第2話

【才能なんて必要ない!】


二話


「やってしまった……」

翌日、俺が目を覚ましたのは十二時を回ってからだった。小桜の姿は見えないがそんなことはどうでもいい。一刻も早く行かないと。

昨日から制服のままだったので、少し服を払って窓から飛び出した。

昼で寮には殆ど人がいないからか誰にも会わずに男子禁制の敷地内から出ることが出来た。というか、小桜はどうやって俺を運んだんだ?いや、今はそんなことより学校だ!

寮から走ってすぐに才能学園が見えてきた。

まだ授業中なのか校舎内はガヤガヤとしたうるささはない。

さっさと靴をはきかえて三階の俺の教室へと入ろうと引き戸を開いて一歩踏み出そうとすると、なにか鋭いものが空を裂くような音を立てて俺の頬を掠めた。

ゴクリと生唾を飲み込んで恐る恐る振り返ってみると俺の後ろには弾丸でも打ち込まれたかのような跡が残っていた。

「ひっ!」

「おい。松岡……今何時だと思ってるんだ?」

首だけ向き直り、黒板の前には体格のいい赤ジャージ姿の鬼塚先生が、眉を寄せて鬼のような表層でいた。まるで赤鬼だぜ……

「え、えっと……十二時過ぎです!」

きっちり背筋を伸ばして声を張ったのにも関わらず、俺の横をまた何かが通過してバチンっ!と酷い音を鳴らした。

「ひっ……」

「次は当てるぞ。……今は何時だ?」

そう言って先生は新しいチョークを手に取って俺に向けた。…カラオケ?さっきのチョークかよ。どんな威力だ。ちょっと漏れた……

「ご、午後……」

「成績最下位の分際で午後から授業を受けるとは大した度胸だな……」

俺が言い切る前に先生が口を挟んできた。こりゃやばい。ちょっとしたジョークをかますしかない!

「最下位だから活動再開も遅いっ!なんつって!」

俺はその後、意識を失った。

目が覚めると、また知らない天井だがここは保健室らしい。なんども戦闘で運ばれてるから薬液の匂いやベットを囲むように配置されたカーテンなどですぐにわかった。

「いってて……」

体を起こそうとすると、頭が割れるほど痛い。

「あ、起きたのね。全く何回運ばれてきたら気が済むのよ?」

呆れた表情でツヤツヤの黒髪ポニーテールをかきあげると、大きな胸がたよんと動く。それに伴い俺の視線も同じように動く。そして、黒縁眼鏡をその女性は掛けるとカツカツとヒールを鳴らしながらこちらまで来た。

