第二十一話:暗殺者は間に合う

 屋敷を出ると、暗殺装束に身を包んだタルトがいた。

「ルーグ様の装備をお持ちしました。私も準備はできております」

 装備を受け取り、身に着ける。タルトは盗み聞きをしていた。そのことを俺も父も知っていたが好きにさせた。タルトなら、今のように出発準備を整えてくれると信じて。

「目的地は三百キロ以上先だ。俺は全速力で向かう。タルトではついてこられない」

 タルトがいてくれたほうが仕事はやりやすい。

 だが、今回は頼れない。ここから全力疾走を続けなければ間に合わないのだ。

「一緒に行くことはできません。でも、限界まで引っ張ることはできます。【超回復】のあるルーグ様でも、全力で走れば魔力と体力の回復は追い付かないはずです。行きます!」

 俺の返事も聞かず、タルトは俺が教えたオリジナルの風の魔法を使う。

 流線形の風結界でカウルを作り、空気を引き裂き空気抵抗を軽減し速度を稼ぐ魔法。

 タルトは全力疾走する。俺はその後ろをぴたりと走る。

 風の抵抗は大きい、時速四十キロを超えたあたりから運動エネルギーの半分は空気抵抗を打ち消すために消費するし、速度を増せば増すほど指数関数的に空気抵抗は増える。

 間に合うように全力で走れば、【超回復】が追いつかない量の魔力と体力を消耗する。

 しかし、タルトが魔法で風を切り裂いて前を進んでくれれば、風の抵抗を受けず、【超回復】が追いつく体力消費と魔力消費で全力疾走に近いペースで進める。

 タルトは必死だ。風のカウルを生み出しながら、全力疾走すれば精神も体力も消耗する。

 後ろからでも、息が乱れ、ひどく汗をかいているのがわかる。

 それでも、けっしてペースを落とさない。

 一時間、そうしていただろうか?

