み同様にドラストニアは賑やかでございますね。それだけ関心があることは結構でしょう」


「いやはや、お見苦しいところを見せてしまい恐縮です。それで今回こちらへはどのような?」


「込み入った話というほどではございませんが、出来ればと思いまして。こちらも恐縮なのですが陛下はどちらに?」


 早速こちらの弱点を突いてくるモローであったがそこはラインズも難なく躱し、現状では自身と長老派の下で政務を担っていると説明。モローもこちらの動きを探るべくポツリポツリと質疑応答が交わされる。

 そのやり取りをシャーナルが隠し部屋から掛けられている絵画を通して彼らのやり取りを覗き込んでいた。


(外交官と護衛数名……。飛行艇の戦力が如何ほどか推し量れないけれど、戦々恐々としてるこちらの陣営を見ればさぞ愉快な心境でしょうね)


 ロゼット達の反応に呆れながらも当然の反応だろうと冷静に分析する。彼らにとってはごく当たり前の技術でも、ドラストニア陣営からすれば統治者達でさえ戦く状況。人とは強烈な印象を与えられただけでそのものに対する心情がいつまでも反映し続けるもの。こうした状況も当然彼らは狙って行なっている上に予想以上の反応に彼らの内心も洞察している。そんな彼女が盗み見ていることとも露知らず、会談は進められる。


「魔物の殲滅ですか……」


 訝しげにモローは訊ねる。件の魔物と寄生体の話は実際に見ていない人間からしてみれば眉唾物。彼らへの信用を得るためにもラインズはシャーナルが持ち帰った資料からの情報も提供することも提示した。


「決定的な証拠としては弱いかもしれませんがね。こちらもなんせ始めての事例だったもので…。ビレフにも被害が及ぶ可能性もないとも言い切れないので今後は情報提供のためにも相互関係の改善を図りたいと考えていますよ」


「ラインズ皇子殿下の考えは?」


 モローの質問に対して『黒』だと返すラインズ。どこまでが彼らの意図したものかはいまだ調査中ではあるもののガザレリアからの返答がない以上彼もそう判断せざるを得ない。


「『生物兵器』といったところでしょうか…。扱い方次第では利にも害にもなりそうな話です。わかりましたそちらに進軍の意図がないということはまず理解できました」


 それから続けてモローは正式に会談の場を設けることをラインズ達に提案。流出した軍事兵器に関しては目を瞑り、今後は国家同士で産業市場の取り決めを行うためのいわば交渉の場でもある。

 一段落終えてドラストニア陣営も安堵のため息をつき、ラインズとモローは互いに握手を交わす。僅かに違和感を覚えたラインズだったが気づかないふりをそのまま続ける。


「後の話は今後決めていきましょう。かもわかりませんし……」


 モローは横目で絵画の方を一瞬見るとシャーナルは思わず後ずさる。彼が気づいていたのかはわからないがシャーナルはこの時、モローに何か得体の知れない感情と疑心を抱くこととなる。



 ◇



 丁度その頃、城砦前で待機していた目立つ三人組。マディソンとアーガストの姿も最近では兵達の間でも見慣れた存在となったものの、王都民からしてみたら異色を放つ存在であることには変わらなかった。マディソンの足元に転がってきた小さなボールを拾い上げるとそのボールの持ち主と思われる小さな少女が興味津々に近づいてくる。

「あん? 嬢ちゃんのか?」というマディソンの問いかけに首を縦に振って答える少女。その後方から母親の叫び声が聞こえ、マディソンに対して何度も頭を下げて平謝りをする。紫苑がマディソンからボールを受け取ると母親に渡して無くさないようにと念を押して笑顔で見送る。

 頭を掻いて困り顔のマディソンに対して「もっと愛嬌を振りまいてやれ」とアーガストの一言。彼なりに愛嬌良く接したつもりのようだがどうも苦手なようで紫苑は隣で微笑ましく見ていると、彼らの元へ役所から出てきたロゼット達が合流。しょぼくれた表情のロゼットを見て駆け寄る三人の将兵。確認するように訊ねるとロゼットは「追い返されちゃった」と一言返すだけだった。


