第9話 重ね合わせ
会食後の後、片付けを行なっている最中セルバンデスさんに呼び出される。他のメイドさん達はこちらを一瞥したものの何事もなかったかのように作業を続ける。メイド長に渋られそうになったけれど、ラインズさん直々のお呼びとのこともあったので不問となった。
会食前でメイド服の衣装あわせを行なった小さな会議室へと向かいセルバンデスさん、ラインズさん二人と今回の件の話し合いが行なわれた。
「やはり平行線でしたか……。そうそう解決する問題ではないとは思っておりましたが、よもや長老派の意見は和平交渉が多数派ですか」
「もう、そんな段階でもないんだけどな。野営地を敷いてるアズランド側も持久戦を仕掛けられるほどの余力があるとは考えられない。かといって和平に応じるとも……な」
二人は頭を抱えるようにして今回の件に関して対策を練っていたようだった。出来ることなら衝突は避けたいと考えているみたい。
「あの……アズランド家の人々はどうして戦争なんて仕掛けてきたんですか? 自分の国なんですよね?」
私がこの国で暮らす普通の国民だったのなら、そんな怖いことをする人たちに同調することなんて、とても出来ない。ただ『彼』もその一人だったと思うと少し複雑でもあった。一息置いて、ラインズさんが経緯を説明してくれた。
「色々と募るものはあったみたいだが……。元々アズランドが王家だったということはなんとなくわかったよな?」
私は頷いて答える。
「ドラストニアはいくつかの豪族から成り立つ国だったんだ。それをまとめ上げたのがドラストニア王家とアズランド旧王家。統一してからも諸侯とのいざこざはあったんだが、各地をそれぞれの王家が抑えていた」
それに続くようにセルバンデスさんも補足する。
「統一時にドラストニア家が事実上の君主と取り決めが行われておりました。先代の時に王家もドラストニアのみとも決められましたが……」
「その時にも揉めたんだけどな。まぁ、元々両家の間で誕生した子と婚姻させることで両家の均衡を取ろうと考えていたんだ」
「なんだかずっと揉めてばかりですね……ドラストニアだけが王家になったらアズランド側の……しょこう? ですか? その人たちがどうして嫌がるんですか??」
「自分達がドラストニアの諸侯よりも格下扱いされるんじゃないかって思うからな。トップはアズランドよりもドラストニアの方が上の地位になるわけだから、自分達の主張も通り辛くなってしまうと心配するのは当然の心理だ」
アズランド側と揉めた原因の多くがこの『権威』というものだった。これまでの自分達の地位が脅かされること。豪族という存在自体がそもそも、のし上がりたいと思う人達そのものだと話す二人。アズランド側との間で拗れることを問題視した人々が今の『長老派』と呼ばれる人達だったのだ。国王派の中でも国王の行うことが絶対であると考える人も少なくはなく、他の意見を聞こうとさえしない人もいる。ラインズさん達もそういう人達に悩まされているとも愚痴を溢す。
(長老派って人達は元々「他の人の意見も聞きましょうよ」って感じの人達だったのかな? そう考えると実は別に悪い人達ってわけでもなさそうな気がする)
それからほどなくして私が生まれたと話しが移り変わる。とはいっても私自身ではなく多分
「十年前にロゼット様が誕生されてから間もなくして内密に信頼できる然るべき場所へと保護されました。当時は産業発展による市場の急激な拡大。それが原因で諸外国との関係が上手くいっていなかったのです」
今度は外国とのトラブルであった。こう話を聞いていると問題が立て続きに起こり、頭がぐるぐるかき回されるようで整理が追いつかない。そのことについては保留という形で追々説明すると言われた。
「陛下はロゼット様が生まれたその時から王位継承者として決めていたようでした。先ほどの話でも出ておりましたがアズランド家の嫡子との縁談を経て融和を考えておりました」
