第14話 親と子の狭間で

 入り乱れる人々の悲鳴と怒声が歌の如く彼女の耳を突きさす。精鋭部隊によってアズランド軍は完全に制圧され、王都民たちの姿目立つようになってきていた。子供の泣き声、避難してきた人々が都市の中央部へと一気に移動したために溢れかえっている。難民キャンプのような野営地も急遽設営され怪我人の治療と寝床の確保はされているものの『災害』のような光景であった。

 ロゼットとセルバンデス達もこの野営地へとたどり着き状況確認を行う。多くの負傷者を目の当たりにして戦争の悲惨を痛感させられる。苦痛で悶える兵士、家族と離れ離れになり捜索願いを訴える住民、被害は甚大でその胸中は計り知れない。


「ひどい……こんなのって」


 彼女の知る現実からかけ離れた光景に言葉を失う。どうしていいかもわからず、ロゼットはその場で悲惨な現状を見つめることしか出来ない。セルバンデスは兵達に指示を出し、今後の方針の話し合いに加えて住民の捜索に兵を送り出していた。冷静に淡々と事を進める彼と比較しても何もできないロゼット。自分自身に苛立ちのようなものを感じながら、それ以外に何も出来ないと自身の無力さを痛感させられている。

 その時、小さな揺れが起こり戦禍である城壁で大きな爆発が引き起こったのを目にする。人々の視線がそこへ集中する。


「あの中に……紫苑さんも戦って……」


 ふと、紫苑の顔が頭を過る。皆戦っているのに自分は何もできず、ただ待っていることしか出来ない

 。そう思うと居てもたってもいられず、気づけば走り出していた。避難のために向かってくる人々の中、彼のいる戦場に向かうために逆走する。掻き分け、息を切らしながら全力疾走。馬車で見た風景を思い出しながら無我夢中で走り続ける。

 南部に差し掛かる通りで足がもつれ盛大に転んでしまうロゼット。しかしそこへ数騎の騎兵と一際立派な鎧を纏った将兵と遭遇。紋章からしてアズランド家であることと、彼らも逃走中であったことはロゼットでもすぐに分かった。兵たちが将兵に対して『当主』と呼んだことで彼がアズランド家当主であり、紫苑の育ての親だと気づく。


「何奴! 当主この者は如何致します?」


「待てまだ、子供だ……それに」


 目撃者であるロゼットを斬り捨てるかどうか訊ねる兵達だが、アズランドはロゼットを見ているだけで動こうとしない。

 そして彼らを追ってきた紫苑が颯爽と間に入る。


「御当主! 降伏してください! 今ならまだ間に合います。命を以て償う以外の方法もあるはずです」


「紫苑さん!!」


 紫苑の乱入に思わず声を上げるロゼット。護衛の兵達も剣を抜いて応戦の構えを見せる。数騎とはいえ数では向こうが優勢。しかし彼らにはもう後に退けない状況。ここを突破するしかない以外に生き残る術がない。

 ただアズランドだけは違った。驚嘆しているのか目を見開いて馬体から降り思わずロゼットに近づいた。何かを懐かしむようなそんな眼差しを向けて呟く。


「アルヴェルティーナ王妃……殿下」


 それはかつてのドラストニア国王の王妃の名であった。幼き日に見た彼女の姿がアズランドにとってロゼットと瓜二つであった。


「当主! 追撃がもう来ています。早く退却を!」


「今更逃亡したところで何になるという……。ドラストニアに戦を仕掛けた以上、我々に帰る場所など……」


 兵たちがアズランドに撤退を進言する。アズランドは馬から降りてロゼットの元へ近づき跪く。


「彼女と瓜二つ……ということは貴女はドラストニアの皇女殿下」


 彼の言葉に紫苑は驚嘆の表情でロゼットを見る。


「無礼者!! 王位継承第一位、いやドラストニアの国王陛下となられるお方の御前であるぞ!」


 アズランドのけたたましい咆哮のような叱責。咄嗟のことに驚きながら兵達も剣を納めて跪く。紫苑も彼女の横で跪き頭を下げる。突然のことに困惑しながらも自身が王位継承者であることを看破され、隠し通せないとしてアズランドと向き合う。


