近くて遠い世界 3
お祭りの三日目。
その日はコンテストの当日で、商会長が定めた期限でもある。ティーネは自ら未来を勝ち取るために、生産系のコンテストへと参加した。
初日には深窓の歌姫コノハがコンサートを開催した会場に、職人が自慢の商品を紹介するためのスペースが所狭しと並んでいる。
そんなスペースの片隅で、ティーネは開発したポーションのサンプルを展示していく。
その場にいるのは当人のティーネと俺の二人だけ。
結局、アリスは葬儀の日を最後に一度も姿を見せていない。ユイから所用に追われているとは聞いているけど、一度も顔を出さないのはいくらなんでも酷いと思う。
今度あったら、絶対に文句を言ってやる。
「アルベルトさん、レイアウトってどうしたら良いと思います? 上手く決まらなくって」
自分達に割り当てられた露店のようなスペースで、展示品のポーションを並べていたティーネが呼びかけてきた。俺は正面に回り込んで確認する。
「ん~そうだなぁ。聞きかじった知識で俺も詳しくはないんだけど、商品を綺麗にレイアウトするには、三角形を意識すると良いらしいぞ?」
「……三角形、ですか?」
「そうだ。ポーションの展示なら、ポーションの小瓶を縦に、その下に効果を書いた横長のプレートを貼り付けると三角形になるんじゃないかな?」
「……こんな感じですか? あ、たしかに安定感が増しました」
「そうだな。あとは――」
俺はポーションとプレートの組み合わせで出来上がった三角形をいくつか並べていく。同じ形を繰り返すことで、動きがあるように見せる。
更には、展示スペースを真ん中で区切って、それらを左右対称に並べれば、全体的に商品を美しく見せることが出来る、らしい。
「人は左から右、上から下に見ることが多いらしいから、一番の目玉は三角形の頂点、かな」
ポイントは詰めすぎないこと。ついでに商品の周囲に黒い布を貼ってネガティブスペースを作る。これで視線が商品に集まりやすくなるらしい。
「こんな感じでどうだ?」
「わぁ、たしかに綺麗に纏まりましたね。アルベルトさん、凄いです!」
ティーネが目を輝かせている。気に入ってもらえたようでなによりだ。俺に教えてくれたかつての仲間に感謝だな。
――と、そんな感じで並べ終わる頃、コンテストが開催されて、会場内に人が入ってくる。
一般客や審査員もいるけれど、その多くが商人らしい。気に入った商品なんかがあれば、自分の店で取り扱えるか交渉をするそうだ。
俺は開催前に軽く展示されている商品を見て回ったんだけど、目新しい商品はそこまで多くない。ほとんどが既存の商品に手を加えた程度の物である。
そんな中、魔力をも回復するティーネの初級ポーションは頭一つ抜きん出ている。ポーションが品薄であることを考えても、注目を集めるだろう。
――と思っていたのだが、立ち寄る客は思ったより少ない。それに立ち寄った客も、興味深そうにポーションを見たあと、なにかに気付いてそそくさと立ち去っていく。
「アルベルトさん、なにかおかしなところがあるんでしょうか?」
「うぅん、そんなことはないと思うんだけど……」
たとえば販売予定価格が一桁間違っているとか、そんなことは決してない。魔力が回復することを考慮すれば安いくらいだ。
少なくとも、そそくさと立ち去るほどに高い値段ということはない。
「どっちかというと……」
「なんですか?」
俺は静かに首を横に振った。
同情するような視線や、なにかに気付いて立ち去る客から考えて、どこかから圧力が掛かってるんじゃないだろうか――とそんな風に思ったけど、ティーネに教えるのはためらわれる。
だが――
「こちらのポーション、効果を確認させてもらっても構いませんか?」
一人の男が俺達のスペースに興味を示してくれた。身なりがかなりしっかりしているので、商人か富豪、ここにいると言うことはおそらく商人だろう。
「もちろんです。こちら、確認用のサンプルですっ」
