問掛噺4「パンジー」「姉妹」「猿轡」

・あらすじ・


仕事に疲れた冴えない社会人である女は自分を異空間に連れてきた謎の幼女と再会するのだが……。



『お姉ちゃん、猿轡さるぐつわってなぁに?』



 純真無垢な目で見つめないでお願い。



===


 現世とは異なる場所に迷い込み、人でも生者でもないモノたちと問答し、次に来たのはどこかの洋館だった。手入れがされていないように見える庭には色とりどりのパンジーが群れるように咲き誇っている。

 おかしな色調の世界の中でこの洋館と花畑だけははまともな色で、それだけに周囲から浮きまくっている。それでもなじみある色調に少し心を落ち着けて、そっとかがむとその花弁に手を触れてみた。




『   私を思って   』




 不意に耳元で囁かれた幽かな声に驚いて声を上げる。思わず振り返るけど……誰もいない。

 視線を花壇に戻すと、花畑に黄色い色彩が揺れた。

 それは人影。決して忘れられない、私をこの空間に連れ込んだ張本人の姿。


 あっと思って見失ってなるものかと花壇に踏み入ったその瞬間――……




 ――私を思って私を思私を思ってっ私を思ってて私を思って私を思って私を思って私を思って私を思って私私を思ってを思って私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を思って私私て私私を思ってを思ってを思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思私を思ってって私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を思っ私を思ってて私私を思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思って私を思って私を思って私を思って私私を思ってを思って私を思って私を思私を思ってって私を思って私を思って私私を思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思って私を思私を思ってって私を思っ私を思ってて私を思思って私を思って私私を思ってを思って私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を思って私私て私私を思ってを思ってっ私私を    気が付けば間近に    を思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思私を思ってって私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を思っ私を思ってて私私を思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思って私を思ってを思って私を思って私私を思ってを思って私を思って私を思私を思ってって私を思って私を思って私私を思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思って私を     逃げられない距離に    思私を思ってって私を思っ私を思っ私を思てて私を思思って私を思って私私を思ってを思って私を思を思っ私を思ってて私を思って私私を思を思って私私を思を思って私私私を思私私を思ってを思ってを思ってを思って私を思って私を思って私を思って私を思私を思ってって私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を思っ私を思ってて私私を思って思って私を思って私私を思ってを    笑う幼女が     思って私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を思って私私を思ってを思ってを思ってを思思って私思って私を思って私私を思ってを思って私を思っ私を思ってて私を思って私を思って私を私を私を――――





『マジうるさいよね、これ』



 あんたの仕業じゃないんかい。




◇◇◇



 金髪ツインテール迷子幼女に手を引かれて花壇から抜け出すことに成功する。

 どうやらパンジーに触れるとこの声が聞こえてくるようだ、無闇に踏み入ったせいでひどい目にあった……。


 さて、改めて今目の前にいるのは他でもないこの私をこんな世界に飛ばした元凶だ。


『元凶はひどいかな。わたしの名前はハルカだよ』


 名前なんてどうでもいいから、はやくここから出してくれない?


『どうでも良くないの。とても大事なことだよ、お姉ちゃん』


 水底を切り取ったような眼がひたとこちらを見つめる。まるで一切譲る気はない、とでも訴えるかのように。

 ああ、もう。……ねぇハルカ。あたしをこの不気味な領域から出して。


『答えは見つかった?』


 首をかしげて無邪気に尋ねてくる。人に何か答えて欲しいならまずはちゃんと質問をはっきりさせてよね。


『ごめんね、それはできないの。なぜなら、わたしはこの土地の主に猿轡をされてるの』


 猿轡……?

 なんかすごく不穏な単語が……


『この土地の主は猿神。とても強欲な土地神……。あいつにみつかれば、縛られて、体をうばわれてしまうの……』


 え……し、縛られて、奪われるって……


『それだけでなく、"ココロ”までも永遠に解放されずいいようにもてあそばれてしまうの』


 はいストーーーップ!!

 その見た目でその話題は非常に危ういよ!? 色々な所がデンジャーよ!? STOP児童ポルノ! おのれロリコンエテ公、ポリスメンに連行されてしまうがいい!


『慌てなくてもだいじょうぶだよ、お姉ちゃん。今は猿神は寝ているから、真名を縛られることもないよ』


 金髪幼女の次はマナちゃんを緊縛プレイだって!?

 マナ、いや……ん……? まな……?

 って、何……?