「なんじゃそりゃ。じゃあ今はあの皇子の坊主が話し合いでもしてんのか?」


 マディソンの粗暴な物言いにアーガストが咎めるとヘラヘラとするだけだ。紫苑は今後の指示をセバスに仰ぐが彼もイヴも首を傾げるばかりで実情が把握できないことには下手に動くことは出来ないとのこと。


「しかしながらあの飛行艇相手には我々も太刀打ちは難しいでしょうね」


「相手は空飛ぶ要塞みたいなものですしね。対空能力があるとすれば魔術か砲撃頼りでしょうけれど……」


「騎兵隊など相手にもなりますまい」


 現状軍部で魔力を中心とした部隊編成などドラストニアには存在しないし、使うことが出来るのもイヴと恐らくロゼットだけだろうし紫苑のものも簡易的なものでしかない。砲撃能力もビレフから榴弾砲技術が流れてきたことを考えればそれも難しい。兵力の総数では勝るものの数や質よりも装備がモノを言う時代へと突入している中では大きな意味も持たない。ドラストニアとしても戦争は避けたいところだ。深刻そうな彼らの面持ちに不安げに顔を覗かせることしか出来ないロゼット。冗談交じりにマディソンは黒龍の存在を引き合いに出すものの周囲の冷ややかな視線にそれ以上は何も言わなかった。


「雁首揃えて城砦前で何してんだよ。景気悪い面すんなよな」


 普段のように悪態を吐きながら彼らの元へとやって来る。深刻そうな一同とは対照的に普段と変わらない様子のラインズにセバスとイヴは詰め寄る勢いで結果報告を求めたが彼は「いつもの場所で」とおどけるだけだ。結局今後の方針も決められることもないまま、その日の夜まで事の次第が明かされることはなく時間だけが過ぎる―……。飛行艇はその間も王都に停泊を続け、王都民の心に影を落とすように飛空艇の黒い影が王宮を覆うのだった。


 そしてその夜。騒がしい王都、王宮と城砦内はすっかり件の飛行艇の話題一色となり、ロゼット達も仕事終わりに厨房の片隅でメイド軽くお茶をして談笑と洒落こんでいた。昨日まではミスティアと魔物討伐のことが話題のやり玉になっていたのが嘘のように飛行艇一色になっていることに困り顔のロゼット。シンシアと共に茶を啜りながらささやかな憩いの時を過ごしていた。


「ヴェルちゃんも大変だねぇ。ミスティアでのこともあったのに飛行艇の件でまたお声が掛かってるんでしょ?」


「まぁね。もう慣れちゃったけど、王都でゆっくりできる時はメイドさんのお仕事に集中したいけど最近はメイド長もあんまり何も言わなくなっちゃったしね」


 小言を言われることには慣れてきていたロゼットだったがそれが最近ではめっきりと機会が減ってしまい本人としては複雑な心境のようだった。あれこれ言われること自体あまり好きではないが、何か言ってもらえないと不安も募るものである。自分に見切りを付けられてしまったからなのかと最近の悩みのようだったが仕事の時には一応彼女にも割り振られている。


「考えすぎじゃないかな? メイド長も私たちに対してはいつも通りだけど、ヴェルちゃんはホラ…一応有識者待遇としてドラストニアに招かれているわけだし」


「私自身に知識があるわけじゃないんだけどねー」


「でもアザレストの地域では名家なんだよね? 私は聞いたことないからわからないけど」


 シンシアの疑問に少しばかり狼狽しながら答えるロゼット。ドラストニア国内の土地とはいえ彼女が初めてこの『エンティア』にやってきた際に目覚めた小屋の近辺は片田舎と呼ぶにはあまりにも辺境の地なのだとセバスからは聞いていたようだ。あれ以来一度も戻ったこともないため今はどうなっているのかも不明で本人も王都での生活が日常となってしまっていた現在では気にも留めていなかったがいつかは再び訪れようと心の片隅に留めておく程度にした。あんな小屋に『エンティア』から現代へと帰る方法が見つかるとも思えなかったからだ。

