三題噺「三角」「9」「スケート」

・あらすじ・


仕事に疲れた冴えない社会人である女は買い物帰りに立ち寄った公園で複数の霊に取り囲まれてしまうのだが……。



『ぅうううらあああああめええしいいいやああああ!!』



 いやにベタなご登場だな!





===



 私が幽霊に対する時の心構えはただ一つ。それは、関わらないこと。

 嫌な予感がしたらその道は通らない。見かけても目を向けない。自ら心霊スポットに足を運ぶなど以ての外だ。



 ――それでも時には気付かずに。



 ――こうして幽霊たちのテリトリーに足を踏み入れてしまう事もある。



 家路への近道である小さな公園に。

 一歩踏み込んだ瞬間から感じるねっとりと絡み付くような視線。ぞわりと身体を侵食する冷気。


 でもこんな時、安易に引き返すのは危険だ。霊に自分の存在に気付いたのだと思われ、目を付けられたら最後、延々と付け回され粘着してくる最悪のストーカーとなる。

 こんな時は徹底的に気付かない振りをする。




 例え何が見えようと。




 例え何をされようと。




 振り向いてはいけない。声を上げてはいけない。

 心の中で人知れずそんな決意を固め直し、距離にすればたった30歩で通り過ぎる公園を粛々と歩いていく。



 粛々と、粛々と、

 淡々と、坦々と、



 そして、中程までを過ぎた頃。



『ぅ……ぅぅ……ぁ……』



 来た。



 ――聞こえない、聞こえない。



『……ぅぅ……ぁ…………し……ゃ……』



 白い靄のようなモノが行く手に二つ、現れる。



 ――見えてない、見えてない。



 ああ、調味料が木曜特売だったからって隣町のスーパーにまで買いに来るんじゃなかった。まさか隣町にこんな心霊スポットがあるとは。やっぱり知らない場所には下手に来るもんじゃない。もういっそずっと家に引き籠ってたい。仕事したくない。楽して生きたい。


 そんなふうにとりとめもない考え事をして目の前の現実から目を逸らそうとしていると。


 ふいに。

 声が途切れた。



 ――居なくなったか?



 僅かばかり気を緩めた瞬間。







 イタ。






 眼の前にイタ。







 真っ白な死装束から覗く細い腕を力なく垂らし。

 頭には額烏帽子と呼ばれる三角形の布を付け。

 血の気のない顔に思い思いの驚かし顔を貼り付け。






『ぅうううらあああああめええしいいいやああああ!!』





 何故やらやたらハッスルして出てきた幽霊たちに。


 いや、ベタか!! ーーというツッコミと共に気付いた時には買い物袋の中身をわし掴み力の限りぶちまけていたのだった。






◇◇◇



『うわぁぁ~~っ! いきなり塩投げつけられたぁ~!』


『怖ぇ~! 生きてる人間怖ぇ~!』


 つーか何だうらめしやって!

 やる気あんのか!

 しかも今時白装束ごときで誰がビビるんだよ!

 吊るしたコンニャクの方がまだいい仕事するわ!


 バシッ。バシッ。バシッ。バシッ。


『ちょっ……待っ……消えちゃう! マジ浄化されちゃう!』


 目の前で身悶えする幽霊たちに気が済むまで塩をお見舞いしまくり、やっと一息つく。


 もうそういうのいいから。あんたたちちょっとそこに座れ。


『いや……自分らこれでも霊体なんで、座れと言われてもなんというか難しいというか……』


 あぁん?


 幽霊たちを気迫で黙らせると、二体の幽霊たちは大人しく地面の上で正座の形を取った。うん。人間誠意ってもんが大事だ。それに比べたら足がないとか地面から三センチ浮いてるなんて事は些細な問題だろう。


 というか律儀にうらめしやなんて言ってくる幽霊初めてなんだけど。あんたたちやる気あんの? それとも人を馬鹿にしてんの?


『いや、馬鹿にしてるだなんて、そんな姐さん……』


『馬鹿にするというか、化かそうとしたというか……』


 二体揃ってなんだか顔色が青白いけど元からだよね、これ。

 化かすもなにもこっちはまるで変質者にでも遭った気分だ。人を小馬鹿にしたようなベロベロバーな驚かし顔には怒りすら沸いてきた。


『いや、自分たち、これでも真剣にやってるんです!』


『生きてる人間を驚かす為に幽霊らしさを二人で必死に考えて……』


『で、幽霊といえばやっぱりこのスタイルかなって』


『やっぱりうらめしやは言うべきかなって』


 二体の顔から察するに、どうやら本当に真面目にやった結果がアレらしい。なんだってそんなベッタベタな結論に辿り着いてしまったんだ、こいつらは。


 がんばりは認めるけどさ……たぶん、幽霊向いてないよ、あんたたち。大人しく成仏した方が身の為だと思うよ?