そして、先生が俺のおでこに触れた瞬間、痛みがすっと無くなった。

「……流石ですね。フェニックス先生」

「やめてよ。その呼び方。私には廣田真知子(ひろた まちこ)って名前があるんだからね?で?またなにをやらかしたの?」

足を組むとむっちりとした長い脚に目線が勝手に行ってしまう。

「またって……いつもなんか失敗してるみたいじゃないですか。違いますよ」

俺はなんとか視線を逸らしつつそう答える。

「えー?今日は戦闘系の授業は無いはずよね?」

「ま、まあそうですね。今日は遅刻してしまいまして」

「それでか……鬼塚先生とは運もなかったわね。あの人の才能は知ってるでしょ?」

「はい……チョーク使いの鬼塚と言ったら有名ですよね」

「正解!本気でやってたら貴方死んでたわよ?だから、もうこんなのはやめてね?」

あんな心配そうな瞳で言われたらもう答えなんてひとつしかない。

「はい。気をつけます」

「よろしい!じゃ、帰っていいわよ」

ペシンと背中を叩かれた。

「……痛いですよ。んじゃ、失礼しました」

引き戸を完全に締め切り、帰ろうと靴を履きかえ、校門まで行くと、桜色の髪がちょっと生暖かくなってきた春風とも夏風とも取れない風に靡いているのが見えた。

「はぁ……」

ため息がこぼれる。さっさと帰ろう。

「なんで帰るし!」

彼女の横を素通りしようとすると、軽く肩を手提げバックで殴られた。

「なんだよ……」

「なんだよ。じゃないし!」

ジト目をむけてくる小桜。

「……なんだよ」

「もう!訓練するって言ったでしょ!」

「あ、そっか!すっかり忘れてたぜ!」

「……うぇー。それ、可愛いとかそう思ってやってるならキモいよ」

冷たい声が胸に刺さる。ちょっとウインクして舌をだしたらこれだ。

「……じゃ、昨日のルールでいいか?」

「うんっ!」

全く、キラキラした瞳で見やがって。これだから女ってのはずるいぜ。

どこにでもあるようなゲーセンのコインを取り出し、空に打ち上げると夕日に反射しながら自由落下を始めた。

昨日のようなことにはならないぞ!身構えつつコインが落ちるのを待つ。

チャリーン。という合図と同時にナイフが飛んできていた。

全く、こいつは学ばないのか。

最小限の動きでそれを躱すと、ちょっと残念そうな顔をした。

「そっちからはなにもないの?じゃ、また行かせてもらうよ!」

避ける練習にはなるが、防戦一方だと負けしかねえ。隙を見つけるんだ。

なかなかの速度でナイフが飛んでくる。が、俺に当たることは無い。この程度油断さえしなければ避けきれる。というか、少し軌道がおかしい。……当てる気がないのか?

その時、小桜の動きが止まった。

今しかない!ここで反撃せずにいつするんだ!

奴の元まで走ろうと足を動かした瞬間、ブスッと、なにかが背中に刺さった。

「……え?」

「ナイフをブーメランにしたのよ!私の勝ちね!」

嬉々とした表情を浮かべる小桜がこちらにゆっくりと歩いてくる。でも、眠気は来ない。

「……ふっ」

背中に刺さったナイフを引き抜き、小桜の首に突き立てると、青ざめた表情になった。

今日のチョークだって先生は本気だった。弾丸を頭に打ち込まれて生きている人間なんていない。破壊力で言ったら銃弾と同じ。いやそれ以上だ。それを頭に受けて痛いで済むのは、この世界で俺だけだ。

「油断したな。小桜。俺は死なねえんだよ!」

「……それはどうかな?」

小桜はそう言って笑った。

グサッ……

俺の背中に何かが刺さった。

「……ま、まさか。一個じゃなかったのか」

「……さっき投げたの全部よ?」

それから、すぐに背中に抉られるかのような痛みが複数個。死なないとはいえ痛覚はあるのだ。

「うっ……」

痛みに耐えかね、俺はナイフを離してしまった。

「じゃ、おやすみ」

目の前で小桜は俺の落としたナイフを舐めると俺の心臓部を一突きされ、体が動かなくなった。

また、俺は負けたのか……

「……まだ!まだ負けてないよ!」

「ん?……ここは?」

目を開けると真っ白な場所にいた。見渡す限りなにもない。無だ。でも、ここ。何度か来たことがある。

それに、さっきの声……誰だ?聞き覚えのある若い女の子の声だ。

「……ここはあの世界じゃなくて、あの世とこの世の狭間にある言わば間の世界。君の才能で出来た場所でもあるんだけどね」

「……え?」

「でも、まだ君は才能の扱いがまるでなってない」

「そうかい。説教の前に訊きたいんだが、あんたは誰だ?」

「あはは!面白いことを聞くね!君は私だし、私は君だよ」

「は、はぁ?」

「私のことは置いといて、君だよ君!負けに負けまくってぇ!馬鹿なの?」

声だけが聞こえてくる。見渡したところで誰かの人影もなにもない。

「不死身ではあるけど、それ以上でも以下でもないんだよ。だから、不死身(サンドバック)とか言われるんだ……」

「はぁ……さっき、女の子だからって手加減したでしょ?」

「なんでだ?」

そう聞き返すと舌を三回鳴らして余裕のあるその声はゆったりと話し始めた。

「君は気づいてた。ナイフがブーメランになっていることも、そのナイフさえよければ勝手に自爆することも全部ね」

「……なぜそう言いきれる?」

「はぁ……だから言ってるでしょ?私は君なんだって」

確かにこの声の言ってることは合ってるし、実際その通り。だが……

「女に手を出せないんだね……大して強い訳でもないのに、そういうところは一丁前なのね。なら、手加減してあの子に勝てるようになりなさい!能力のコントロールさえ出来ればそのくらい簡単に出来るはずよ。……というかそんなのも出来ないの?」

くそ……俺のなんだか知らねえけど全部先回りされる。

「俺だって制御さえ出来ればいいことくらいわかってるんだよ!調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「くっ……」

目を開くと、いつの間にか俺はその白い世界から元いた世界に戻ってきていた。そして、学校のフェンスを突き破ってボールみたいに校庭へと跳ね転がっていく小桜が見えた。

「……なんだ?何が起きたんだ?」

「それが本当の君の力だ!」

頭の中に直接響くさっきの声。……俺の力だと?

