近くて遠い世界 4
時間は流れ、コンテストの終わりを告げる鐘が鳴った。
「結局、後ろ盾になってくれるような人は見つかりませんでしたね」
ティーネが寂しそうに眉を落とすのを見て、俺は拳を握り締めた。
「ティーネ、すまない」
「私が選んだんだから、アルベルトさんのせいじゃないです。私、会長さんを探して、結婚するって言ってきますね」
ふっと視線を逸らして、立ち去ろうとする。ティーネの腕を慌てて捕まえた。
「待った。それはダメだ」
ここには商人がたくさんいるし、ウォルフも興味を示してくれた。
ティーネの店付きの家を買い取ってもらって、それでも返済できない分は、ポーションの製法を売ってお金にする――とか、時間的には厳しいけど足掻く価値はあると思う。
最悪、俺のドラゴンスレイヤーを抵当に入れてもいい。
本来なら他人のためにそこまでする気にはならないはずだ。けど、ティーネはどうしてか放っておけない。それに、ミレーヌさんの願いも、なぜか無視できない。
「ティーネさんはあなたですか?」
不意に話しかけられる。視線を向けると、運営の人間らしき男が立っていた。
「えっと……そうです、私がティーネですけど?」
「そうですか、あなたが。――おめでとうございます。あなたの製作したポーションがコンテストで特別賞を受賞を果たしました」
「……え、コンテストで、受賞?」
「はい。つきましてはあちらで表彰をいたしますので、ついてきてください」
俺達は顔を見合わせた。
「アルベルトさん。特別賞、だって」
「ああ、良かったな」
後ろ盾が見つかったわけじゃないけど、評価されたのは事実だ。運が良ければ、今日のお祭りが終わるまでに後ろ盾を見つけられるかもしれない。
「ありがとう。全部、アルベルトさんのおかげだよ!」
「いや、ティーネががんばったからだ。さあ、表彰してもらっておいで」
運営が待っているのを見て促す。
「アルベルトさんも一緒に……」
「いや、ティーネの印象を強くするためにも一人で表彰された方がいい。それに、ここを見てる人も必要だろ?」
俺はあれこれ理由をつけて、ティーネが表彰されに行くように誘導する。ティーネは少し迷っていたが、結局は一人で表彰されに行った。
それを見届けると、向こうからやって来ていたラウザ商会の会長がやってくる。なんとか、ティーネに会わせずに済んだようだ。
「……なんだ、おまえだけか?」
「ああ。ティーネは表彰されに行った」
「表彰、だと?」
「ああ。ティーネが開発したポーションは表彰されるくらい凄いってことだ。これなら、確実に売れるし、借金も徐々に返していけるだろう。……問題はないな?」
「ぐぬ……っ」
会長の顔色が変わった。やはり、ティーネが評価されることを望んでいないようだ。理由は分からないが、目的はティーネで間違いなさそうだ。
だとすれば――
「……ふっ。話にならんな。ポーションが運良く表彰されたからといって、あのような幼い娘が借金を返していけるとは思わん。やはり、今日中に借金は返済してもらおう」
予想通り、会長はティーネを手に入れる方向に話を進めてきた。
「ずいぶんとティーネにご執心のようだな?」
「なんのことか分からんな。わしはただ、貸した金をきっちり回収したいだけだ」
会長は惚けるが、注意深く観察するとわずかに動揺しているのが分かる。問題は、なんでティーネにこだわってるのかってことだな。
……少し探りを入れてみるか。
「……そうか。なら、あの家とポーションの製作技術を売って借金を返すしかないな」
「話にならんな。あの家にも、そのポーションの製作方法にもそこまでの価値はない」
「誰がおまえに売ると言った?」
「わしと敵対してまで、製法を買おうとする商人が見つかると思っているのか?」
「売る相手は商人以外にもいる。冒険者ギルドや生産ギルド、もしくは商業ギルドに話を持ちかけてもいい」
各種ギルドであれば、商会の力は及ばない。
もちろん買い取ってくれるとも限らないけど、内容を考えれば勝算は十分にある。それが分かったのだろう。会長の顔に焦りが浮かんだ。
「そもそも、ティーネの親がした借金。現在の返済額は本当に正当なのか? ティーネに執心しているところを見ると、怪しい気がするんだが?」
「なっ! わ、わしが不正をしてるとでも言うつもりか!?」
「さぁ……どうだろうな。だが、叩けば埃は出るんじゃないか? 商業ギルドに依頼して、調べてもらったらどうなるかな?」
「くっ。貴様ぁ……」
