第8話 王家と旧王家

 食堂から出ると先輩ハウスキーパー数名が気遣ってくれて、すぐにセルバンデスさんが私の元へと駆け寄る。


「気分を害されましたなら申し訳ございません。先ほどの『長老派』の三名が他の王位継承者。皇子殿下とは対立する立場にはございますが本来は身内でございます」


「何の役にも立てそうになさそうですけどね……」


「いえ、そんなことはございません。むしろロゼット様が他者の視点から観察することで見えてくるものもございます。私やラインズ様では立場上、行動に制約が設けられてしまいます」


 しかし私の場合はそうではない。身元割れしていない私ならばある程度の自由な行動も可能という点に着目し、先ほどのような冷静な立ち振る舞いができることに確信を持ったのだそうだ。


「ちょっと起こっちゃいそうでしたけどね。だってムカつくんですもん!! あんな風に名前を馬鹿にしなくたって……」


 あそこまで嫌味なことを言われ続けていたら小学生なら簡単に怒ってボロを出してしまう。そんな合わない役割を与えられて少々ストレスがたまりそうな予感。


「落ち着いてください。即位されればもっと大変です。今のうちに忍耐力を身に着けておきましょう。お辛い立場ではございますが、今は辛抱が必要とされております」


「ど、努力はします」


 二人でそんな会話をしていると食堂からは笑いが巻き起こっていた。やっぱり私のことを小馬鹿にしていたのだろうか。ジト目で食堂の扉を見ているとセルバンデスさんに宥められる。次の食事の配膳までの間、今度は彼らの内情を教えてもらう。


「長老派の人たちはその……敵なんですか?」


 私の疑問に首を傾げるセルバンデスさん。一言で説明するのは難しいようで彼らは対立派閥ではあっても『敵』ではないと言う。私も一緒になって首を傾げてしまう。すると今度は簡単にシャーナル皇女を含む王位継承者について話してくれた。

 口ひげを蓄えている軍人風の男性、『ポスト公爵』。彼は元軍人であり武家の出。ドラストニア内が今よりも荒れていた時期にて統治に尽力、その活躍が認められ公爵の称号を与えられる。色白の優男、『ロブトン大公』は名家の家柄。彼の家系も統治に尽力しており、現在の公爵達を束ねたことから『大公』と称されている。現在はロブトンが『大公』の称号を継承した形となっているが、彼自身も地方と多くの繋がりを持つほどに実力を持っている。

 そして『シャーナル皇女』。彼女は唯一の王家の血筋であり、元は地方の分家にあたる。


「シャーナル皇女に継承権があるのはわかったんですけど、後の二人は王家とどんな関係があるんですか?」


「お二人の奥方が王家に縁のある者だったというところでしょうか。ですがそれだけでは王位継承者としての資格はございません。ラインズ様のように特殊な場合もございますが……」


 王家でもない二人に実際には継承権はない。だが、ポスト公爵には実務経験において実績があり、その実力を買われたことで次期国王の側近となりうる可能性は大いにある。そうなった場合どうなるのか。


「国王が傀儡となり、実質的な権威は摂政。いわば側近が支配者として権力を振るうことになるでしょう」


「じゃあ、あの色白の人も同じなんですか?」


「ロブトン大公も実情は同じです。ただ世襲貴族ということもあり、実務に関しては未知数です」


 彼は親から引き継いだ地位だと言われている。ただその能力が見合っているのか疑問視されており、国王派からは特に疑念を抱かれているらしい。互いに牽制し合う関係の中で舞い込んできた人がシャーナル皇女であった。


「じゃあ、あの皇女様は最後に入り込んできたってことですか?」


「ええ。しかし、陛下との交流はございました。陛下も皇女殿下のことを高く評価しており、特に達見に関してはラインズ様以上のものをお持ちです」


 鋭い洞察力の持ち主で周囲に常に警戒心を向けている。長老派の人間にも決して気を許さない。確かに見たままの彼女は氷のように冷たい存在に感じた。


「いかなることにも苦心を厭わない姿勢。剣術にも長けておられます。継承権を抜きに考えても、素養は十分にございます」


「え、そんなにすごい人なんですか??」


「私が見てきた中でも随一の才覚をお持ちだと思われます。剣術にも長け、馬術、弓術、あらゆる面でその才覚を発揮しておられます」


「て、天才じゃないですか」


「ええ……誠、皇女殿下は才女でございます」


 彼女の才覚を誉める言葉とは裏腹に表情は曇っている。そんな彼女は長老派。私たちの味方という立ち場ではなく、対立している。敵として相手にしなければならない。そう考えると私まで気が滅入ってしまう。

 ただ、何も私じゃなくてもそれだけの才能があるシャーナル皇女が即位すれば良いのでは、という疑問が浮かぶ。


「シャーナル皇女は血縁者なんですよね? むしろ王位継承者なら彼女が即位するべきなんじゃないんですか?」


「確かにそうおっしゃられる方も少なくはございません。ですが、亡き陛下の意志はロゼット様なのです。嫡子ということもございます。ロゼット様も正統性はあり、私も陛下のご意志に従う所存です」


 やはりそこに行きついてしまう。結局のところ選択肢などなかった。ここまで巻き込まれてしまった以上、拒む気なんてなかったけど不安は大きい。誰もかれもが敵に見えてしまう。というよりも私に味方なんているのだろうか。そんな私の不安を感じ取ったセルバンデスさん。嗄れた声で優しい言葉をかけてくれる。


