幕間:夢その壱

 気がつくと、私は道路に寝そべっていた。

 目の前にあるのは、アパートの前にあるゴミボックスだ。

 その蓋がガンガンと音を立てて、開いたり閉まったりしている。手の下の道路も揺れている。目の前に停まっている、映画に出てきそうなカッコいい車も揺れている。

 どろどろと音が響いている。

 ああ、夢だ。

 また、そういう夢を見ているんだ。

 ということは、また、大きな地震が起きるんだ。

 怖いなあ。

 でも、一体今はいつなんだろう? 私は揺れの中、何とか立ち上がるとポケットを探った。スマホはちゃんとあった。電源もちゃんとはいる。


 え?


 日付が――でも――まさか――


 急に額の真ん中が熱くなってきた。

 あ、夢が覚めちゃう! 

 そう思った時に、髪の毛がふわりとした。

 風?

 いや、でも、髪の毛が上に吹き上げられるなんて、おかしい。

 ふと、声が聞こえた。

 囁くような声。

 ああ、知ってる。この囁き声は――あの黒いモノ達だ。

 モノ達は狂ったように囁き合う。

 ――あれが、あれが、ついについに、おきおきおきおきおきおき――


 どこかで誰かが叫んだ。今度は人の声だった。

 あれを見ろ! とか何とか。

 私は上を見た。あれはきっと上にある、そう思ったからだ。

 息が止まった。

 どこかで誰かが、わーって叫ぶ。ふっと私の手が道路から離れた。

 私は浮いていた。

 私だけじゃない。

 目の前の小石が、ゴミボックスの中に残った割れた蛍光灯が、向かいの家の花壇に刺さっていたスコップが、すーっと浮き上がっていく。


 私は、もう一度空を見上げた。


 夜空に、夜よりも真っ黒な花が咲こうとしていた。


 大きくて、とても嫌な花。


 そこから、溢れて降ってくる、とてもとても嫌な感じ。


 吐きそうになる私の耳に笑い声が聞こえた。

 うがいをしているような、ぶくぶくとした、そして悲鳴みたいにも聞こえる笑い声。

 それが、空から降ってくる。

 ああ、そうか、と理解する。

 私は黒い花に吸い寄せられていくのだ。正確に言えば、夜空の向こうへと渦を巻きながら落ちていくのだ。あの黒い花が咲いたら、その真ん中からどこかへ道ができるんだ。

 まあ、いいかな、と思う。

 怖くて、吐きそうで、でもだるくて、もう何もかもどうでもいい……。


『未海ちゃん!』

 その声の方に顔を向けると、さっきのカッコいい車の影から女の人が飛び出してきた。

 こっちに向かって走ってくる。

 誰だろう? 私の名前を呼んだ、ということは、私を助けようとしているのだろうか?

 私はフワフワと上に登りながら、女の人を見つめる。女の人は右に左にと、転びながら、私に向かって手を伸ばす。


 その手には、小さな蛙が乗っていた。


 ぱちん、と耳の中――いや、頭の中で何かが弾けて――物凄い勢いで色々な物が湧き上がってくる。

 嫌だ! とてもとても嫌だ!

 上に行くのは、花に近づくのは、あの向こうに行くのは、嫌だ!


 ばたばたと泳ぐみたいに手足を動かしても、何も変わらない。そして、ついに逆さまになってしまう。道路がどんどん離れていく。


 女の人がジャンプして、私の腕を掴む。

 

 とても暖かくて


 とても力強くて――

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