 タルトの足が止まる。足がガタガタと震えていた。

 限界だ。いや、限界なんてとっくに超えていた。意志の力で限界を超えて、それすらも追いつかなくなった。

「ごめんなさい。私にできるのはここまでです」

 息も絶え絶えにタルトが言葉を絞り出す。

 俺は彼女の後ろから隣に並び肩に手を置く。

「ありがとう。タルトのおかげで力を温存できた」

 おかげで、ここから先は全力が出せる。

「……ルーグ様はディア様のこと、好きなんですよね?」

「そうだ」

「がんばってください。二人で帰ってきてくださいね。私はずっと、ルーグ様のお帰りを待っていますから」

 タルトが微笑ほほえみ、俺の背中をぽんっと押して、その場に座り込む。

 笑顔なのにタルトが泣きそうに見えた。

「必ず帰る」

 そんなタルトを置いて、走り始める。

 ここで足を止めればタルトの頑張りが無駄になるから。


    ◇


 ひたすら走り続ける。

 走りながら、タルトが渡してくれたバックパックから染料を取り出し、髪を染め、顔の印象を変える変装を行い、さらにスカーフで顔を隠す。

 万が一にもトウアハーデが関わっていると思われてはいけないからこその変装。

 ヴィコーネ領までの道のりは平たんな直線ばかりではない。獣道も山道もある。

 難関である二つの大きな山の一つ目に入った。

 数時間でヴィコーネ領にたどり着きたければ、二つの山を踏破してなんていられない。

 一つ目の山の頂上まで登ると、助走をつけて、詠唱しながら崖から跳んだ。

「【鋼の翼】」

【銃撃】などと同じく、【式を織るもの】で生み出したオリジナルだ。

 軽量金属アルミニウムで出来たハンググライダーを生み出す。

 一つ目の山の頂上から飛び、二つ目の山を越えてしまうことでショートカット。

 ハンググライダーの翼が風を捉え、宙を舞う。

 風がほおでる。ハンググライダーには動力がない。滑空しているだけだ。

 上昇気流が吹かない限り、ゆっくり高度が落ちていく。

 高度が足りず、山を越えられない。風は吹かない……それならば風を吹かせればいい。

「【風呼び】」

 自らが作った上昇気流に乗り、一気に高度を上げる。

 そして、二つ目の山を越えた。さあ、もう一息だ。


    ◇


 着地後、国境を抜けつつ疾走した。

 途中、保存食を食べ、魔法で水を作って喉を潤した。

 三百二十キロの道のりを踏破するのにかかった時間は五時間と少し。

 これだけの速さで、しかも人目を避けて移動できたのには理由がある。

 ディアに会うため、何度も来たことがあるからだ。

 でなければ、この世界のいい加減な地図で、ここまで早くこられるわけがない。初めてディアに会いに行こうとしたときは迷ったものだ。

 月に一度の密会がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 ついに目的地にたどり着く。

 ヴィコーネ領、その中でもヴィコーネの屋敷がある街が戦場になっていた。

 俺は戦場から三百メートルほど離れた林の中に姿を隠す。

 ヴィコーネは伯爵だけあって、その屋敷は城と表現するべきだろう。

 それも戦うことを前提とした城壁付きで、街の郊外にある。

 その壁をかすことでヴィコーネ伯爵の家臣たちはなんとか持ちこたえている。

 しかし、俺が思っていた以上に敵の数が多く、かなり分は悪い。

 城壁という地の利はあっても、貴族派がおおよそ千五百に対して二百もない。人数よりも、魔力持ちが何人いるかが重要とはいえ、ここまで違うと戦いにならない。

 かろうじて城内への侵入を押しとどめているが、今にも落ちてしまいそうだ。

 いや、おかしい。どうして抑えられるんだ?

 この瞳でる限り、魔力持ちの数も貴族派が圧倒している。魔力持ちであれば、城壁を飛び越えることはさほど難しくないはずなのに。

 疑問はまだある。貴族派の連中は、やたらと城の窓を気にしている。

「そういうことか」

 ……ディアがいたから、この城がまだ落ちていない。

 木々の陰に隠れ、気配を殺す。

 屋敷に忍び込む前に、この勢いを削ぐためにここで騒ぎを起こそう。

 今にも城が落ちそうな状況はまずい。

「覚悟を決めよう……ディアを救うためには、ディアを奪おうとするものを殺すしかない」

 可能な限り、人を殺したくはない。だが、この状況で誰も殺さずディアを救うのは不可能だ。最優先事項を達成するために、自分の手を汚すと決める。

 オリジナル魔法で銃を生み出す。

 サイレンサーは使わない。臨戦態勢で魔力を纏っている相手を殺すほどに火力を上げれば、爆音を隠すことなどできないからだ。

 トウアハーデの瞳に魔力を込める。

 戦場において、魔力持ちとそうでないものの力の差は大きく、魔力持ち一人に対抗するには、非魔力持ちが百人必要だと言われている。

 逆に言うならば、魔力持ちを一人殺せば、百人を殺したのと同じだ。

 トウアハーデの瞳は魔力が見える。本来、かなり近づかなければ相手の魔力を感じることができず、魔力持ちの特定は難しい。

 しかし、このであれば誰が魔力持ちかはわかる。

 深く息を吸い、息を吐くのと同時に火の魔法を行使して鉄筒内で爆発させる。

 タングステンの弾丸が吐き出され、前線で戦っていた魔力持ちの胸に大穴を空けた。

 まず、一人。

 すぐに弾丸を込めてもう一人。

 淡々と殺していく。

 一切の無駄もちゆうちよもなく、効率を追い求めた動き。

 そして、四人目というときに変化が出た。

 魔力持ちがただの兵士を盾にするような位置取りになり、さらには仲間が殺されたときの状況と音から、射手のいる方角を特定した。こちらに向けて兵を派遣し、弓隊が矢の雨を降らせてくる。

