絡繰舞台・漆


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 精巧な絡繰、曲芸、世にも美しい白蛇女が見られるよ! お代は後からで結構だ! さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」


 夕刻になると先ほどまで静かだった裏通りは途端に賑わいを見せ、あちこちの見世物小屋から口上タンカが飛び交っていた。


「凄い賑わいだな」

「……鴉取」


 リリと別れ一人小屋の壁にもたれ掛かり船を漕いでいた三毛縞に声をかけたのは戻ってきた鴉取だった。


「座長殿に人形を見せてもらっていたんだ。待たせてしまってすまなかったね」

「いや……お陰で少し寝られたよ」


 三毛縞は寝ぼけ眼を擦りながら大きく欠伸を溢す。

 先ほどよりも頭が軽くすっきりしたようだと告げると鴉取はそれはよかった、と頷いた。 


「そういえば、先ほど君と話したとリリから聞いたが……なにを話していたんだ?」


 また余計なことをいっていないよな、と鴉取はここにはいないリリに呆れて見せる。

 その姿は妹を気にしている兄のようで、なんだか微笑ましく思えてきて三毛縞は微笑を浮かべながら肩を竦める。


「なに、ただの世間話だよ」

「仲が良くなったんだな。ああ見えても寂しがり屋だから……仲良くしてくれると嬉しいよ」

「いわれなくても」


 三毛縞が笑うと、鴉取も安心したように微笑を浮かべた。


「そういえば、そろそろ開演の時間かい?」


 三毛縞の言葉に鴉取はああ、と頷いた。

 それならそろそろ客席に、と移動しようとした時鴉取が三毛縞を呼び止めた。


「ミケだけ客席のほうで観ててくれないか?」

「構わないけれど……鴉取はどうするんだい?」


 突然のことに三毛縞は目を瞬かせる。客席で観なければいったいどこにいくというのだろう。


「俺は舞台袖で観る。確かめたいことがあるんだ」

「わかった。それなら僕も客席で観て何か気づくことがあったらすぐ合図をするよ」


 そうして三毛縞は客席へ、鴉取は舞台袖へ。

 各々別れて見世物小屋の舞台をみることとなった。



「鴉取さん、もうすぐ開演ですよ」

「凄い賑わいですね」


 舞台袖にいくと露草が鴉取を待っていた。役者たちも皆そこで今日の客の入りを見ていた。

 客席は人がぎゅうぎゅうに入り、かなりの賑わいを見せていた。その中に周囲より頭ひとつ分背が高い三毛縞の姿も見えていた。


「じゃあ、皆今日もよろしくおねがいします!」


 円陣を組み、座長の一声で今夜も舞台の幕が上がった。

 開演すると、座長である露草が挨拶をし早速絡繰人形を披露する。その次は曲芸。賑やかで楽しい舞台が続いていく。

 まだ怪異が起こりそうな変化はない。鴉取は袖から真剣な眼差しで舞台上を見つめている。


「そんな怖い顔で舞台を見ているのクロウだけじゃない?」


 舞台衣装に身を包んだリリが鴉取に声をかけた。

 素肌に白いレースを纏い、化粧を施したリリ。ただでさえ目を奪われるような美貌がさらに引き立っていた。鴉取はリリを一瞥すると再び目線を舞台に戻した。


「相変わらず黙っていると美人だな」

「もうっ、その言葉は本心?」

「さあ、どうだろうね」


 くすりと鴉取がからかうように笑うと、リリは頬を膨らませた。


「余裕ぶっているのも今のうちなんだから。クロウも私の舞台を見るのは初めてでしょう? 私以外見られないほど夢中にしてあげるんだから、覚悟なさい」

「はいはい、楽しみにしているよ」


 そうしてリリの番がやってきた。

 リリは英国式の挨拶のように鴉取の頬にそっと唇を落とす。


「さていよいよ本日最後の演目になりました! 美しい白蛇女の舞、特とご覧あれ!」


 司会の口上と同時にリリが舞台に上がった。

 その瞬間、観客たちの視線は一身にリリに注がれた。この世のものとは思えない美しい白い女。

 妖艶な表情と、美しい舞は観客たちも、そして鴉取をも魅了した。しなやかな動きはまさしく白蛇そのものに見えた。

 舞台の空気はリリが完全に掌握した。彼女の一挙一動、観客たちは呼吸も忘れ眺めていた。


 ——その時、舞台の灯りが全て消えた。


「きゃあっ!」


 舞台は暗闇に包まれ、観客席がどよめいている。


「灯りが消えた! 早く灯せ!」


 驚いた座長が声を上げ、慌てて団員たちが動き出す。

 順々に灯りが灯り出し、そうしてようやく舞台の全貌が見えるようになった時——皆は息を飲んだ。


「————いない」


 鴉取は目を見開いた。

 先ほどまで満員だった観客席はもぬけのからになっていた。


「……消えた」


 呆然と、露草も声を漏らす。


「どうしよう、クロウ! 猫ちゃん先生もいない!」


 呆然と立ち尽くすリリ。鴉取は袖を出て舞台上に立ち上がる。

 そこから客席を見下ろすが、確かに誰一人としていない。助手のあの男の姿もいなくなっていた。

 灯りが消えていたのはわずか五分。その間どよめきはあったが、外に誰か出て行ったような音は聞こえなかった。

 一瞬にして、あれだけたくさんいた人間が消える。


「——怪異に飲まれたな」

「どうしよう! やっぱり私のせいだ。私が、怪異憑きだから!」


 リリは目に涙を浮かべ、半狂乱になって鴉取にすがりつく。

 そんな彼女を抱きとめた鴉取は、荒々しい呼吸で上下する背中を優しく撫でた。


「落ち着け。リリのせいではない」

「でもっ……。また、私が踊ったら皆消えた。今度は全員……」


 手袋を脱いだ鴉取は、今にも零れ落ちそうなリリの涙を指先でそっと拭った。


「だから、君のせいではない。気にするな」

「鴉取さん、どうするつもりで」


 鴉取は客席を見据え、己の左手を掲げた。

 それを見た露草は一瞬うろたえながらも、鴉取を見据えた。


「皆、客席へ降りるんだ」

「え?」


 皆の頭に疑問符が生まれるが、鴉取に言われるがままに客席へ降りた。

 舞台に一人立つ鴉取は、全てがわかったようににやりと笑う。


「幻の演目を観に行こうじゃないか」


 そうして鴉取はしゃがみ込み、勢いよくその鉤爪を舞台についたのだった。

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