つまり私とアズランド家の王子にあたる人と結婚をするということである。旧王家なんで正確には王子様じゃないんだけども。婚約者という話に少しドキドキしてしまう。なんていうか憧れというか、許嫁とかっていう話自体ドラマや漫画なんかでよく見聞きするから余計に色んな妄想が膨らんでしまう。
「まぁ政略結婚なんだがな。その話も今は白紙だし」
ラインズさんの余計な一言で水を差され、白けた表情を向ける。確かに彼のような相手が結婚相手だったり、私よりもずっと年上のおじさんが相手だったらと考えると、幻想が壊れてしまった。
「お嬢が生まれた直後に王妃が亡くなられた。本来なら祝うべきものだったんだが、一時的に秘匿とされたんだ」
「王妃……て言うことはその人って、お母さん?」
ラインズさんが頷く。一応こっちではその人が私の母親にあたる人なんだと理解は出来た。けれども亡くなったと言われると複雑だった。だって会ったこともない人を母親と言われても実感が湧かない。真っ先に浮かんだのはいつも元気なママの顔。だから悲しむに悲しめなかった。
「うーん……あまり実感が湧かないです」
「話したこともない相手が母親って言われてもなぁ。そういう状況にしてしまった環境が悪かったんだ」
「私も力不足でございました。信頼たるとはいえ、別の場所で養育を委ねるしか方法がございませんでした」
ただ、ドラストニアから引き離した理由がぼやけていた。
「お嬢の存在を秘匿にしたのはこっちの事情があったんでな。ただ、そのあとでアズランドの方で大事が起こっちまったんだ」
「アズランドの領地近辺で賊の討伐に出向いた嫡男が襲撃を受け、そのまま逝去されてしまったのです。推測ではございますが、暗殺かと思われます」
「暗殺っ!?」
現代ではほとんど聞くことのない言葉。それに驚き衝撃を受けてしまい思わず声を上げてしまう。大切な世継ぎを失ってしまったアズラン王家の当主は相当荒れ狂ったそうだ。旧王家とはいえ、名家として国軍を担うと同時に一人の親であったことを考えるとアズランド当主の気持ちもわからなくはなかった。大切な人を亡くしたのだからとても精神を保っていられなかったのかもしれない。
「それっていつ頃の話だったんですか?」と私が訊ねると、二年前の出来事だと返ってきた。思ったよりも最近の出来事で、私が生まれたことがきっかけではなかったようだ。ただ、もしかしたら私が生まれていたことを秘匿とされていたことがそのものが原因だったのかもしれない。私の考えていたことが分かったのかセルバンデスさんが自身の意見を話し出した。
「ロゼット様の情報が漏れた可能性は低いかと思われます。長老派の中でも知っている人物はおりませんし、ましてやアズランドにもそれを知る術があったとも思えません。仮に知られたとしてもアズランド家にはもう一人ご子息のバロール将軍もおられました。世継ぎを失って乱心というのも想像しにくいかと」
「そうは言うが、あの次兄に世継ぎなんて託せると思うか? この内紛だって次兄のバロール派閥の強行という話も聞いてるぞ」
「濃厚とは言い難いですが、私はあのバロール将軍がそこまで凡愚とも思えないのです」
アズランド家が内紛を起こした理由はそれでもわからなかった。ただ、大切な人を失ってしまったことが他の人々を傷つけて良い理由にはならない。それだけは私でも自信を持って言える。
「これ以上は話してても埒が明かないし、本人たちに直接聞く以外に知る術はない。それに人間の心なんて時が経てば簡単に変わっちまうもんさ。どんなに意志の強い人間でもいつかはな……」
年月を重ねれば関係も大きく変化する。世代が交代すれば当然のことだとラインズさんは語る。一時の人の気持ちも変わってしまうきっかけは単純なものであったりする。そして変わらぬ意志も揺らぐと言ってはいたもののそれに強い反発の心を抱いてしまった。
「でも……紫苑さんはどうなんですか? 少なくともあの人はアズランドにいても変えようとしている人なんじゃないんですか?」
私が紫苑さんの名前を知っていたことに驚く二人。私の訴えにも耳を傾けて、アズランド家に所属する人間が全て今のアズランドを支持しているわけではない。それは二人も理解していた。