 その場を後にし、大きくかいしながら反対側に移動を開始する。

「やっぱり、銃を知っているか」

 あまりにも対応が早く的確だった。

 その理由は簡単。

 すでに、ディアが銃撃を見せているからだ。

 それこそが、三日以上持ちこたえられた理由だろう。

 ディアの射撃精度は三百メートルほど。城の窓から、魔力持ちですら殺せる威力の射撃で城門を越えようとする連中をけん制した。

 敵の数を減らすだけではなく、スナイパーに狙われているという事実が敵を委縮させる。

 魔力持ちのほとんどは貴族か、その分家。

 身分がある上に、魔力持ちという強力な手札を使い捨てることはできない。

 雑兵であれば、同時に突っ込んで誰かが死ぬが、何人かが塀を越えるなんて戦法ができただろうが、魔力持ちはそういう使い方ができないのだ。

 魔力持ちが前にでてこなければ、ヴィコーネの魔力持ちが城壁を利用しながら貴族派の一般兵を圧倒できただろう。

 風の魔法で音を拾う。

 兵士たちが叫んでいる内容は、ヴィコーネ伯爵令嬢以外にも、鉄つぶての魔法を使えるものがいるというもの。

 目に見えて敵の進攻が遅れている。

 千五百の兵のうち四人が殺されたことはさして問題ではないだろうが、魔力持ちだけをピンポイントで殺されたことで動揺が大きくなっている。

 追い打ちをかけるなら今。

 迂回が終わり、反対側の林で木々に隠れながら金属製の弓と矢を魔法で生み出す。

 その矢が特殊でアタッチメントが付いている。

 そのアタッチメントの中に赤い光を閉じ込めた宝石を取り付ける。

「このカードは使いたくなかったが……そうは言っていられないな」

 宝石の正体はファール石。それも込められた魔力が臨界点寸前の。

 ファール石は魔力をため込む性質を持つ石で、本来は魔力量を測定するのに使われる。

 だが、限界を超えた魔力を注げば砕けて封じ込めた魔力が暴発する。

 かつて、俺はこの石でトウアハーデの屋敷を吹き飛ばしかけた。

 何度かの実験を経て、火属性に変換した魔力七割、風属性の魔力二割、土属性の魔力一割を込めるのが一番殺傷力が高いとわかった。

 すでに臨界点寸前のファール石にさらに魔力を込める。

 ぴきりと、臨界点を超え、ファール石がひび割れた。

 弓を引き、放つ。

 赤光の軌跡を残しながら、木々の間をすり抜けて貴族派の兵の中心に着弾する。

 そして、七秒後。

 光があふれ、大爆発が巻き起こった。

 火属性により生まれた炎が、風属性によって巻き起こった風を含んで爆発、土属性の魔力は無数の鉄片へと変化して爆風で銃弾のように飛び散る。

 爆風の効果範囲は約二百メートル。爆風によって吹き飛ばされた鉄片による二次災害はそこからさらに数百メートルまで及ぶ。

 何十人もの人間が吹き飛ばされ、爆風で焼かれ、鉄片で貫かれていく。

 ファール石には、並の魔術士三百人分もの魔力があり、暴発すればこうなる。

 俺は魔力量こそ、常人の千倍を超えるが一度に放出できる量はなかなか上がらず、せいぜい人の七倍から八倍だ。

 だが、このファール石があればこれぐらいの芸当はできる。

 さらに三射ほどファール石を敵の密集地帯に打ち込んで、ついでに【銃撃】でもう一人魔力持ちを打ち抜いてからその場を後にした。これ以上、ここにとどまるのは危険だ。

 今のも一種の暗殺と言えるだろう。

 暗殺とは、正体を見せることなく対象の意識外から殺傷することを意味する。今、俺の【銃撃】で死んだ魔力持ちも、ファール石の爆発で吹き飛んだ連中も自分が誰に殺されたかすら気付かず逝った。

 暗殺に徹しているのは、暗殺者のプライドではない。それ以外の手を取れないからだ。

 真正面から突っ込めば、数の差に押しつぶされて殺される。それは、銃やファール石があっても変わらない。

 だが、暗殺であれば姿すら見せることなく、一方的に敵を混乱に陥れ、戦力を削れる。

 さて、四度のファール石の爆発で完全に貴族派の兵たちは浮き足立っている。

 頼りになるはずの魔力持ちたちも、自分が何と戦っているのかすらわからずに怯え始めたし、魔力持ちが優先的に狙われていると気付き始めたのも、怯えに拍車をかけている。

「ヴィコーネの兵はよく鍛えられている。ちゃんと好機だとわかっているようだ」

 防戦一方だった、ヴィコーネ伯爵の兵たちが城門を開けて突撃する。

 かなりの数を間引いたと言ってもまだまだ数の差はある現状。

 だが、数の差はあっても敵は極度のパニック状態。ここでなら攻勢に出ることができる。

 事実、ヴィコーネ伯爵の兵たちは魔力持ちが中心となり、敵を蹴散らし始めた。

 戦場は大混乱になり、すぐに城が落ちることを心配する必要はなくなった。

 もとより、俺は一人でこの戦いの結果を覆そうとは思っていない。

 今の一連の攻撃は陽動だ。

 俺とディアの動きに注意が向かないようにするには一方的な戦いではなく、他に目を向ける余裕がない大混戦であるほうがいい。

 それに、ファール石を使ったのには、他にもう二つ意味がある。

 ディアを救うための布石だ。

 さあ、今なら屋敷に忍び込むのも難しくない。行こう。ディアを暗殺したすけに。

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