「あなたはどうして旅をしてるの?」

 一頻り言葉遊びをしたあとに、彼女が訊いた。

「悲しいことがあって、最初はそれを忘れるためだった」

 忘れる? いや、違うな、と俺は思った。悲しいも違う。

「悲しいことって? 訊いてもいいかしら?」

「一番大切な友達が、俺のもとを去ったんだ」

 大切。これはそう遠くない気がする。

「去ったって、どういうこと?」

「俺の前から消えたんだ。ある日、突然に、だ」

 そう言って、俺はビールを一口飲んだ。彼女が何か言いたそうに、でも言いにくそうに俺を見つめていた。


「いや、そうじゃない。彼女は生きてる」と俺は慌てて言った。「ただ、どこか遠くに行っちゃったんだ。でもまぁ、そうだな、俺にとっては死んでしまったのと同じかもしれない」

 自分の発した言葉が、自分の思った以上に深刻な響きを伴ったのに俺は少し驚いた。まるで、俺がそう言ってしまったがために、葵は二度と俺の元には帰ってこないことが決まってしまったかのようだった。

「彼女は帰ってこないの?」

「わからない」


 そう言ってから、俺ははっとした。

「今、彼女って言ったよね? どうして女だってわかったの?」

「わかるわよ。話し方を見てればわかる。こう見えても、経験豊富なのよ」と彼女は冗談めかして言った。それから、耐え切れなくなったように噴き出した。「冗談よ。あなた、自分で言ったわよ。『彼女』って」

「嘘だ。俺は『友達』って言った」

「そのあと。『彼女は生きてる』って言った」

「そうだっけ?」

「そうよ」

 小説だったら読み返すところだが、もちろんこれは小説なんかじゃない。


「とにかく、彼女が帰ってくるかどうかはわからないのね?」

 彼女が、自分たちの現在地を確認するように言った。「それは悲しいわね」

 彼女は自分も悲しんでいるように言った。あるいは、本当に悲しんでいたのかもしれない。

「悲しいともちょっと違うんだ」と俺は言った。さっきあなたがそう言ったんじゃない、と彼女に突っ込まれることを覚悟したが、彼女は何も言わなかった。「悲しいとか、寂しいとか、そういう感情はなかった。何て言うか……虚無感。それが近いかな。ある日、いつもどおりに学校に行って帰ってきたら、自分の家がなくなってて、ぽっかり穴が開いてた。そんな感じだった。訳がわからなくて、どうしていいかわからなくて、ただ大きなショックみたいなものを感じた。もっと言えば、ショックを受けてる自分を少し高いところから見下ろしてる。そんな感じだった。わかるかな?」

「わかる気がするわ」

 彼女はゆっくりと何度か頷いた。


「最初はただそこにいたくなくて、いられなくて、旅に出た。ここではないどこかへ行く、それが目的だった」

 俺はそこで一旦切り、ビールを勢いよく流し込み、自分の今の気持ちを確認するみたいに、それを何度かに分けて飲み込んだ。「でも、今はもうショックを受けてるかどうかもわからない。氷水に長い間浸かってたみたいに感覚がないんだ。ショックすら感じない。だから、旅の目的も、今はもうよくわからない。どこにいても同じ気がする」

「ただ、ショックを感じなくなった自分に戸惑ってる?」

 数学の問題が解けずに困っている生徒に優しく答えを教えるように、彼女は言った。これが答えだよ、今度は自分で解けるといいね。そんなふうに。俺の気持ちを言い当てたというよりは、彼女が俺の気持ちを説明してくれたみたいだった。