「だが、誰がそうであるかはわからない。紫苑も話してくれるわけでもない。かつては自分のいた場所でもあるからな」
―――考えれば考えるほどわからない。相手の真意がわからない、掴めない以上最悪の場合を想定しておかなくてはならない。それに備えての軍備強化と防壁の守りを固めること、軍の訓練の強化など総じて『戦争』に関わるようなことばかりだった。私の嫌な予感が的中しないで欲しいと思いたかったけれど、事態は思っていたよりも深刻で危険な状態であることを思い知らされる。
「最悪の場合は開戦……でしょうな」
◇
二人と今後の方針について話し合った後、私はあの地下室へと足を運んだ。夜は更に厳重に警備されており牢獄への道は見張りの兵が多く、南京錠まで掛けられていたため以前落ちた隠し通路からロープの代わりになるような物でバスケットに入れた食事を「彼」に運んだ。
「こんばんは。また来ちゃいました」
再びやってきた私の声に少し驚いた表情で迎える。夜の牢の中は小さな蝋燭の明かりがいくつかあるだけで一層不気味であった。そんな中でも、彼は落ち着いた様子でいた。
「ロゼット殿……またそのようなお気遣いを」
そう呟く声は昼間に会ったときよりも心なしが元気そうに聞こえた。少し安堵して持ってきたものを彼に渡す。
「今日は会食があって……残り物ですけど良かったら食べてください。相変わらず見張りの人は居眠りしてるみたいで簡単に入れちゃいましたけど……」
今回は素直に受け取ってくれた。
「あなたは優しい方ですね。私のことなど気にされる理由もないはずなのに」
「そんなことないですよ。紫苑さんに助けて頂きましたし、私にとって……命の恩人みたいな人ですし」
少し恥ずかしく、言葉が途切れ途切れになってしまう。熱が顔に籠り、赤面しているのが自分でもわかり余計に恥ずかしくなってしまう。けれど彼はそんな私を見ながら優しく笑ってくれる。
優しく声を掛けられる度に照れ臭くなりながらも私も自然と笑みが零れていた。こんなに安心できる、安らぎと心地よさがある牢なんて多分、他にはないと思う。というよりも家族以外の人と一緒にいて強い安心感を抱いたのは初めてだった。
だからこんなに優しそうな人が反乱の片棒を担ぐなんて私には考えられなかった。どうしても確かめたいと思ってしまう。アズランド家との内紛問題。そして彼はやはりアズランドと通じているのだろうか。
「紫苑って花の名前ですよね。綺麗な青い花で紫苑さんにぴったりですね」
「ありがとうございます。そうですね―……。私の名前……私のような人間がこの国……というよりもこの近辺では見慣れないものですね」
確かに見慣れないかもしれない。容姿も日本人そのものでありながら黒い美しい髪に整った顔立ちに凛々しい姿。ある意味孤独な存在でどこか影があるようにも感じ、その横顔が寂しく思えた。
「私も……ドラストニアに来る前、紫苑さんと似てる人たちに囲まれて過ごしてました」
少し驚きながら紫苑さんは「私と?」と訊ねる。
日本にいた時のことを思い出しながら彼と話す。触れた文化や生活、人々との思い出。そんな中でも友達を作ってなんてことない日々を過ごしていた。ドラストニアのような戦争と隣り合わせな世界ではなかったけれど、すれ違いから諍いが起こったりする。でも命のやり取りをするような場所ではなかった。
「ロゼット殿は確かに人とどこか違った雰囲気を持ってますね」
彼の言葉に困ったように「可笑しいですか?」と訊ねてしまう。
「いえ、そういう意味ではなく、明るく活力を感じられます。そんな貴女に羨望を向けてしまうのは致し方ないのかもしれませんね。私も見習いたいと思っております」
羨ましがられるような人間でもないけれど、紫苑さんに言われてしまうとやっぱり照れてしまう。互いに似ている者同士でシンパシーを感じたのか、紫苑さんは自身の生い立ちをポツリと話し始める。
「私は……アズランド家で拾われの身だったのです」
