第二十三話:暗殺者は神槍を放つ

 俺を心配そうに見つめるディアの視線を振り切って、ヴィコーネ伯爵と共に中庭に出る。

「わかった。決闘を受けよう」

 あの赤髪の大男に決闘を受けると伝えると、奴は心底うれしそうに笑う。

 奴のもとへと向かいながら、カウントをしていた。

 あと、四百四十三秒。

 すでに今までの激戦がうそのように、両陣営が戦いを止めていた。

 あの男が一喝しただけでそれだ。……化け物め。

 城から数百メートルの距離を歩き終えて、見晴らしのいい平地で奴と向き合う。

 奴は赤い髪を逆立てて、身長以上の両手やりを手にして俺を待っていた。

 ただでさえ、筋骨隆々とした体がSランクスキル【ベルセルク】で異様なまでに膨らみ、目はうっすら光を放ち、角が生え、まるで鬼だ。

 身にまとう闘気は具現化し、炎をまとっているよう。

 ……おかしい。【ベルセルク】発動時は圧倒的な力を手に入れる代わりに、副作用で理性を無くすはずなのに、好戦的ではあるが理性は残っている。

【ベルセルク】のデメリットを打ち消すスキルに思い当たるものはあるが……都合よく【ベルセルク】と同時に引き当てられるのか? 女神に選ばせてもらったならわかるが。

 あと、二百二十一秒。

「あんた、名前は」

「フェリ・マルコーニ。ヴィコーネとは遠縁にあたる」

 本名を名乗るわけにはいかないので偽名を名乗る。

「フェリ、覚えたぜ。あんたのおかげで初めて自分の血の味が知れた」

 男はそう言いながら、額から垂れてきた血を拭いめとった。

 すでに傷口は塞がっている。魔力持ちとはいえ、数分で治るような傷ではなかったはず。

 けんろうな体を、【ベルセルク】で強化しており絶対防御。何かしらのスキルで【ベルセルク】の欠点を打ち消し、戦士の技が失われないため、直撃を与えるのは難しい。さらに生半可なダメージなら即座に再生するおまけつき。

 思わず、チートもいい加減にしろと言いたくなる。

「それは良かった。俺だけ名乗るのは不公平だろ。そっちの名前も教えてくれ。これから決闘をするんだ。名乗りがなければ味気がないだろう。騎士の礼儀だ」

 どうでもいいと思っていることだが、いかんせんこの男が騎士ごっこを所望している。

 それに付き合ってやる。騎士ごっこにのめり込んでくれるほど、行動を操りやすい。

「そいつはすまんな。セタンタ・マックネースだ。いいね、戦場だからこそ粋がいる」

 マックネースはこちらの王族に連なる一族。なぜ、そんな彼が貴族派についたのだろう。

 ……そして、彼はあの【クランの猟犬】だ。

 もっとも勇者である可能性が高い男であると確定した。

 いや、あの槍を使った時点でそれはわかっていたことか。

「セタンタ。確認したいことがある。この決闘、俺が勝てば兵を引いてくれるんだな」

「そう言っただろ。兵を引くし、二度と手を出させねえ、手を出すやつは俺がぶっ殺すと誓おう。なんなら誓約ゲツシユでもやろうか?」

 あきれたようにセタンタは肩をすくめる。

 誓約ゲツシユとは、神へささげる誓いだ。

「信じよう。ただ、俺は決闘で勝ち、おまえを殺してしまう。約束が果たされるか不安だ」

 もっと熱くさせるため、意図的に挑発的な言葉を放つ。

「言うねえ……俺にそんな口を利くやつは初めてだぜ。おいっ、ディルムラ! もし、俺が死んだら、俺の代わりに誓いを果たせ! これで満足か?」

「ありがたい。そして、最後の質問だ。俺が負ければどうなる」

「そうなりゃ、ディア姫をさらってあとは皆殺しにする。いい気はしねえが、そういうことになってる。そっちのほうがあんたも燃えんだろ?」

「ああ、燃える。負けるわけにはいかなくなった」

「なら、とっとと始めようぜ。腹ペコで俺は死にそうだ。飢えてんだよ。強者って奴に」

 正直、こういうノリは苦手だ。性に合わない。

「その前に、周囲の兵を互いに引かせないか? セタンタとの戦いで周囲を巻き込まない自信がない。おまえに勝つだけで戦争は終わるんだ。なら、無駄に殺す必要もないだろう」