 そう心の底から親切心で言ってあげると、幽霊たちははらはらと落涙しだした。


『そ、それが……実は僕たちにはやむにやまれぬ事情がありまして』


『この心残りを晴らさずして成仏なんて出来ません!』


 心残り? 確かに生前の強い執着に縛られて地縛霊となる例はあるけど……。こいつら、そんなもんに縛られているような辛気臭い霊体には見えないんだけどな。


『僕たち、生前は今ひとつぱっとしない人生を送ったんです。特に目立つことも無く、荒れることも無く、死んだ時もすっきり・あっさり・ぽっくりと』


 なんだその小松菜のおひたしのようなお手軽な感じ。


『僕は通勤の途中に道に落ちてたバナナの皮を踏んづけ滑って転んでポックリいきました』


 死に方までベタか。


『自分は犬の散歩に出る途中置いてあったスケートボードを踏んづけ滑って転んでポックリいきました』


 お前もか。


『死んでから気が付いたんです。自分の人生これでいいのかって。最期に一度で良い、人々があっと驚く何かを遣り遂げたかった……』


『という訳で、晴れて幽霊となったからには、一発ドカンと生きてる人を驚かせてやろうと、そう考えたんです! それが自分達の心残りです!!』


『ところが、ここを通る人通る人だーれも僕達に気付いてくれなくて……』


『幽霊人生より数えることかれこれ9人目にしてやっっっと姐さんが見つけてくれたんです!』


 ……9……不吉な数字だ……。

 事実私には不幸が起きてる。折角特売で買った塩を早々に大量消費する羽目になってしまった。


 あれ。今気付いたけど、さっき私が投げつけたのってお徳用の塩で穢れを祓う力なんてないよね? こいつら勝手に消えそうになってたの?


 考えるに、白装束スタイルで化けて出てきたり、心残りの所為で成仏できないと思っていたり、かと思えばただの塩掛けられて消えそうになったり、この幽霊たちは相当に思い込みの激しい性格をしているようだ。


 思い込みで浮遊霊になるのもどうかと思うけどこいつらの事だから『なんか人間って死んだら幽霊になるもんだ』とか思い込んでうっかりなっちゃったんだろう。たまに居るんだ、日本人て真面目だから。

 ……ということは、逆にそれらしい事をしてやれば勝手に成仏してくれるかもしれない。そう考えて二体の浮遊霊に声をかける。


 しょうがない、こうなったのも何かの縁だし、私が二人まとめて成仏させてやるよ。


『ええっ!?』


『本当ですか!? そんな事出来るんですか!?』


 任せときなって、伊達に幽霊が見えるわけじゃないんだから。


 さて、ここからが大事。この幽霊たちに今からする事が成仏に繋がることだと思わせなければいけない。

 地面に盛り塩をして二人にそこに立つように指示する。


 塩は魂を浄化して綺麗な状態にしてくれる、そしてお経は浄化された魂をあの世に導いてくれるんだよ。


『ス、スゲー!!』


『霊能力者だ! 本物の霊能力者だ!!』


 なにやらはしゃぎ出す幽霊たち。まあ生きてる時には自称霊能者が本物かどうか一般人には判んないもんね。珍しいのも頷ける。私は見えるだけで祓う力なんてこれっぽっちもないんだけどね、信じ込ませたもん勝ちである。


 ちなみに清めの塩は神道で念仏は仏教だけど、細かいことは気にしない。本人たちが気にならないならそれでいいのだ。それが大晦日からクリスマスまでを楽しむ日本人クオリティ。


 お経を唱え終えて、最期に塩を振れば浄化は完了する。




『……わぁ……光が見える……体が透けていく……』




 元々存在が希薄なくせに何言いやがる。




『……わぁ……ラッパ持った天使がお迎えに来たよ……さようならパトラッシュ……』




 それはあれか。散歩してたっていう犬の名前か。泣かせやがってちくしょう。そしてお前は仏教徒ですらないんか。


 最期に、消え逝くお騒がせな幽霊たちに餞の言葉を投げかける。



 ーー次はもっと楽しく人を驚かせられるようになりなよ。そしたらまた来世で驚かされてみるのも、悪くないかなーー。



 ああ、二人が笑った気がする。


 一人取り残された公園には入ったときに感じた異様な空気はなく、日常の気配が戻ってきており。土の香りと生命がさやめく気配、そしてなにやら甘い香りが漂ってくるのに気が付き、足元に目を向ける。


 あ。

 これ……よく見たら砂糖じゃん……やっぱりあいつらって思い込み激しかったんだな……。



おしまい


 三題噺「三角」「9」「スケート」

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