インペリウム『皇国物語』

funky45

プロローグ

黄昏に染まる滅びの丘

 モヤモヤとした感覚。浮かぶ雲も空も、小麦色に染まっている。辺りは熱く、熱気のようなものを感じられる。同時に風の冷たさも肌に触れる―――。風の強い曇りの日なんかが、似たような感覚。その夕暮れ時、丁度小麦色から朱に変わる夕日が見える。


 暗くて辺りは見えづらく視界も悪い。風が思ったよりも強すぎて目も開け辛い。その目の前の丘に佇んでいる人影。ハッキリとした輪郭はわからない。けれども、長く薄い色の髪、光に僅かに照らされ綺麗な無数の糸のように風で靡く。物悲しげに寂しく、たった一人でそこにいる。その人が誰なのかさえもわからない。ここが何処なのかも。頭もボヤけていて、思考が働かない。寝起きのような重たい感覚がずっと続いている状態。


 その光景を呆けるように眺めていると、夕陽が朱に光輝く。それは一瞬にして強烈な閃光へと変わり、辺りが白く包まれる。光が晴れていくと共に揺れていることが分かった。揺れは徐々に加速するように激しくなり、暴風が襲いかかってくる。


 草や土が舞い、目も開けれないほどに強烈な風―――『爆風』が襲い掛かる。やがて止み、目を開けると、まだそこに人影は立っている。朱と小麦色の入り混じる光。夕陽に僅かに染まる暗雲、夕闇の空。その空にいくつもの白い軌跡が伝うように光っている。流れ星のような軌道を描き、無数に丘の向こう側へと向かっていく。


 その軌道が向かう度に、また強烈な閃光が襲いかかる。何度も繰り返される。

 繰り返される内に目を開けると今度は丘の上に立っていた。丘の向こう側、夕陽が沈む光景が広がる。薄暗い大地に微かに映る、光景。風は強いのに目はハッキリと開いている。何かが蠢いているようにも見える。風に揺られる草原、草木だったのかもしれないし、動物だったのかもしれない。あるいは人だったのかも――……。


 その瞬間、脳裏に映し出される光景。見たこともない、経験したこともない出来事が走馬灯のように過る。


「一度生まれ出てしまったもの――」


「まるで傷痕のように、ずっと残り続ける」


「簡単には消えやしない。消えてくれない……」


 自分以外の誰かの声。身体の自由はないのに口の動く感覚。自分の意志とは関係なく、手の平を閉じて開いて見せる。自分以外の誰かの視点を私自身が観ている、おかしな感覚だ。自分じゃないこの人が呟いた言葉、声。全く意味はわからない、知らないはずなのに、なぜか知っている気がする。奇妙な感覚、本当に変な感じだ。


 周囲からは光の線がいくつも空へ向かっていく。光の玉のようなものが地面から現れては空へと延びていく。それは徐々に増えていき、頭上の遥か上空。暗闇へと向かって無数の光が集まっていく。球体を描くように、黄金色こがねいろの光たちは集まり膨らんでいく。ただそれを呆然と眺め続ける――……。さっきの閃光のような光とは違う。


 身体が熱くなる。それと同時に震えていた。どこか冷たくて、訳もなく『悲しい』という気持ちが強くなる。周囲の風が強くなり、草原の草が舞い上がる。


 あの黄金色こがねいろの光に全てが集まっていく。それに反発するように、光の色は広がる。それはやがて周囲にも広がり、辺り一面の暗雲にも色付いていく。夕日が落ちる頃のような光景。『黄昏』時――そんな輝きに染まる空。


 時が止まったかのように、周囲の動きがゆっくりに感じる。段々と視界がぼやけて見え辛くなっていた。頬を熱いものが伝う。零れるように伝う粒も、光へと取り込まれるように宙へ向かう。身体も宙を浮かんでおり、地面の草の感覚が無くなっていた。


「何がそんなに悲しいの?」


 心の中でそう訊ねる。答えが返ってくるわけでもない。聞けばわかると思った。自分の心もそうだったから。何がそんなに悲しいのか、苦しいのかがわからない。それなのに、胸を締め付けられる。何人もの人に心臓を思いっきり締め付けられているようで。息もつまってしまいそうなほど、何かを恋しく思うような。欲しているような苦しさだった。


 そして一瞬、時が止まる。すべてがまるで静止画のように音さえも止まっていた。音は止まったまま、視界の光が強烈な閃光へと変わった。音も視界も無いまま、身体に突き刺さるような爆風が襲い掛かる。身体の感覚も徐々に無くなり。目の前には見えない閃光、白い空間だけが広がっているようだった。その空間にただ一人、自分だけがいる。その自分の意識さえも徐々に失いかけていた。少しだけ眠くなって……。


「やっと……。少しだけ……眠らせて欲しい」


『この人』も同じだった。でも少しだけとは言わずに、眠れるだけ眠りたい。鼓動はすごく強く脈打ってるのに、身体は氷のように冷たく動かない。まぶたも重たい。でも空を飛んでいるような、急降下しているような感覚だった。ふわふわと身体が軽くなっていく。すごく気持ちが良い。


「おやすみなさい……」


 深い眠り。目が覚めるかどうか不安になるほど、何も感じられない。そんな不安さえも、やがて消えてしまった――……。

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