「お優しいねえ。育ちがいいのかい?」

「ああ、厳しくしつけられているんだ」

 俺たちの言葉を受けて両陣営の兵たちが引いていった。

 ディアを救うために必要な殺しをすると決めたが、無駄な殺しをしようとは思えない。

 ……それに、時間稼ぎと位置取りに、この口実は都合がいい。

 少しずつ屋敷から離れる。戦いやすい場所がいいだろうと彼に問いかけながら。

 そうすることで彼を目的地まで誘導し、微調整。

 魔法でチタン合金のナイフを四つ生み出し、二つは腰に、二つは両手に構えた。

 あと四十四秒。

「悪いな、準備を待ってもらって」

「いいぜ、万全の状態でやってもらわなきゃ面白くねえ。あんた二刀流か。かっ、ちっちぇえナイフだ。そんなちゃちなナイフで俺の槍が受けられるとは思えねえけどな」

「戦ってみればわかるさ。いや、わからないかもな」

 この二刀流は、いわばただの目くらまし。そちらに注意を向けて本命から意識をらす。

「どういう意味だ」

「この決闘、槍を受ける必要すらなく終わるってことだ」

 あと十九秒。

「つくづく、言うねえ。いい加減、面白すぎて殺したくなってきた。合図はどうする?」

「このコインが落ちたらでどうだ」

「いいぜ」

 指でコインを弾き、くるくるとコインが宙を舞う。

 セタンタの意識がそこに集中した。決闘において、何よりも大事なのは初動。だからこそ、コインが落ちる瞬間を見逃すまいと全神経を集中させる。

 ……他に目が向かないほどに。

 あと八秒。

 彼は気付いていない。自分が暗殺されようとしていることを。

 暗殺とは突き詰めていけば、意識の外からの殺害。

 こうして目の前に居ようと、会話をしながらでも、意識の外から殺すことはできる。

 そう、今のように。

「俺は騎士じゃない。故に華も粋もくれてやれない。ただ……死ね」

 カウントゼロ。

 コインが落ちた瞬間。奴の闘気と魔力が爆発し、目の前のセタンタが消えた。

 彼が超速で移動したわけじゃない。そうしようとしていたが、その寸前で俺が暗殺した。トウアハーデのですら、追い切れない一撃をもつて。

 次にセタンタがいた大地が数キロもの深さでえぐれ、揺れて地割れが広がる。

 全魔力を両足に回して後ろに跳ぶ。跳んだ直後にすべての魔力を防御に回す。

 余波だけで死ぬかもしれない魔法を使って殺した。全力で身を守らねばならない。

 そして、それが来た。

 大地が爆発する。

 衝撃波と土砂の津波が、セタンタがいた場所を中心に放射状に広がっていく。

 一瞬でまれる。前後左右、わけがわからないまま吹き飛ばされ、生き埋めになり、その土ごと流されていく。

 風のバリアで酸素を確保。死ぬ気で魔力を放出し体を守り続ける。でないと死ぬ。

 どれぐらいたたきつけられ、吹き飛ばされたかもわからない。

 ようやく揺れが止まった。

 自己チェック、両足の骨が折れている。これは限界を超えた速度で後ろに跳んだ反動だ。他にろつこつにひび、左腕は折れている。両足と肋骨は、魔力を回して自己治癒力を高めよう。れいな折れ方をしているのでこのままつなげて構わない。

 ただ、左腕は複雑骨折している。処置をせずに自己治癒力を高めると変なくっつき方をするかもしれない。応急処置にとどめよう。

 土魔法を使って、土砂の山から抜け出る。

 呆れた。あの位置から城壁まで叩きつけられたらしい。

「対勇者用に開発した術式、【グングニル】。セタンタ、それがおまえを殺した魔法だ」

 凄惨な光景が広がっていた。

 セタンタがいた位置を中心にして、少なくとも数キロは大地がきり状に抉れて底が見えない。巻き上げられた土砂が城の屋根まで降りかかっている。

 余波でここまでの破壊。直撃を受けたセタンタは無事では済まない。

 存在の痕跡すら残っていない。

 周囲の多くの兵士たちが生き埋めになり、ヴィコーネの兵は救助活動をしていたし、逆に貴族派の兵はおびえて戸惑い敗走していった。

 やはり最初に避難させていて良かった。

 もし、半径二百メートル以内にいれば殺してしまっていただろう。

 対勇者用の暗殺魔法、【グングニル】。

 実のところ、窓からタングステンの槍を投げたとき、すでに暗殺は八割方終わっていた。

 土魔法の中に、触れた対象の重力を二倍にする魔法がある。

 それを調べてみると、重力の強さを指定の倍数増やす術式であり、カスタムすることでマイナスにすることも出来た。

 タングステンにかかる重力をマイナス二倍にした。

 つまり、約19・8m/s²ずつ加速して天に向かう。

 俺の魔力では維持限界は約三分。それだけの時間加速しながら上昇し、重力逆転がなくなっても運動エネルギーが消失するまで登り続け、高度1023・5キロメートルで静止する。