 憩いの時間はあっという間に流れ、皆自室へと戻っていく中ロゼットは『いつもの場所』へと向かっていく。会議室にはすでにロゼットとラインズ以外の人物が集まっていた。アーガストに預けていた澄華受け取ったがラインズが不在で話し合われようとしていた。


「あれ? ラインズさんは??」


「皇子殿下はどうやら所用で来れぬようで、セバス殿に言伝してあるようだ」


 アーガストが彼女の疑問に答えたがやはり所用という言葉に引っ掛かりを覚える。彼女の疑問も他所に今回の結果と今後の情勢が簡単に話し合われる。


「まずは本件でビレフがこちらに赴いた理由としては皆さま予想されていると思います。確かに表向きはそのようですが…」


 前置きしつつ話を切り出しセバスはラインズから受け取った書簡を読み上げる。なんてことのない文体の書簡ではあったものの内容を読み進めると彼らの表情が見る見る変わっていく。ビレフとの協定ともとれる内容で条件としてはビレフの産業参入であったが、それはビレフの産業をドラストニアへ流出させることを意味するからであった。


「……兵器産業市場の拡大が狙い…か。ミスティアのことを考えたら当然よね」


「しかし、そんなドラストニアの戦力補強のような真似をわざわざするのだろうか? 彼らはむしろドラストニアと諸国を警戒していたのだろう? なぜこちらが利するようなことを?」


 アーガストの懐疑的な声に呼応するかのように合いの手をするマディソン。それがちょっとおかしく思えて少し笑ってしまうロゼット。だが考えてみてもアーガストの言うことには一理ある。文明レベルも遥かに上位に立つビレフがわざわざこちらの産業を引き上げるような真似をするのだろうか。ドラストニアの産業の目を潰したいという思惑もあるのではないかと紫苑は危惧する。

 ドラストニアもレイティスとの交流以降、独自の産業も発展が著しく進歩をはじめようやく軌道に乗り出したところであった。兵器産業でドラストニアから儲けようという魂胆か、あるいは依存させるつもりか。どちらにしても今後に影響を及ぼすような内容でもあると考えラインズの意向も伺い立ててから考えるべきではないかと一同は考えを纏める形で会議は終了。

 結局ラインズに頼り切りになってしまうことにイヴは僅かに顔色を曇らせたのをロゼットは横目で見逃さなかった。


 王宮へ帰る途中、イヴと紫苑とロゼットの三人はミスティアでのことなども交えつつも先ほどの会議での話をしていた。


「あの……質問なんですけど、レイティスの時は産業が入り込むことで発展してますよね……? ビレフは違うんですか?」


 ロゼットの素朴な疑問に対して二人は丁寧に説明する。


「レイティスにはドラストニアに競合となる産業がありませんでしたし、グレトンやフローゼルといった得意先も増えましたからね。レイティスもこちら三国からの輸入品等、相互関係が成り立っていました。海賊の一件で彼らの悩みの種の一つも取り除いていますし関係性は一応対等と言えるでしょう」


 紫苑の説明にロゼットは納得するように頷く。海賊で誘拐されているにも関わらず対等に見てくれたのは少なからずクローデット大統領の粋な計らいもあったのだろう。


「けれど、今度のビレフとはレイティスの時とは違い関係性も対等ではない上に良好……とは決して言えない。黒龍に乗ってるときにも話したけど制空権を取ってる向こうにアドバンテージがあるのは事実ね」


「え、じゃあ私たちは従うしかないんですか??」


 ロゼットの言葉に黙する二人。紫苑もイヴもこればかりはどう動いて良いのか見当もつかないからだ。紫苑はあくまで一軍人としてからの発言に留めることしか出来ず、イヴも現在は協力しているとはいえフローゼルという他国の人間。このドラストニアで政治的な発言権があるわけではないし影響力と言っても他国の姫君というどちらかと言えば人質に近いような存在。二人はロゼットを安心させるためにだからこそ皆で対抗策を思案していると答える。