何となくそんな感じはしていた。口にしたくはなかったから彼から聞かされたときには「やっぱり」という感想が真っ先に浮かぶ。ご両親のことを訊ねると淡々と「気づいた頃には一人でした」と答えが返ってくる。その時の様子がなんとも言えないほど寂しくて、胸がキュッと何かに締め付けられるような感覚に襲われる。
ドラストニア王国の二つの王家。一つはドラストニア王家ともう一つがアズランド王家。元々はこの二つの王家からドラストニア王国は成り立ち建国されたそうだ。ドラストニア家は政治を、そしてアズランド家は代々武家として国内の軍務を司っていた。やがて両家は現政権体制を構築したことにより、アズランド家がドラストニア家に実質仕えるという形に変わる。統一されてからは200年以上も続いているそうだがアズランド家が王家から武家に変わったのは今の当主になってからだそうだ。
「アズランド領内の賊討伐の義勇兵として参加したとき、当主に迎え入れていただきました。以来アズランドとドラストニアのために力を尽くすべく事にあたっておりました。十年前の事でしたので私が九つの頃だったと思います」
「え、私と同じ年で戦ってらしたんですか!? というかそれまでずっとお一人でいらしたんですか?」
紫苑さんは優しく微笑みながらで頷く。そんな苦労をしてきたのに、優しく笑みを溢す彼に更に胸が締め付けられる。アズランド当主に気に入られ、能力を買われてアズランド家の一員として迎え入れられるまでは本当に孤独に生きてきた。そんな彼に跡継ぎの長兄グラバリスタ将軍と次兄のバロール将軍のいわば兄弟になるという形。有体に言ってしまえば養子になったのだそうだ。
「当時長兄……グラバリスタ将軍に師事し、主に賊と他国からの襲撃の任にあたり活躍の場を設けて頂きました。長兄は温厚ですが戦場では鬼神の如く勇ましさでした」
「アズランド家の……跡継ぎになるはずだった方ですよね。紫苑さんの落ち着いた雰囲気もその人とどこか似ていたのかもしれませんね」
私の言葉に彼は少し嬉しそうに笑顔で応えてくれた。
「しかし―……将軍が逝去されからは当主も出会った頃のような気力も失ってはおりました。それでもドラストニアのために尽力しておりました」
「え?」
私は思わず聞き直してしまう。少し意外だったのだ。世継ぎを失ってもアズランドの当主はドラストニアのために尽力しようとしていた。ラインズさんとセルバンデスさんとの話し合いでも、この事実は出てこなかった。紫苑さんの話では長兄の将軍が亡くなってからもドラストニアには従軍していたのだそうだ。
「じゃあ、その……グラバリスタ将軍が亡くなったことが今回の紛争に繋がったわけじゃないんですか?」
「真意はわかりませんが私が傍で見ていた限りではそのような素振りは見られませんでした。ただ、何か考え方が変わったような感じが……」
「そうなんですか? 元々どんな人だったんですか?」
「アズランドは軍事を司ってはおりましたが、無用な戦は避ける傾向にございました。ですので実際には精鋭のみで、余計な戦力は戦糧の兼ね合いもあって保有しない方針でした。しかしここ最近で軍拡を行い領内の諸侯との付き合いも避けている傾向があったように感じます。元々人との付き合いや関わりを大切にされる方でしたのでどうにもそこは腑に落ちないと言いますか……」
紫苑さんから聞き出すことが出来た、真意。人が変わったような行動には確かに疑問が残る。跡継ぎを失った後でもドラストニアに尽力しようとしていたこと。紫苑さんの話が嘘とは到底思えない。困惑して頭を抱える私に紫苑さんが心配そうに声を掛けてくれる。なんでもないと答えて引き続き話を聞こうとした時、牢獄の入り口の方から誰かがこちらへ向かってくる物音が響き渡る。急いでその場から離れて隠し通路の方へと隠れる。
聞き覚えがある声、そしてあの香水の匂いで直感で誰かを感じ取る。
「シャーナル皇女……?」
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