「そうかもしれない」と俺は言った。

「それって、乗り越えたってことじゃないかしら」

 それに関しては、俺はよくわからなかった。

「そうかもしれない」と俺は言った。


「君の目的は?」

「ジェーン」と彼女は言った。

「君の旅の目的は何だい、ジェーン?」

「私のはただの休暇よ」と彼女は短く笑ってから答えた。

「働いてるの?」

「ううん、学生よ。そういう意味じゃなくて、人生の休暇。人生の一つの局面が終わって、新しい人生が始まろうとしてる、今はちょうどその間」

 「間」のところで、彼女は自分の前で両手を上下させた。右手に握られた缶が柵に当たり、カン、カン、と音を立てた。

「ハーフタイムみたいなものよ」

「ハーフタイム?」

「うん。サッカーとかであるでしょ? 前半と後半の間の休憩時間」

「あぁ、なるほど」

「ハーフタイムは同時に、転機でもあるのよ」


 彼女の言っていることは理解できたが、実感はできなかった。地球は丸いということが実感できないのと同じだ。人生をいくつかの局面に分けるなんてことは、俺は今までの人生で一度も考えたことがなかった。俺にとって、人生というのは一続きのものだったからだ。

「局面と転機」

 俺は無意識のうちにそう呟いていた。彼女の人生観で俺の人生を眺めたら、一体いくつの局面に分かれるのだろう。二十余年という時間はものすごく長い時間ではないけれど、もちろんすごく短い時間でもないはずだった。いくつかの転機があってもおかしくはない。俺は指折り数えるようにして、転機となりそうな事柄を思い浮かべた。卒業、留学、誰かとの出会いに別れ。葵との別れはどうだろう? 目の前の彼女との出会いは? うん、悪くないかもしれない、と俺は思った。


「私には両親がいないの」と彼女が唐突に言った。口笛を吹くみたいな言い方だったが、その言い方があまりにあっさりしていたがために、むしろ俺はあたりの空気が一気に温度を下げたような、そこはかとない冷たさと恐ろしさを感じた。

「それは今ここにはいないとか、そういうことじゃないよね?」

「両親はいないけど、ダディーとマミーはいるの、とか?」

 彼女はそう言って、大げさに笑った。「違うわ。本当にいないのよ」


 それは、不幸な話の入り口としては申し分なかったが、彼女はどちらかと言えばむしろ晴れ晴れとした表情でそれを語った。相槌の打ち方がわからず、俺は黙って続きを待った。

「私がまだ幼稚園児だったころに、両親は離婚したの。そして、親権とかで散々揉めた挙句に、姉を、私には三つ上の姉がいるんだけど、その姉を父親が、私を母親が引き取ることになったの。でも、それから一、二年で、結局姉も母親が引き取ることになった。父親が半ば強引に押し付けたの」

 彼女はそこで少し間を空けた。「いくらかの養育費はもらってたんだろうけど、それでも母子二人が暮らしていくためにはそんなの全然足りなくて、母親は働きながら必死に私を育ててた。そこに突然姉まできたわけでしょ。母親一人の経済力と体力じゃどうにもいかなくなって、そんなタイミングでおかしなものに出会っちゃったのよ」


「おかしなもの?」

「一種の新興宗教みたいなもの」

「新興宗教?」

「実際には、そんなに大規模なものじゃないらしいんだけど……生活に困った母親は、ある人に相談にしたのよ。それが役所の生活保護課とか、親戚のおばさんとかだったらまだよかったんでしょうけど、母親が頼ったのはもっと、こう、現実的でないものだった」

 俺は二人の幼子を抱えて路頭に迷った彼女の母親が頼ったという「現実的でないもの」を思い浮かべてみた。

「占いみたいな?」

「そうね、そうかも。占いに近いかも。駅前でビラ配りながら、『何かお困りではありませんか? 我々の同志になれば救われますよ』とか言うような怪しげな団体。母親はそれに救いを求めたの。手相を見せたのか、血液型を教えたのかはわからないけど、その『占い師』は占いなんかよりよっぽど貧弱な根拠に基づいて、言った」

