レンアイ・マイノリティ

第1話

「好きです。」

 自分を恋愛に縁のない人間だと思っていた。

 初恋と呼べる経験もなく、年頃になって同級生たちが彼氏だの彼女だの、片思いだのと楽しそうにする中で、一人その輪に入れない私が、まさか告白されるだなんて、想像したことすらなかったと断言できる。それほどに、私は恋愛は縁がなく、興味がなかった。

「え、っと……。」

 頭が回らない。何か、言わなくちゃ。焦れば焦るほどに、ただでさえ冴えない私の頭は、混乱するばかりだった。

「急にごめんね。返事が欲しいとか、そういうわけじゃないから。また、明日ね。」

 しばらく黙って様子を伺っていたけれど、沈黙に耐えきれなくなったのか、私に気を使ったのか、彼女はそう言って分かれ道を私と反対側に去って行った。その後ろ姿を、私はいつも通り見送った。



 今日はいつもと何が違ったのだろう。いつもと同じように家を出て、いつもと同じように学校へ行って、部活をして、幼馴染の玲香と帰路に着いた。いつもと変わらない、なんの変哲も無い一日。いつもの分かれ道で、突然彼女の口からあの言葉が飛び出すまでは。

 そう言えば、星座占いは一位だったかもしれない。恋愛がどうのと、毎朝顔を合わせるアナウンサーが言っていたような気もする。ほんの少しも興味がなくて、ほとんど聞いていなかったけれど。

「おかえり。どうかした?」

 帰宅した私を出迎えたお母さんは、私の顔を見るなりそう言った。一目見てわかるほどに、私は動揺しているらしかった。どんな顔をしてるのだろう。一目見てわかるくらいだ、よっぽどひどい顔なのだろうか。生憎、我が家は玄関先に鏡を置く習慣がなかった。

 とても、お母さんには、言えない。なんと、言えば良いのか。当の本人が、何が起こったのかわかっていないのに、説明するなんて、とてもできそうもない。

「ううん、なんでもないよ。」

 ありきたりな、けれど多分、いつも通りの私らしい返事だったと思う。そのまま、私は階段をのぼって自分の部屋に帰って行った。



 小学校に入学する時に買ってもらった、当時は大きすぎた学習机の脇に、持ち帰った鞄を置いた。机の側面に貼られた、やけにキラキラ光るシールが目に入る。これは、私の趣味じゃない。

 入学当初は「学習机」という存在がキラキラしていて、大切に大切に使った。毎日この机で与えられた宿題をするのが大人っぽくて、喜んでこの椅子に座ったものだった。

 あれはたしか、小学校四年生くらいだったと思う。部屋を陣取る学習机が当たり前の風景になって、キラキラを失って、嫌いになった。それを、遊びに来た玲香にポツリと言ったのだった。「この机、キラキラしてなくて、嫌いなんだ。」と。

 その翌日、彼女は家から宝箱を持ってきて、中に大切にしまっていたキラキラのシールを机の側面にペタペタ貼った。すぐにおやつを持ってきたお母さんに見つかって、学習机は今でも片側だけが妙に華やかなままだ。


 幼稚園が一緒だった。なぜ仲良くなったのかは、よく覚えていない。私と玲香が仲良くなって、それにつられてお母さん同士も仲良くなったと言っていた。

 小学校が一緒で、中学校も一緒で、高校も一緒になった。私はバスケ部で、玲香が吹奏楽部。髪はずっと、ショートとロング。好きな色は、青とピンク。好きな食べ物は、カレーとパフェ。私と玲香は、ちっとも似てなかった。でも、ずっと仲が良かった。

 二人の共通点ってなんだろう。性別、学校、クラス。あとは、ずっと彼氏がいないこと、くらい。別に意識したことはなかったけれど、ちょうど先週クラスメイトと昼休みに話していて、そんなことを言われた。今時珍しいねって。


 すっかり忘れていた子どもの頃の記憶まで引っ張り出して懐古していると、ブン、と鞄が小さく震えた。入れっぱなしにしていたスマホだ。鞄のポケットから取り出すと、ディスプレイがちょうど家に着いた頃の幼馴染からメッセージが届いたことを知らせていた。

 謝罪の言葉が書かれている。何に、謝っているのだろう。アプリを立ち上げて中身を見ればいいのに、私はそれができなかった。読んでしまったら、何か返事をしなければいけない気持ちになるからだ。なんと、言えば良いのか。

 私の頭は、今も混乱しているようだった。咄嗟にスマホの電源を落とした。今日は何も考えられない、考えない方がいい。

 もう、このまま寝てしまおう。今日は運よく宿題も出なかったし、予習復習なんていつもしない。寝て、起きたって、何も解決していないのはわかっているけれど、今の私は、全てを放棄することが最善だと思った。

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