問掛噺3「鷹」「虎」「飛蝗」

・あらすじ・


仕事に疲れた冴えない社会人である女は囚われた異空間をさまよううちに不気味な童歌をうたう声が聞こえてきたのだが……。



『タカ!トラ!バッタ!タトバタトバタトバ……』



 ヘイストップ。




===





 ……と鷹……

 ……生かしゃあ……

 ……られぬ……

 ……トーントン……



 どこからともなく歌が聞こえてくる。

 青い草原に立っていた。

 さっきまでいた海岸とは違う、目に痛い橙色の空。足元の草は比喩でなく青い・・




 ……腹すかせ……

 ……母は子供を……

 ……食うに……

 ……トーントン……




 色彩の狂った空間で、揺れる鬼火に照らされた範囲だけが頼りなさげに本来の色を取り戻している。

 微かに聞こえるのは童歌のようで、よく聞き取れないがどうやら同じフレーズが繰り返し歌われているようだ。


 ああもう、頭がおかしくなりそうだ……。

 先程出会った老人の姿をしたあやかしの言葉を信じるなら、この空間から抜け出すには「答え」を示さなければならない。


 ただし、私が何を問い掛けられているのかは、判らない。問題を言わずに答えろだなんて、なんてろくでもない糞問題なんだ。

 出題者出てこい。説教してやる。


 心の中で毒づいた瞬間、近くの茂みがガサガサと音を立てた。


『いないよぅ……いないよぅ……』


 ガサガサ、ガサガサと草を掻き分け何者かがこちらに近づいてくる。


『いないよぅ……いないよぅ……』


 待って。

 本当に出てこないで。

 正体が出題者かなんて判らないけど、この異常な空間に私を閉じこめたのはあやかしか土地神か、少なくともまともな人間の仕業じゃないだろう。見つかった瞬間に頭から喰われたっておかしくない。


 聞こえていた童歌はいつの間にか止まっていた。

 草原にただひとつ灯る鬼火は格好の目印だ。目の前に飛び出してきたソレの驚くべき姿に、私は逃げるのも忘れて釘付けとなった。



『バッタどこかなぁ?』






 まさかわんぱく虫取り小僧スタイルだとは思わないじゃん?




◇◇◇




 頭にかぶった麦藁帽。

 白い半袖に茶色い短パン。

 肩から提げた虫かごに、手には自分の身長よりも大きい虫取り網。

 そしてだめ押しに膝小僧に貼られた絆創膏。


 やっぱりどこからどう見ても見間違えようもなくわんぱく虫取り小僧だ。……いや、よく見ると女の子か?


『おねぇさん、バッタをしらない?』


 バッタは知ってるけど、聞かれているのはそういうことじゃないんだろう。

 見かけていない、と虫取り少女の様子を窺いながら慎重に答える。どうやら少女に危険そうな気配はしない。

 ならばこちらも尋ねてみようか。


 ……ねえ、ここから帰る道を知らない?


『知らない。ナツキも気がついたらここにいたの』


 ナツキと名乗った虫取り少女。

 私と同じようにこの空間に取り込まれたということだろうか。


『でも、答えを見つけたら出られるよ』


 何の答え?


『それはナツキの口からは言えないよ』


 どうして?