「何て?」

 それが彼女にとってとても不幸な一言だったに違いないと思いながらも、俺は尋ねた。


「あなたの不幸の原因は、すべてあなたの子どもたちにあります」

 彼女が抑揚なくそう言った時、俺は頭を打たれた思いだった。金槌やゴルフクラブではなく、重く湿ったやわらかい何か、例えるなら、水をたっぷりと含んだ布団で殴られたような気分だった。それはあまりに無責任で身勝手で、残酷な宣告だった。俺は思わず柵に掴まった。手足が冷たくなる。その謂われない宣告よってもたらされた二十年近くに及ぶ姉妹の苦悩が、重く深く厚い闇となって俺を押し潰そうとしているようだった。


「大丈夫?」

 隣にいる彼女が、その苦悩を背負うことになった張本人の彼女が、俺に優しく声をかけた。俺は世界のあまりの不条理さと冷酷さに、眩暈を覚えた。

「大丈夫」

 俺は深呼吸をしてから、彼女にそう言った。もし、彼女が泣きながら自らの悲運を訴えたなら、俺は彼女に同情するなり、慰めの言葉をかけるなりしただけだったろう。しかし、彼女はそれをまるで他人の物語のように、それも自分の友人などではなく、あくまで自分と関わりのない赤の他人の物語のように語った。そのことが結果として、彼女の悲運を直截的に、俺の心のより深いところに伝えることとなった。淡々と語る彼女の姿は、そのことを淡々と語れるようになるまで彼女がどれほど苦しんだかということを逆説的に示していたからだ。


「ひどい」

 俺はその言葉を、無責任な宣告をした「占い師」に向けるべきか、それともその宣告を一笑に付すことができなかった彼女の母親に向けるべきかわからずに、目の前の闇に吐き捨てた。「ひどすぎる」

「私もそう思う。ひどい言葉だわ。母親の不幸の原因を私たちのせいにしたからじゃない。その言葉で私たち姉妹が不幸になったからよ」

 彼女はうっすらと笑いを浮かべながら言った。「タバコ、もらえるかしら?」


 俺がポケットからタバコを取り出して渡すと、彼女はそこから一本だけ取って、俺に返した。俺も一本くわえて、彼女のと一緒に火を着けた。

「私たちは母親の弟夫婦に預けられた。母親からは、父親からの養育費に幾ばくかの金額が足された養育費が送られてきた。もちろん、それだけじゃ十分とは言えなかったはずだけど、弟夫婦は私たちによくしてくれたわ。私たちのことをかわいそうだと思ったんでしょうね。本当の娘みたいに育ててくれて、大学まで行かせてあげるって言ってくれた。でも、私たちは彼らのことを両親だと思ったことはなかった。両親の代わりだと思ったこともなかった。ただ、『必要なものを与えてくれる人』でしかなかった」


 彼女はそこでタバコを吸い、大きく煙を吐き出した。

「私たちは両親を求めてはいなかったの。今もそう。両親はおそらくこの国のどこかで生きてる。でも、私たちにとっては死んだも同然。ニコにとって、その大切な友達がそうであるのと同じようにね」

 全然同じじゃない。葵は俺と過ごした時間が一番楽しかったと言ってくれた。俺といたときの葵はいつも笑っていた。俺は幸せだった。

「それで、死んだことにするくらいなら、初めから親なんていなかったって思うことにしたの。捨てられたって思うよりは、そっちのほうがまだマシでしょ?」

 彼女は笑った。「私の話って悲しすぎるかしら?」


 彼女の話が機械から流れる音楽だったら、俺は間違いなく途中で停止ボタンを押しただろう。でも、もちろんこれは音楽なんかじゃなし、語っているのは機械じゃなかった。彼女の身に起こったことであり、彼女の人生なのだ。耳を塞ぐことは出来ない。

「どっちにしても不幸だ」

 彼女が笑顔なのに、俺がそんなことを言うべきではないと思ったが、言わずにはいられなかった。彼女は顔に張りついていた笑みを、すっと引っ込めると、そこで初めて寂しそうな表情を浮かべた。


「仕方ないのよ。途中で転ぼうが、自分のレーンだけ小石が転がってようが、スタートラインの位置が違かろうが、レースが始まってしまった以上はゴールを目指すしかない。そうでしょ? 与えられた状況の中でどれだけのことが出来るか。人生の価値ってそういうことじゃないかしら。ほら、死んだ偉人が言ったじゃない?『今いるところでバケツを下ろせ』」

