探しもの探偵の忘れ物

ちびまるフォイ

けして忘れないこと

探しもの探偵はとある老婦人の家にやってきた。

普段は主に若い女性の依頼を受けているがこの日は非番だった。


「はじめまして、マドモワゼル。

 俺は探しもの探偵。どんな探しものでもたちどころに解決!」


「いらっしゃい。それじゃ、よろしく頼むねぇ」


「それで、いったい何をなくしたんですか?」


「それが、さっきまで覚えていたんだけどねぇ。

 もう何をなくしたのかわからないのよ」


「フッ、ノープロブレムですよ。

 何をなくしたのかもわからない、それすらも探し当てて見せます。

 ばっちゃんの名にかけて!!」


探偵はさっそく家の中を物色し始めた。

生活感漂う部屋から婦人のなくしたものをノーヒントで探さなければならない。


「探偵さん、探偵さん」


「なんでしょう、ボンソワール」


「どうして探偵さんは、探しもの探偵なんて始めたんですかね」


「良い質問ですね。5点差し上げましょう。

 実は俺、記憶喪失になってしまったんです」


「それはまた……」


「記憶喪失になって初めて目を覚ましたときに思ったのは

 どこに何があるかわからないことへの圧倒的な恐怖だったんです」


探偵は熱をこめて話し始める。


「その日以来、同じような不安な人をこの世界から救いたい!

 そう思うようになってから捜し物探偵をするようになったんです!」


「それはそれは」


「約得もありますしね」


探しものであれば好き勝手に物色できる。

その点も踏まえて依頼者はおもに若い女性に限定していた。

それだけだと怪しまれるのでたまにこういうガチ依頼も引き受けている。


「さて、ご婦人。そうこう話しているうちに見つけましたよ」


「本当ですか?」


「じゃん! あなたがなくしたのは、この老眼鏡でしょう!!」


探偵は床の端っこに落ちていたメガネを掲げた。


「ああ、それ探していたんですよぉ。それがないと新聞が読めなくて」


「この部屋に入った時、あなたはメガネをしていなかった。

 けれど、この部屋には本や新聞が積まれている。あなたには読書習慣がある。

 なのに眼鏡がないという点に違和感を感じたんですよ」


「さすが探偵さんですねぇ、いやぁありがとうねぇ」

「いえいえ、こんなのお茶の子さいさいですよ。それじゃ――」


「でも、これじゃないような気がするんです」


「えっ?」


依頼人のおばあちゃんは消化不良の顔をしていた。

こうなっては探しもの探偵の名がすたる。


「フッ、そういうと思ってましたよ。

 これはほんの前菜。本当に探しているものはこっちでしょう!!」


探偵は布団の下に追いやられていたテレビのリモコンを取り出した。


「あなたが探していたのはリモコン!

 ばっちゃんの名にかけて!!」


「ああ、探していました! ありがとうございます!」


「この部屋に入った時、ずっとテレビはつけっぱなしだった。

 でも番組内容は若い人が好きそうなお笑い番組。

 目まぐるしく情報量が多い番組をあなたが見るというのは違和感がありました」


探偵はいつもの解説パートへとスイッチを切り替える。


「テレビ本体の電源をつけることはできる。

 でもリモコンがなくチャンネルを変えることができなくて困っていた。

 そうでしょう! ご婦人!」


「ええ、ええ、そうです。その通りです」


「またこの世界から探しもの難民を救ってしまった……!」


「でも、探してるものは、これじゃない気がするんですよねぇ」



「えっ?」


探偵はこれにはさすがに目が点になった。

しかしすぐにいつものナナメ45度のキメ顔に戻る。


「……そうでしょう? これまではただのお遊び。

 ばっちゃんの名にかけて、この俺に推理ミスなど無い。

 あなたが探していたのは……」


再び決めポーズ用に体を捻り、上半身を戻しつつ指差す。


「ずばり! この家の鍵! これを探していたのでしょう!!!」


「ああ! ずっと探していたんです!!」


今度はおばあちゃんの顔もぱぁと明るくなった。

手応えを感じた探偵はみたび解説モードへと切り替える。


「最初にあったとき、あなたの服装は部屋着というには明らかに小奇麗。

 まるで大切な親戚に会いに行くような、よそ行きの服でした。

 でもあなたは部屋にいたことに違和感を感じたんです」


「そうなんです。家の鍵をなくしてしまってから、

 鍵を開けたまま外に出るわけにもいかずに困っていたんです」


「マダム、もうそんなことに悩む必要はないんですよ。

 ここに家の鍵はありますから。今度はもうなくさないように

 GPSでも埋め込んでいくといいですよ」


「探偵さん、ありがとうございます」


おばあちゃんは深々とおじぎをして頭を下げた。そして。




「でも、これでも無いような気が……」



「またかよ!!!」


探偵は万策尽きてしまいキャラも作画も崩壊する。


「いやいやいや! ここまで探してきてまだ見つからないの!?

 どうして!? なにか思い出す糸口とかきっかけとかあるでしょ!」


「ええ、そう思います」


「これだけ探して見つからないんだったらもう消失だよ!

 無いものとして今後の人生を歩んでいくほうがいいよ!」


「探偵さん、あなたは思い出さなかったみたいですね」


婦人の言い方に探偵はぽかんと口を開けた。


「この部屋、この間取り、見覚えがありませんか?」


「いや……別に……」


「ここはあなたが生活していた部屋ですよ。

 昔から読書が好きだからよく本を読んでいましたよね。

 お笑いも好きでよくこの番組を見ていたじゃないですか」


「ま、まさか……それじゃ、よそ行きの服だったのも……」



「大切な孫の成長が見られる機会ですもの。

 私もそれ相応の服装をしなくちゃいけないでしょう?」


そのとき、探偵の失われていた記憶が甦った。

ずっと探していたのに見つからなくなって諦めた昔の記憶が。


「おばあちゃん! ありがとう! 俺、どうして忘れていたんだろう!」


「いいんですよ。こうして、あなたの記憶を見つけることができたのですから」


「俺もう二度と忘れない! おばあちゃんのことも!!」


探偵は祖母を抱きしめると固く約束をした。

おばあちゃんは孫の顔を見ながら最後に聞いた。




「ところで、探しもの探偵をすることでの"約得"ってなんなんだい?」



「それは思い出さないでいい」


探しもの探偵はこの日を境に終了した。

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