 当然、静止したらあとは落ちるだけだ。

 高度1023・5キロメートルから自由落下すれば、秒速4480m/sまで加速する。

 100㎏の物質が、マッハ14で降り注ぐ。その威力はおよそ3・6×10⁹ジュール。

 戦車砲の運動エネルギーが9×10⁶ジュールであり、それを基準とすると戦車砲400発分の威力となる。重量を増せば増すほど威力をさらに向上させられるが、質量を増やせばその分、重力反転術式の消費魔力も増えて維持時間が短くなる。

 現状では、この威力が限界だ。

 ……この【グングニル】の原型は、アメリカが開発していた兵器、神のつえ

 軌道衛星から金属を投下することで実現する、核に匹敵する威力の質量兵器。

 もっとも、実現するには、衛星まで、それだけの質量を運ぶのにひどくコストがかさむこと、仮に出来たとしても地表に届くまでに摩擦で燃え尽きるなどの問題があった。

 しかし、この世界の魔法なら容易たやすくハードルを越えられる。

 高度千キロまで運ぶのは重力を反転させればいいし、摩擦も【風よけ】という物体を風が避けてくれる便利な魔法がある。

 この【グングニル】は現状の最大火力にして切り札だ。

「わかっていたことだが、威力はともかく欠点が多いな」

 まず、何を措いても到達するまでの時間だ。

 超高度上まで上昇し、落下するという性質上、着弾まで十分ほどかかってしまう。

 次にやりによるピンポイント攻撃であること。

 普通の魔力持ち程度なら、余波で殺せるため半径百メートル以内はキリングゾーンだが、勇者クラスを想定するなら槍本体をぶつける必要がある。

 魔法のおかげで空気抵抗は無視できるとはいえ、自転を含め、さまざまな計算が必要だ。

 計算ができたとしても、槍を天に放つときほんのわずかな角度のずれで致命的に逸れる。

 無人島で、何度も練習していて良かった。

 そうでなければ、外していただろう。あの島を見つけてくれたマーハには感謝だ。

 今回は計算通りに落とせたが、まだまだ改善が必要な術式だと言える。

「とりあえず、死体の確認だな」

 風の魔法を使い索敵を行う。仕留めたとは思うが、確実とは言えない。マッハ14の速度で降り注いだ【グングニル】はトウアハーデの眼ですら捉えられていない。

 くまなく風を行き渡らせても男の姿は見当たらない。土魔法で地中を探っても反応はない。

 もう一つ、気になることがある。神器ゲイ・ボルグも見当たらないことだ。神器は不滅。だから、あの衝撃ですら消えるはずがない。

 それがないということは、まさか、あの男が持って消えたのか?

「それはあり得ないか」

 槍をもって逃げるほどの余裕があるのなら、奴は決闘の続きをしようとするだろう。

 こちらに向かって、ディアが走って来る。

 すでに、貴族派連中の兵が撤退……いや、逃走しており安全だ。

 こんな災害を引き起こし、セタンタを殺してしまう化け物とは戦いたくないのだろう。

「ルーグ! 良かった。無事で」

 ディアが飛びついてきたので、受け止める。

 ディアには抱き着き癖があるらしい。ほおにキスをして、よほど恥ずかしいのか耳まで真っ赤にして顔を背ける。

 そんなディアがいとおしくて仕方なくなって、顔をこちらに向けさせ、今度は俺から唇にキスをした。ディアはそれを受け入れる。身長が逆転したせいか、必死に爪先立ちになっているところが愛らしい。

 ただ、触れ合うだけの子供のキス。

 なのに、どうしてこんなに幸せで、胸があったかくなるんだろう。

「いきなりすぎてびっくりしたよ……でも、うれしい」

 ディアはいちいち仕草が可愛かわいい。

 ……さて、これからどうしよう。連中が残らず逃走したら、死を偽装なんてできない。

 人生で初めての暗殺失敗だ。

 だが、悪くない。暗殺率100%なのは自慢だったが、そんなことよりもディアが助かったことのほうがずっと喜ばしい。

 そんな風に考えるのも、以前の俺ならあり得なかったことだ。

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