 与えられた状況の中でどれだけのことができるか。俺はどれだけのことをしてきたのか。


「結局、姉が高校を、私が中学を卒業したのを機に、姉と私は親戚のうちを出たの。さっきも言ったように、彼らは大学まで面倒見てくれようとしたんだけど……それ以上迷惑を掛けたくなかったし、その時の私たちは少しでも早く大人から離れたかったのね。それで、半ば家出みたいにして、姉と二人で暮らし始めた。母親からは金が送られ続けてきてたから、私たちがいなくなれば弟夫婦はその金を自由に使えるようになったんだけど、彼らは私たちのところに毎月お金を送ってきてくれたわ。父親の金に母親の金がプラスされたものに、彼らがいくらか足してね。それに、姉も私も学校に行かずに働き始めたから、お金に困ることはなかった。むしろ余ったくらいよ」


「じゃあ、高校にも行ってないってこと?」

 俺は驚いて尋ねた。

「そうよ、姉は高卒だけどね。私は中卒。それってそんなに驚くことかしら?」

「いや、そうじゃないよ」と俺は慌てて言った。「そうじゃなくて、英語はどこで勉強したの?」

「あぁ、そういうこと? 独学よ。ある程度の教養がないと、中卒っていうだけでなめられるのよ。それって、悔しいじゃない? 大卒のくせして日本語もろくに話せないやつだっているのに、そいつらはいい会社に就職していい給料もらってる。なぜだかわかる? 大卒だからよ。生きてくための武器が必要だったの。なんて、実際に使う機会はほとんどないんだけどね。私の英語って、率直に言ってどう? やっぱり下手?」

「そんなことはない。上手すぎるくらいだ」と俺は本心から言った。「コミュニケーションでの英語なんていうのは、幼稚園児の描く絵でいいんだよ。何を描いたのかがわかれば十分さ。君の英語は、美大生の絵くらいの価値はある」


 我ながら下手な褒め方だったが、彼女は嬉しそうに表情を緩めた。本当に嬉しそうだった。

「そんなふうに褒められたのは初めてだわ」

「ついでに褒めると、万引きの腕も大したものだと思うよ。それも独学で?」

「そうよ。中学のころはちょっとひねくれててね。学校の男友達とつるんでよくやったわ。それ以来だから、八年ぶりくらいかしら? さすがに腕がなまってたわね」

「千田保安員に見つかっちゃったしね」

「あら、万田さんじゃなかったかしら?」

「千田です」と俺が千田保安員の真似をすると、彼女は大笑いした。

「あの人は素人よ」

「素人?」

「そう。私が万引きのプロなら、彼女は素人保安員」

「捕まったくせに?」と俺は嫌味っぽく言った。

「まぁ、それはそうなんだけど」と彼女は頭を掻いた。「盗む前から、彼女が万引きGメンだってのはわかってたの。でも、素人ぽかったから、あえて目の前でやってやった」

「あえて目の前で?」

「そう。四本ともばれずに盗む自信はあったんだけど、一本は見られてたみたいね」


 彼女は呟くように、「やっぱり腕が落ちたわね」とも言った。彼女が千田保安員のことを素人呼ばわりする根拠がわからなかった。俺は千田保安員の態度を思い返してみた。「ちょっと、ちょっと」と慌てる姿が頭に浮かんだ。「でも、あの人、主任だったよ」

「普段は現場には出ないで、現場のGメンを管理する立場なんじゃないかしら。それが、人員不足かただの気まぐれかわからないけど、今夜はフロアにいた。そして不幸にも私たちにあって、自信を喪失することになった」

「どうしてそう思う?」

「パンツスーツにハイヒールで、かごも持たずに、商品を探す素振りも見せないで、店内をうろついてるんだもの。あれじゃあ、目立ちすぎる。『私は保安員です』って言ってるようなものよ。のこのこ万引きするような人はいないわね」