「痛っ!」

ちょっと左腕を動かそうとすると、無茶苦茶痛かった。この感じは折れてる。それもボキボキだ。ちょっと動かしただけで痛い。この感じ粉砕骨折ってやつか?

「自分のリミッターってのを壊したんだよ」

「……は?」

「火事場の馬鹿力ってやつ?要するにそういうこと!」

説明になってないぜ……でも、大体わかった気がする。人間ってのは本来の力を制御するリミッターが存在する。力を出しすぎると身が持たないから、人は制御する。でも、俺にはそんなの必要ない。人より俺は再生能力には長けてるし、死なないのでね!……ってことだと思う。

「……い、今のは肋骨二、三本ってところね」

吹っ飛んでいった小桜がボロボロになりながらフラフラと立ち上がる。

「……もうやめよう。これ以上は俺もお前も戦えない」

「なんで?どっちも降参してないよね?ってことはまだ続くんだよ!」

そう言って彼女はどこに隠し持ってたのかは分からないが、ナイフを取り出した。

「はぁ……仕方ないな。死んでも知らないぞ?」

そして、小桜が不敵に笑ってそのナイフを振り上げた時だった。

「やめろ!馬鹿共!」

遠くから声が聞こえ、そのナイフが粉々に弾け飛んだ。

学校の三階くらいからなにかが叫んでる。遠くてよく分からないけど、あれは……鬼塚っぽいな。

あたりを見るとナイフの欠片と白い粉末のようなものがあった。

まさかあの距離からナイフめがけてチョークを投げたってのか?

「……信じらねえ。本当にあれはチョークなのか?プロのスナイパーですらこんな正確に抜けねえぞ……」

あれが小桜の頭にでも当たったら即死だったろう。小桜は腰を抜かし、ただナイフの破片に目をやるばかりだった。

「さすが鬼塚先生ですね。精度、威力ともにパーフェクト!」

声の方に目をやると、るんるんとスキップを踏み、ツインテールの銀髪を揺らしながら、背の低い女の子がニコニコと灼眼を光らせていた。

「貴方達、さすがにちょーっとやり過ぎね!」

「……貴方は?」

「あれ?私知らない?お姉さんショックだなぁ」

見た目は全くお姉さんという感じではない。むしろ妹っぽいとまで思う。

「あ、今妹っぽいとか思ったでしょ!そんなの許さないからね!」

「お前らは全く問題ばかり……って、なにしてるんですか校長先生……」

「校長!?」

俺はその鬼塚の発言に驚きを隠せなかった。このちっこいのが校長先生?

「まあ、知らないのも無理ないな。でも、この人は今世界ランキング三位の迅雷の悪魔。ここの校長もしてる」

「はーい!雲母梨乃(きらら りの)ちゃんでーす!」

なんて言いながらピースサインをこちらに向けてくる彼女は、無垢な笑顔で微笑む。

本当にこんな人が三位なのか?

「なんの用で帰ってきたんですか?校長先生」

「あっははー!別に用なんてないよ?ひまになったから帰ってきたんだぁ」

「私はこいつをフェニックス先生に預けてきます……お前は治ったか?」

鬼塚はすっかりびびって声もあげられなくなった小桜をひょいっと背中に乗せた。

「あ、はい。多分大丈夫だと思います」

「そうか。明日は遅刻するなよ?次は殺すからな?」

「は、はい……」

なんという気迫だ。というか教師が教え子に殺すとかまずいだろうに……

「じゃ、校長。私はこれで」

「はーい!」

そして、鬼塚と小桜は校舎の方へと消えていった。

「行っちゃったね!」

「そうっすね」

そして訪れる静寂。別に校長と話すこともないし家に帰ろう。と、手提げバックを持ち上げたところで校長が口を開いた。

「……ちょっと手合わせしてみない?松岡雄護(まつおか ゆうご)君」

「……なんで俺の名前を?」

「そりゃわかるよ。校長先生だもん!これでも全校生徒のことはよく知ってるつもりだよ?成績最下位さん」

「……それは成績最下位に対する命令ってことですか?」

「そうなるかなぁ?ちょっと私退屈なのよね」

「へえ……」

そういうと彼女は退屈そうに石ころを蹴飛ばすと、それは青い光を帯びながら浮き上がり上空で爆発した。

「ねっ!お願い!」

「殺す気ですか……」

「なんで?死なないでしょ?君は」

「まあ、そうですけど」

また俺にサンドバックになれってのか。痛いのは嫌なんだけどな。

「じゃ、このコインが落ちたらスタートね!」

本当に俺は世界三位とやり合うらしい。死なねえといいな。

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