『言えないの』


 少女はふるふると首を振るばかりだ。


 「答え」を見つけろ――あの老人も言っていたことだ。私がここから出るには問いに答えなければならないのだと。誰から、何を問われているかもわからないというのに。


『ナツキね、バッタ捕まえたいの。おねぇさん一緒に探してくれる?』


 まぁ、いいけど……どうせ他にやるべきことも思いつかないし。田舎育ちなので虫が苦手なんてこともない。


 探し物を頼まれるのはこれで二度目だ。前屈みになり鬼火に照らされた草原に視線を落とす。

 少し先で少女も草を掻き分けながら、歌を口ずさみ始めた。




 鳩と鷹の 鬼ごっこ

 鳩を生かしゃあ 鷹生きられぬ

 鷹を生かしゃあ 鳩生きられぬ

 悩んだ王さま

 天秤ばかりに身を投げ トーントン


 母虎子虎は 腹すかせ

 母は子供を 食うに食われぬ

 子供は母を 食うに食われぬ

 すかさず王さま

 身を投げて首をひと突き トーントン




 童歌だろうか、なんだか気味の悪い歌だ……。

 短い歌なのか二つの歌詞を順番に繰り返し口ずさんでいるけれど、どちらも動物から始まり脈絡なく現れた“王さま”の行動で終わっている。


 それに、“鳩” “鷹” “王さま” “天秤ばかり”……なんだろう、この組み合わせに覚えがあるような気がする。私はどこかでこの話を聞いたことがある……?


『あっいた!』


 いつの間にか側にきていて私の手元を覗き込んだ少女が声を上げる。

 それと同時にすぐ目の前に一匹のバッタが飛び出した。すかさず捕まえる。フッ……田舎育ちのOLをなめないことね。


 バッタを虫かごに入れてやれば、虫捕り少女は弾けるような笑顔を見せた。ふふ、こんな世界でも子供の笑顔は癒される。


 バッタ好きなの?


『うん、おやつ!』


 食うんかい! ああもう、見た目は子どもでもやっぱりあやかしの類か……。


『おねぇさんもたべる?』


 いらない! いらないから目の前でムシャムシャしないで……!


『ううん、ショウリョウバッタは筋が多くて食べ応えとしてはイマイチですね。やはり柔らかなトノサマバッタが一番です』


 仔細に解説せんでいい!


 ショウリョウバッタを平らげた虫捕り少女がとても満足そうに微笑んだ。


『ねえ知ってる? 魂には全部で一つのものもあるのよ。全部揃わないと、進めないのよ。だから、探して……』


 そう言葉を残して、虫捕り少女は煙のように消えてしまう。ここの住人は勝手に消えてばっかりだ。後に残されたのは見覚えのある砂時計。



 魂は全部で一つ、一つ欠けると進めない、か……。


 ――精霊飛蝗ショウリョウバッタとは、死者の魂を弔うための精霊流しの船に見た目が似ていることから名付けられたという。

 輪廻の車輪の次は精霊流し……どちらも死者の霊魂を想起させる。これは偶然?



 “一つ欠けたらどうにも進めぬ”



 どこかで聞いたことのある言葉だ。

 ああ、そうだ――。あの童歌の逸話を、思い出した。



 鷹に追われる鳩を匿った王さまに、鷹は「その鳩を全部喰わねば自分が飢えて死ぬことになるのだ」と訴える。

 王さまは「それなら鳩と同じだけの肉を私が差し出そう」といい、自らの足の肉を削ぎ天秤に乗せるが、天秤は鳩に傾く。

 ならばと更に多くの肉を乗せたが未だ天秤の傾きは変わらない。

 そこで王さまは、鳩の命と自分の命が同じ重さであると気が付いた。

 王さまが天秤に全ての身を投げ出すと、天秤は釣り合った。


 釣り合う――つまり、重さは“トントン”に。



 この王さまは幾度も生まれ変わり、その度に誰かのために己の犠牲を厭わず徳を積み、ついには解脱して釈迦となった。

 あの童歌は釈迦の輪廻転生を歌ったものだ。


 どうにもこの異空間に迷い込んでから、魂や死後の話を見聞きすることが多いような気がする。

 そして老人と少女、二人の話から共通点が見えてきた。



 探し物

 輪廻

 全部で一つ

 欠けたら進めない



 ……偶然かもしれないけれど、この共通点もまた「問掛」のヒントなのかもしれない。

 あたしに投げ掛けられた問いは何かを「探す」こと――?


 こうなったら何が何でも答えを見つけて、絶対にここから抜け出してやる!

 半ば自棄になりながら砂時計を蹴飛ばすと――世界が反転した。




つづく




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