ティーネが嬉しそうに、サンプルを差し出す。だけど、それを男が受け取る寸前、横から二人の男が割り込んできた。
「おぉ、なんだここ、ポーションを扱ってるのか?」
「おいおい、ここ、あれじゃねぇか。ラウザ商会に喧嘩を売ったって話だぜ。この店と取り引きされたら、ラウザ商会に干されちまうって!」
「そりゃ大変だ。この付近はラウザ商会が幅を利かせてるからな。潰されちまうぜ。おう、そこのおっさんも気を付けなよ?」
男達はこれ見よがしにそんな話をして、笑いながら立ち去っていく。
ここまで来たら疑いようもない。ラウザ商会がティーネと取り引きをしないように圧力を掛けている。いまのも、ラウザ商会が嫌がらせに雇ったとか、そんな感じだろう。
「あ……その、すみません。やはり失礼します」
効果を確認したいと言っていた男まで、そそくさと立ち去ってしまった。大丈夫かと隣に視線を向ければ、ティーネは拳を握り締めて悔しそうな顔をしていた。
「あの人、最初から私を潰すつもりだったんだ……」
「そう、かもな」
「悔しい……です。これから、がんばって生きようって……そう、思ったのに」
「ティーネ……」
妨害するということは、ポーションの価値を認めているということでもある。
ティーネの才能を見込んで、手に入れようとしている可能性もある、のか? 普通に支援して、アルケミストとして囲い込んでしまえば良い気がするんだけど……腑に落ちないな。
いや、いまはラウザ商会の思惑よりも、この状況をどうくつがえすかが問題だ。直接的な嫌がらせなら俺が対抗できるけど、こういう圧力に対抗する力はない。
このまま後ろ盾が見つからなかったら、ティーネを連れて逃げるくらいしか思いつかないぞ。困ったな――と考えていると、再び客がやって来た。
「また会ったな」
見覚えのある、金髪碧眼のおじさんがそこにいた。
「あんたはたしか……ウォルフさんだったか?」
「おう。なにやら苦労してるみたいだな」
「見てたのか。なんとかしたいんだが、目を付けられた理由が読み切れなくてな」
「そうか。……ところで、この最高品質の初級ポーションの効果は本当なのか? 疲労や体力だけでなく、魔力まで回復すると書いてあるが……」
「ああ、本当だ。これは――」
説明をしようとした瞬間、またもやさっきの二人組が割り込んできた。しかもまるで焼き直しのように、さっきと同じセリフを口にする。
だが――
「邪魔だ。俺がいま、こいつらと話をしてるのが見えないのか?」
ウォルフは茶番劇を一蹴した。
「な、なんだと? 俺はお前のことを心配して、親切に教えてやったんだぞ!?」
「頼んだ覚えはない。邪魔だからどけ」
「くっ、覚えてろよ!」
男達は忌々しそうな顔で立ち去っていった。
「ウォルフ、良かったのか?」
「ん? あぁ、あの程度の小物、どうということはない」
「……そうか。もし、冒険者が必要なときがあればいってくれ。恩は返させてもらうから」
「ふっ、なにかあれば依頼させてもらおう。だが、恩だとか気にする必要はないぞ。このポーションに興味を持っただけで、別におまえ達に気を使ったわけじゃないからな」
なかなかに男前だ。少し話をすると、このあいだ渡したポーションの効果も確認済みで、ずいぶんと評価してくれているらしい。
だから、このポーションも楽しみだと言ってくれた。
「そうか。なら、ポーションのサンプルを多めに持って行ってくれ。この子ががんばって作ったんだ。将来的には、安定した供給も視野に入れている」
何者かは知らないけど、売り込みどころだとティーネを紹介する。
「ほぅ、嬢ちゃんが作ったのか? まだ小さいのに優秀だな」
実はウォルフが大きな商会の代表で――なんてことを期待したんだけど、ウォルフはティーネにいくつか質問をした後、サンプルを持って立ち去っていった。
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