「ご心配には及びません。ロゼット様の御身は我々が身命を賭してお守り致します。身元が割れるようなことは絶対にありえません。ですからどうかご安心ください」


「そ、そんな大袈裟にしなくても大丈夫ですよ。そもそも私が王位継承者なんて話してもきっと誰も信じないと思いますし」


 あまり目立つようなことがあれば、かえって彼らの目に留まってしまう。私も出来ることならこれ以上、何かに巻き込まれることも嫌だった。一癖も二癖もありそうな面々との出会いに、更に不安が募る。


 ◇ 


 先程とは打って変わり、会食自体は団欒とした雰囲気で食事を愉しんでいる様子。料理に対して評価が飛んでくるものかと冷々していたけれど、概ね評価自体は悪いものではなかった。とは言っても私たちが作ったわけでもないので不安に思う必要もないんだけど。それでもビクビクしてしまうような何とも言えない、あの空気感がそう思わせるのだ。

 食事も進みメインディッシュへと移行。何事もなく終わるかと安堵しきっていたが、料理を運ぶ際に高官から横目で見られていることに気づく。物色するような、好奇の目に嫌悪感を抱いてしまう。


(さっきのこともあってみんな警戒してるのかな……。みんなの様子を観察しろとは言われたけどこれじゃ、やり辛いなぁ)


 横目で見ていた高官の一人と目が合い、すぐさま怖くなり逸らした。警戒している目というよりも、もっと別の何かを見るような目つき。子供の私でも感じ取れるくらいには不気味に思えた。

 私達が配膳している最中、口火が切られた。遂に「アズランド家」という言葉が飛び交い私も耳を傾ける。


「アズランドが野営地を敷きひと月、交渉は何の進展もないままで王都民の間では不安の声が強まっております。このまま膠着状態が続けば治安の悪化にも繋がりましょう」


「アズランドに隙を作ることにもなります。王都が戦禍になる前にこちらから夜襲を……」


 国王派の高官が提案をしたところで長老派の初老の高官が口を挟む。彼は長老派の間では『カルネウス大老』と呼ばれていた。


「武を以て制したところで、何も変わらんのではないか? むしろ、王都民に不信感を募らせる結果になろう」


「不信感とは……? 大老殿、お言葉ではございますがこのまま野営地を敷かせ、いつ襲撃されるか分からないままでいることの方が王都民にとって不安の種になりましょう」

 大老に反論する高官。その言葉に更に別の長老派の高官が「彼らもドラストニアの国民。刃を向けると?」と反論する。


「先にも刃を向けたのはアズランドだ。それに彼らはドラストニアの名の下ではなく、「アズランド王家」を名乗っている時点で謀反も同然ではないか」


 この言葉を皮切りに両陣営間で言葉の応酬が巻き起こる。配膳を終えたところでやっと解放されると思ったら、この有様。慌てふためいていると、国王派の高官から声を掛けられ案内される。なおも続く論争に横目で眺めるしか出来なかったが、高官からは「いつもの事です」と言われ、ジト目になってしまう。ラインズさんの後方に用意されていた椅子に腰を掛けるよう促されているところで鈴が鳴った。鳴らしたのはラインズさんだった。それに続くように今度はロブトン大公が間を取りなす。


「各陣営の考えは御尤もです。彼らも東南の地を治める旧王家であり、今は諸侯を束ねる地位にもございました。軍事の面においての功績も高く、彼らの軍事力と衝突するのは避けたいところです……」


 ロブトン大公が軍事衝突を避けるように提案をしたけれど、その意見に対して口を挟んだのはカルネウス大老。


「大公、まだ彼らは、『王家』として諸侯からは認識されておる。旧王家と口にするのは、少々軽率ではないか?」


 彼の言葉にロブトン大公も謝罪をして、それ以上の何かを言う事はなかった。

 しかし、シャーナル皇女が「ね」と横やりを入れる。カルネウス大老は不機嫌そうにシャーナル皇女を横目で見る。彼女は紅茶を涼しげな表情で啜っているだけだった。彼女の言葉に続くように国王派の高官の一人が声を上げる。


「東南の諸侯がどう思っていようとも、王家はドラストニア。現に他の諸侯はドラストニアの下で忠誠を誓っている。それはアズランドであっても同じこと。一つの国家に二つの王家を認めてしまえば『王』の存在意義が問われ兼ねない」


 カルネウス大老も黙って引き下がるわけでもなく、現状の打開策を問う。


「その『王』が不在である以上、その存在意義さえも危ぶまれるのも当然だろう。であるのならば諸侯の協力を取り付けるのに如何なされるおつもりかな?」


「だからアズランドを王家として認めると? それこそ内乱を起こす引き金にしかなりえません。ならドラストニアは今後どうあるべきか……」


 再び論争が巻き起こる。何度も同じ光景を見ているロゼットは少し呆れつつもラインズに呼ばれたために彼の元にかけ寄る。ラインズさんは顔をしかめて「味付け薄くないか?」と耳打つ。「そんなことはない」と私は答えるけれど、意図としては彼らに対するあてつけであった。


「せっかくの食事が台無しね。そうは思いません? ラインズ皇子」


 冷ややかな視線を向けつつも笑みを浮かべているシャーナル皇女。彼女も紅茶を愉しんでいたけれど周囲の高官の論争で台無しだと文句を言いたげであった。


「シャーナル皇女はどのようにお考えです? 二つの王家という対立構図がある以上、我々が取るべき選択は何でしょうかね?」


 論争の中でシャーナル皇女自身に問いかけるラインズさん。


「だからなのでしょう?」


 彼女は意味深に答える。それに対して少し苦笑いというか、困ったような笑みを浮かべるラインズさん。彼女の意図したことがどういうことなのか、私にはわからない。けれどラインズさんはそれを読み取ってている。そのまま論争はもつれたままで終わりを迎えた。

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