会長の顔が真っ赤になる。ここでまで怒るってことは図星な可能性が高そうだけど……実際のところは調べてる時間がない。
上手く痛み分けに持ち込んで、時間を稼ぐのが得策か。
「なにを騒いでいる?」
どこからともなく、ウォルフが現れた。
「なんじゃ、お主は。いまはわしが話しているところだ、引っ込んでおれ」
「ほう? この俺にそのような口を利くか」
「なんじゃと? ……なっ、まさか。いや、そんなはず……」
「そのまさかだ。潰されたくなければ黙っていろ」
「くっ……」
他の商人に圧力を掛けるほどの力を持つラウザ商会の会長が口を閉ざした。ウォルフの正体は分からないけど、もしかしたら力になってくれるかも知れない。
あらためて、なにがあったかと問い掛けてくるウォルフに、俺は実は――と、ティーネの境遇と、早急に借金を返す必要がある事情を話した。
「なるほど、あの娘の親が借金をな」
「ウォルフ、勝手なお願いだとは思うが、もし可能なら、借金を立て替えてくれないか?」
「ほう? それで俺になんの得がある?」
突き放したようなセリフだが、その顔は俺を説得して見せろと言わんばかりで、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
これはティーネを救うチャンスだ。出来ればティーネの確認を取りたいところだけど、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「そうだな……あのポーションの生産、販売に一枚噛むって言うのはどうだ?」
「ふむ。具体的には?」
「あんたの立場が分からないが……専属契約を結ぶとか」
「……そうだな。興味はあるが、俺の立場として、あまり個人に介入するわけにはいかん。もう少しなにかあるのなら別だが……」
「他のなにか、か……」
ここに来てティーネを見捨てるという選択はありえない。俺の持つ他の知識を出してでも、ティーネの自由を勝ち取りたい。
なにかあったかなと考えていると、受賞を終えたティーネが戻ってきた。
「あれ? アルベルトさん、これは……?」
「会長の方は言わずもがなだ。で、ウォルフはもしかしたら力になってくれるかも知れない」
「力に? ……本当ですか?」
ティーネがウォルフに期待に眼差しを向ける。
「まだ決めてはいない。ティーネとか言ったな。おまえの意思を聞かせてもらおう。なぜポーションを作っている?」
「それは……お母さんを助けたかったから、です」
「助けたかった、だと?」
過去形であることを疑問に思ったんだろう。ウォルフは首を傾げた。
「お母さんは病気で、それを治せるようなポーションを作りたかったんです。結局は、間に合いませんでしたけど……」
「そう、か。それならばなぜ、いまも作っている?」
「お父さんやお母さんが私に残してくれた技術だからです。それに……お母さんは救えなかったけど、他の人は救えるかもしれないから……」
ティーネは寂しげに微笑んで、私と同じような目に遭う人を減らしたいと、首から提げていたネックレスをぎゅっと握り締めた。
「――むっ。ティーネよ、そのネックレスを見せてくれ」
「え、これですか? 良いですけど……」
ティーネがネックレスを掲げると、ウォルフはカッと目を見開いた。
「このネックレスはどこで手に入れた?」
「これは、お母さんの形見のネックレスです」
「形見、だと? では、母親がどこから入手したのかは知っているか?」
「お母さんは、自分の母からもらったそうですけど……」
俺から伝え聞いただけのティーネは自信なさげに答える。
「……そうか。では最後の質問だ。おまえの両親の名は?」
「え、お父さんはロンドで、お母さんは――」
「ミレーヌというのだな」
「……どうして、知ってるんですか?」
目を見開くティーネに対して、ウォルフは物憂げな表情を見せた。だが次の瞬間、苛烈な視線を会長へと浴びせる。
「貴様、借金の形にこの娘を手に入れようとしていたようだが……知っていたな?」
「な、なんのことでしょう? わしにはなにも分かりません!」
「そうか? なら、安心するがいい。借金は俺が全額支払ってやろう。――ただし、おまえのことを調査してからだ。もし後ろ暗いことがあれば……覚悟しておけ」
「ひっ、ひぃっ!」
会長は悲鳴を上げて逃げ去っていく。予想もしていなかった展開で、どう反応して良いのか分からないと、俺とティーネは顔を見合わせた。
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