「長らく顔を合わせることも叶わず、失礼いたしました。エルバート・ゲイル・アズランドが皇女殿下に拝謁致します」


「ロゼット・ヴェルクドロール……です。あと……『リズリス・ベル・ドラストニア』と、教えて頂きました」


 すぐさまロゼットは頭を上げてもらうように訴えかけ彼らは直り、兵達も警戒心を見せている。そして今回の紛争についての理由をロゼットは直球で訊ねる。


「此度の蜂起により甚大な被害をもたらしたことはこの一命を以って償う所存。しかしながらドラストニアが危機的状況にあることもまた事実でございます」


「どんな危険があると言うんですか……?」


 ロゼットの問いに彼は『規模の拡大』と答える。かつてドラストニア含む諸国は経済危機に瀕した際、貿易による経済規模の拡大を行なうことで一時的な危機は回避された。しかしその後の国家交流における伝統、文化などの流入により異なる種族が入り乱れるようになる。その結果、異種族間での対立、移民者と現住民との思想の違いが民族間での亀裂を生む。


「お考えください。異なる文化、思想が突如自国に入り込んできたとして受け入れられるでしょうか? 異なる種族が入り込んできたとして、それを受け入れられるでしょうか?」


「私がなぜこのような話をいたしましたかというと、すでに国内に諸外国からの移民者たちが多く入り込んでいるからです」


「移民者……?」


 ロゼットはアズランドの言葉に疑問で返す。移民者と呼ばれる彼らは別の国家の所属している者達。別の考えを持ち、文化、感性を持っている。彼らの多くは何かしらの理由で現在は祖国ではなく、ドラストニアで生活をしている。彼らにとって快適な環境が必ずしも「ドラストニアの国民にとって良いものであるかのか?」と問われる。

 アズランドの言葉にロゼットは言葉を詰まらせる。

 経済のことに関しては全くわからない彼女だが、文化の違いについては母国と日本との違いで理解していた。実際に日本に来た当初はクラスメイト以外でも、近隣の人から距離を置かれていた経験もある。彼女の場合は時間をかけて解消されたことに加え、彼女自身が日本文化に興味を持っていたために馴染むことが出来た。

 けれども全ての人間がそうというわけではなく、彼女に馴染むことができないクラスメイトも数名いたことを思い出す。

 現在ドラストニアにおいてもメイドとして入り込んだにも関わらず、他の派閥の王位継承者達から良い目で見られているとは決して言えない。幾分かラインズ達と交流があるという理由もあるだろうが、人とは新しいものが訪れると必ず身構える生き物。ましてやそれが国単位での流出入となれば、なおの事である。


「でも他の文化に触れて交流が出来るということは、相手を理解することにも繋がります!」


「入ってくるものを全てを嫌なものだと決めつけることなく、良い部分もあって、そこから自分たちで……吸収することだって出来るんじゃないですか」  


 少女なりに言葉を選び答える。

 ただ拒絶するのではなく、そこから良い部分を文化として受け入れることだって出来ると主張。すべてを悪しきものと拒絶することも、正しく良いものだと決めつける事もどちらも恐ろしいことである。大切なこととは――……。


「それを決める事ができるのも私達だと思います。戦争ではなく私たちで決めていけば良いんじゃないんですか?」


 自分で選び決める事。


「こんな戦争で……犠牲を払って解決されることなんて誰も望んでなんかいません」


「それも同じ国民同士での殺し合いなんて……」 


 アズランド側の士気はもはや壊滅状態。戦闘継続など到底できるものではない。最期を覚悟の上で彼はロゼットへ直接訴えかける。アズランドも戦争を仕掛けてしまった以上、引くに引けない状態。彼らに戦意がないことは明らか。戦争を引き起こした自分達の罪を認めながら、まるで裁きを求めるかのように最後に訴えかける。


