第5話

 その烈に双燕という十歳になる少年がいた。

 父は三十三歳になる双泉。現王が兄であり、王の幼いふたりの公子に次ぐ第三位の王位継承権を持っていた。ただし、国内が荒れるに乗じて、その領地には西角という豪族が二十歳そこそこで進出してきて、いつのまにか居ついてしまい、十年が経った今や双家に相並ぶほどの影響力を持っていた。

 母は二十七歳になる芙蓉姫。烈だけにとどまらず、中原一と称されるほどの美貌の持ち主である。家族はほかに、双燕と三つ違いの妹の貴津姫がいた。貴津姫は母の美貌をそのまま受け継ぎ、さらに父の高貴な血がそれに混じり、まだ幼少であるにも関わらず、母親に勝るとも劣らない美しさをすでに手にしていた。

 では肝心な双燕はというと、背は高いものの体の線は細く、その色白でよく整った顔も、美男子というよりは美しい女性のそれのようであった。母からの血を、より多く受け継いだがゆえのことであろう。

 その双燕が十歳の初秋、夜半に屋敷が火事となった。

 母の芙蓉姫に起こされたときには、すでに広い屋敷はあわただしい物音に包まれていた。五人ほどの使用人が脇につき、双燕と芙蓉姫、貴津姫三人の屋敷からの脱出を手伝った。

 表に出ると屋敷の何箇所からも火の手が上がっているのが見えた。もはや全焼するは時間の問題であった。その燃えさかる屋敷から転がるようにして使用人が一団、また一団と表に飛び出してくる。それぞれの手には貴重品があった。父の双泉が燃え盛る屋敷の中で指図して、運び出せるだけの貴重品を運び出そうとしているようであった。

 やがて牛車がひかれてきた。双燕たち家族をより安全な場所に避難させるためである。その場に留まっても双燕たちにできる仕事は何もなかった。さらにはまだ初秋とはいえ、夜ともなればかなり冷えた。もはや屋敷を失うは間違いない双燕たちにとっては、今夜眠る場所も要る。よって言われるままに牛車に乗り込み、供の者が持つ松明の明かりを頼りに真夜中の道を進んだ。

 烈は国内に高山を持たず、起伏の激しくない比較的緩やかな地形を有していた。平野部も広く、農業が主産業である。町を抜け、その広い農地を横切り、付近では最も標高のある山を登る曲がりくねった道を巡った。そうしてやっとたどり着いたのは「マ」の寺である雄谷寺であった。双家の菩提寺でもある。伽藍も二十五を超え、烈にあっても有数の大寺である。その雄谷寺の根本中堂のあるまさに本拠の庫裡の奥に丁重に通され、冷えた体を温かな手ぬぐいで拭いてもらった。ようよう落ち着けた安心感も手伝ってか、それでもう精も根も尽きたようになった。双燕はくずおれるように深い眠りに落ちた。

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