日々の泡
@needleworkers
夜明けの海のこと
海辺の小さな町で夜明けを迎えた時のことだ。
眠れぬままに酒を重ね、やがて空が白み始めていることに気づくと、僕は上着を着込み、静かに戸を開けて外に出た。
漁師町の朝は早く、襟を立て背を丸めた人影と幾度となくすれ違う。僕のスニーカーと彼らのゴム長靴の足音だけが、高く低く町角に反響してゆく。
町を抜け坂を下り、こぶしの花が淡く咲く家の角を曲がると、海が見えた。
岸壁の際から少し離れたところに、何のためだろうか、小さな塔が立っていた。
塔と言っても三階建てほどの高さのコンクリートの足場なのだが、壁面には梯子がかかっていて、何らかの目的で人がそこに登るのだとわかった。
いつか誰かがそこに登って、この海を見ていたのだと、そう思っただけでどこかたまらない気持ちになった。
美は本来人間に耐えられるものではないとリルケが言うのは、おそらく本当なのだろう。この海のあらゆる表情を見つめ続けてなおかつ死なずにいるには、崖際の道路に立てられた道路標識の角度を真似しなければなるまい。
…君が見てきたものは、ひとの言葉に結びうるものだろうか?
日々の泡 @needleworkers
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