 俺は彼女の話に違和感を覚えたので、それを言葉にしてみた。

「それが目的なんじゃないのかな? 明らかに客じゃない振る舞いで、万引き犯を警戒させて犯行をさせない。だって、保安員の仕事は万引きを未然に防ぐことであって、万引き犯を捕まえることじゃないだろう?」

 彼女は俺の顔を少しの間見つめてから口を開いた。

「それはつまり、犯罪を未然に防ぐことが理想であって、それが出来なかった場合にはやむを得ず犯人を確保するってことかしら?」

 彼女の言い方は、言外に『まさかそんなことを本気で言ってるんじゃないでしょうね』というニュアンスが含まれている気がしたが、それは俺が考えていることとほとんど相違なかったので、俺は正直に「そうだ」と答えた。


「残念ながら、違うわ。それは理想じゃなくて、建前よ。彼らは犯人を捕まえることを目的にしてる」

 彼女の言っていることはわからないでもなかったが、同意する気にも、反論する気にもなれなかった。俺は曖昧に首を捻った。

「いずれにしても、彼女はあんなにヒールのある靴を履くべきではなかったわね。結果的に言って」

「どうして万引きなんかしたの?」

「だから、ただの暇つぶしよ。退屈だったから、ちょっとスリルのあることをしてみたかったの」

 彼女は万引き犯が口にしそうな月並みのセリフを口にした。


「確かに、好奇心旺盛な中学生や退屈な日常に倦んだ主婦ならそれで納得できるけど、君には当てはまらない気がする」

 俺は思ったことをそのまま言葉にして発した。

「どうしてそう思うの?」

「どうしてだろう」

 しばらく俺は考えてから、思いついた一つの答えを口にした。「君と俺は似てるから」

 彼女はその答えに満足したように微笑んだ。


「モラトリアム」

「え?」

「モラトリアムっていう言葉、知ってる?」

「あぁ」

 俺はつい最近その言葉を聞いた気がして、いつだったか考え、それが今朝喫茶店のあの子が言った言葉であることをすぐに思い出した。色の白くて可愛らしい、プールの場所を教えてくれたあの子だ。そうか、あれも今日の出来事か。

「高校の授業で習うの?」

「あぁ、そうだ。確か、倫理の授業で習った。モラトリアムにピーターパン・シンドローム」

「そう。高校って、微分積分や五文型だけじゃなくて、為になることも教えてくれるのね」

 彼女はそう断定したが、俺には心理学と数学のどちらがより有益かは判断がつかなかった。

「私も高校くらい行っておけばよかったかしら?」

「行かなくても知ってるなら、行く必要はなかったんじゃないかな」

 教室で机を並べて退屈な授業を聴く時間が彼女に必要なかったことは、俺も確信が持てた。


「モラトリアムって、『猶予期間』っていう意味でしょ。もう子供じゃないけど、大人としての責任からも免れている期間。一見、自由気ままに好きなことが出来る夢のような期間にも思えるけど、よく考えたらそれって同時にすごく不安定で危うい状態でもあると思うの」

 彼女はビールの缶を口に当て、大きく傾けた。どうやら、彼女の缶にはもう何も入っていないようだった。

「子供の頃は、大人たちや社会が間違ってると思った時には力一杯反抗して、『だから、大人になんかなりたくない』って言うことができた。でも、今の私たちにそれはできない。なぜなら、その大人に私たちはなろうとしてるから。私たちは否応なしに社会という枠組みに入ることを求められてる。そうじゃない?」

「そうかもしれない」と俺は言った。「でも、社会に所属するということは、間違ってると思うことをやらなくちゃいけないということとイコールじゃない。自分が正しいと信じることがあるなら、それをやればいいんじゃないか?」


 「甘いね」「青いね」と揶揄する大人たちの声が聞こえてきそうな気がして、空を見上げたが、そこでは感情を持たない星たちがちかちかと瞬いているだけだった。

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