 紫苑とは途中で別れ、イヴと二人で歩くロゼットの不安は少しずつ大きくなっていく。今の状態でもロゼット自身にはわからないことが多く、その上自国よりも強い立場にいる他国との関係を自分だったらどうしていくのが良いのか思いつきもしない。


「ねぇ、ローザちょっと付き合ってくれる?」


 不意を突かれ、久しぶりに出てきた自身の素っ頓狂な声。それを聞いて少し微笑むイヴに恥ずかしそうに顔を赤らめるロゼット。どこへと誘われるかとそわそわしていると辿りついた場所は鍛錬場。近頃は仕事の影響もあってシャーナルとの鍛錬はご無沙汰で自分でも自室でもあまり剣に触れていなかった。というよりも鍛錬よりも実戦の方が機会が多かったこともあって自分から剣に触れようとしていなかったからだ。

 鍛錬用の木製の剣を手渡され、構える。軽い素振りと互いに何合か交わし、イヴに剣術の指南を受ける。イヴの動きはシャーナルを遥かに凌駕するほど早く、そして力強い。流石に実戦を幾度も経験しているだけあって柔らかな動きの中にある力強さは女性とは思えないものを感じる。数合打ち合っただけで彼女との実力差がロゼットでもわかるほどの『強さ』がそこにあった。


「こんなに強いのに……そんなイヴさんでも勝てないものってあるんですか?」


 ロゼットの質問に笑って答えるイヴ。勿論答えは『イエス』だった。


「そうね。でもねローザ、私はただ強さを求めて剣を振るってるわけじゃないのよ。自分が剣から得たものを忘れないために振るってる…って言えばいいのかしら」


「忘れないために?」


 イヴ自身女である以上、どうやっても力では男には勝てない。女性らしく生きるべきなのだろうが、剣から得たものは自身の強さだけではなく自身の生き方やこれまでの知恵や経験。それらも剣と共に歩んできたからこそあるのだとそこに誇りをもって生きていると答える。自分の考え方の根幹も剣にあると考えていた。


「確かにこんな時代になって、剣では大砲や榴弾砲、ましてや飛行艇を堕とすことなんて出来ないでしょうね。もちろんそれはわかっているわ。でも…剣を捨てることが自分の得たものまでも捨ててしまいそうで、私には考えられない」


「だから今も握り続けてるんですか?」


「そうね」


 力強く答えるイヴには気品と美しさ、確固たる自身の意志を象徴しているようでロゼットには眩しく見えた。シャーナルにも似たようなものを感じる。二人が一国の姫だからなのか、それとも互いに剣を持つ者同士なのだからか、その瞳に迷いはなかった。自分もいつかこんな二人のようになれるのだろうかと、考えが頭の中で渦潮のようにぐるぐると回る。難しい顔をして考え事をしているロゼットを見てそっと抱き寄せるイヴ。またもや不意の出来事に少し動揺するもそこに安らぎ、安心感を抱き自身も強く抱き返す。


「ふふふ、どうしたの? 今日のことでそんなに不安にさせてしまったかしら? それともシャーナル皇女にまたしごかれたのかな?」


「ううん。なんか……ずっとこうしてなくて、またぎゅーってしたくて…」


「そう。いつでも甘えて大丈夫よ。あなたもこんなに小さいのにいつもよくやってるもの。いつも張り詰めたままなんて辛いわよね」


 そう言ってくれるイヴに対してロゼットは少しだけ不安を感じていた。誰も労いの言葉もかけてくれない中で彼女のこの言葉はロゼットの心に深く染みわたる。けれどもその声に少し寂しさも感じていたのだ。大きな瞳でイヴの表情を見上げると彼女も微笑み返す。


「イヴさんは……大丈夫ですか?」


ロゼットの問いに一瞬言葉を失う。真剣な表情で聞かれて、自身が会議室で見せた不安を彼女も感じ取ったのではないか。そう感じたイヴは少しだけ寂し気な表情を見せながら二人で夜空を見上げるのだった。


「少しだけ……フローゼルの風を浴びたくなった……のかもね」




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