『真名とはまことの名。真名を知ることは相手のココロを支配することなの。お姉ちゃんも魂と体が“最初から居なかった”ことになりたくなかったら、絶対に名前を言ってはダメだよ』


 最初から……?


『うん。来し方行く末、輪廻の理からも、お姉ちゃんの存在は居なくなる。だれも知らない、だれも心配しない、だれの記憶にも残らない』


 名を名乗るな、強欲な猿に奪われる――それは一度聞いたことのある忠告、だけどその時よりもよっぽどゾッとした。


 言霊信仰というものがある。

 自分の名を握られれば自分の全てを支配されてしまう。だからこそ古来日本では自身の真名を忌名いみなと呼んで他人から隠していた。

 日本の古き神は善神とは限らない。手慰みに名を奪われ、生きた証そのものがなかったことにされる神隠し。この異空間は、そういった場所なのだ。





『ここにはいつでもパンジーが咲き誇っているの。パンジーの花言葉は【私を思って】……ねぇ、わたしは誰を思えばいいのかな』


 揺れる花弁を見つめる瞳はひどく切なげな、途方に暮れているような。大切な何かを落として、けれどそれが何だったかも思い出せないでいるかのような。

 そう思っていると幼女がぱっとこちらを振り向いた。


『ね、だからはやく答えを見つけて一緒にこんな場所から出ていっちゃお?』


 あなたはここに囚われてるんじゃなかったの?


『わたしはハルカ。わたしはわたしの名前をちゃんと持っているよ? でもこのままではここから動けない。前に進むには欠けてしまっているの』


 欠けたもの……ね。私は今度はそれの探し物を手伝えばいいのだろうか。


『よくわかったね? わたしは妹たちを探しているの。一緒に見つけてくれる?』


 まさかの人探しか。

 この金髪幼女の妹っていうと、この子と同じかそれより幼い? 見覚えはないし、屋敷の中を探せばいいんだろうか……。


『この猿神の領域のどこにいるかはわからないの。けれどわたしたち姉妹は魂で繋がっているから、居ることは確かにわかるんだ』


 ……名前、ハルカっていったっけ。


『うん。春の陽風のように暖かく穏やかな存在であれという意味が込められているんだよ』


 もしかしてだけど、あの二人だったり?

 どっちもこの幼女よりも明らかに年上だし、片方に至ってはお爺さんだったけど、そういえばあのお爺さんも別のモノが化けてるような感じがしたし。となると目の前の幼女が本当に幼女なのかも怪しいところだ。


『もう見つけたの? すごいっ、本当に妹たちならね、お姉ちゃんが名前を呼べばここに呼べるよ!』


 なんだか簡単すぎて逆に怪しいけど、これまでの探し物もそれ自体はあっさり見つかって来たし。やれやれ、呼んだら来るなら自分で呼べばいいのに。



 それじゃあいくよ。あなたの妹たちの名前は――"フユキ"と“ナツキ”じゃない?



 ゆらりと目の前が霞んだかと思うと、目の前に見覚えのある老人と虫取り少女が現れた。


『ホッホ。先程ぶりじゃの、人の子よ』


『あ、また会ったねおねぇさん』


 本当に出てきた。皆の名前に春、夏、冬って判りやすい共通点が入っていたからもしかしてと思ったけど……。

 え、三人とも本当に姉妹だったの? 


『そうじゃとも! 生まれた時から死した時までずっとずっとこの三姉妹じゃよ』


 センス!! ネーミングセンスがおかしい!!

 最初から三姉妹ならなんで季節縛りにしちゃったの名付け親の人!?


『またぞろ失敬なことを考えておるな? よいか、何度も言うがわしらの名は雪月風花を賜りし雅やかで洒落た名なのじゃぞ!』


 洒落っていうか“秋がないから商い”って駄洒落だからねそれ!?

 春夏冬で秋ないから私たちとの問答も飽きませんねってかやかましいわっ!



『何かおかしなことでもあった?』



 庭一面に咲き誇るパンジー。その前に立ち目に不思議な感情を乗せてこちらを見つめる幼女。


『何かおかしなことがあったのね?』


 何かも何も、この世界に来てからというもの何から何までおかしいことしか――……






 ああ。


 そうか。


 そういうことか。





 ――あんたたちは、三姉妹なんかじゃない。





 こちらを見上げる幼女のふっくらとした唇がみるみる吊り上がり弧を描いた。






つづく


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