「そんな善意を利用しようとする者で溢れかえっているのです。殿下は人の心の善意を信じておられますが、覇権を握らんとしている強国、彼らにそんな考えなど微塵もございません」


「我々は実際に戦ってきたからこそわかります。人とはそれほどまでに度し難く……愚かな生き物なのです。人には『善意』もあり、その裏で『悪意』も眠っているのです。我々を見てそう思われるのではございませんか?」


 彼の言葉に『言葉』で返すことが出来ないロゼット。言葉が詰まり、何か言いたくても吐息を出すのが精一杯であった。自分達が愚かだとしながらも国を守るため、正すために必要だと進言するアズランドの言葉。彼の言っていることも正しかった。まだ幼い少女にこれ以上の反論を出来る術は持っていなかった。


「であれば……御当主、我々の戦うべき相手はこの国に仇成す者です。私たちは本来、戦うべき相手ではなかったのです」


 アズランドもすでに戦意を喪失しており、紫苑の懇願にアズランドも剣を外し地に置いた。彼らの元へ歩み寄り投降を宣言しようとした、その瞬間であった。


「当主!! そのような甘言に惑わされてはなりません!!」


 バロールが彼らの元へ乱入。皇女であるロゼットに目掛け、剣を突き立てながら襲い掛かる。


「そんな甘い考えで王位継承者などと!! 国家は貴様が思うほど甘くなどない!!」


「よせ!! バロール!!」


 アズランドの制止の声も届かない。ロゼットは目を瞑りながら身構えることしか出来なかった。バロールの強襲にアズランドも剣を構えるが間に合わない。

 しかし、その行く手を阻んだのは紫苑。彼はバロールが強襲を仕掛けてきた時には、既に反応していた。紫苑とバロール、再び相まみえ戦禍の中で眩い一閃が走る。黒き刀のような刀剣、紫苑の抜刀術には追い付けなかったバロールは斬り捨てられた。本当に一瞬の出来事にアズランド、そして兵達もただ見ていることしかできなかった。目を開いたロゼットも驚きの表情に変わる。彼女を守るためのやむなき判断、苦悶の表情を浮かべる紫苑。斬り捨てられたバロールを見た瞬間、アズランドが剣を手に取る。


「紫苑ーーッ!!!!」


 激高したアズランドが剣を抜き紫苑に斬りかかる。紫苑は身構えるも先程とは違い、防戦の構えで叫ぶ。


「父上ッ!」


 彼の悲痛な叫びに呼応するようにロゼットも叫んだ。見ていられなくなり、二人の間に割って入ろうと走り出す。義理とはいえ親子で殺し合うなどあってはならない。その一心で彼女は止めようとする。


「……っ!! ッダメぇぇぇえ!!」


 それぞれの悲壮な思いが交差し合い、将兵達も止めに入ろうと剣を構える。同時に乾いた音が響き渡った。

 銃弾の音。血を吐いたのはアズランド。僅かに苦悶の表情を浮かべたが、すぐに安らかなものへと変わっていく。持っていた剣と共に彼はその場に崩れ落ちた。すぐにドラストニアの兵たちがやってきて、アズランド兵達を制圧。

 銃声元に視線を送るとそこにはラインズがいた。失意とも、憐れみとも言い得ぬ表情を浮べた後、周囲の兵たちに指示を行なうとその場を後にしていく。

 紫苑はアズランドに駆け寄り、まだ僅かに息のある彼を抱き寄せる。考え方は違えてしまったが思いが同じであったこと、凶行に走らなけらばならないほど追い詰められていたことを知り、紫苑もその思いには理解を示した。

 アズランドは目を開け、わずかに映る少女の姿を見る。膝をつき、口を押えて涙を浮かべる小さな姿に微笑みを向けた。


「なぜ泣く……よ。これで……良かったのだ」


 暴走した自分を止めるにはこれしか方法がなかった。謀反を起こし、ドラストニアに戻ったところで自分達の居場所などない。わかっていながらそうすることしか出来なかった。国を思う気持ちは同じであったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。兵たちの駆け足、声にかき消されるようにロゼットのすすり泣く声が木霊していた。

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