未来を奪われる
劉備は家の裏側に回る。だがそこで劉備は見慣れた顔を目撃した。
貂蝉だ。彼女は劉備に気付かず家の庭へ入っていく。多数の兵士を連れて。嫌な予感しかしなかった。劉備はまさか、と庭へ駆け込めば数十人の兵士達が農耕具で庭を掘り返していた。桑の木の下もだ。
「俺の、家に触るんじゃねえッ!」
劉備は木に立てかけていた農耕具を手に取り、桑の木付近にいる兵士達を農耕具を振り回して追い払った。何故、兵士達が。何故――なんて言う暇はない。嫌な予感が当たった。それだけだ。そして貂蝉が裏切ったのだ。劉備は兵士に羽交い締めにされてから、両腕を掴まれそのまま地面に押しつけられれば、肩に力を加えられ両肩を脱臼させられた。貂蝉はそんな劉備を見下ろす。
「貂蝉、貴様……ッ」
「すみません、玄徳様。私の目的はただ一つ。最初から変わりません。そのためならば私はあなたでさえ陥れる事が出来ます。あなただってそうでしょう? 母のためならば、他の者を傷付ける。私はあなたと同じ事をしているだけ」
目的――董卓を殺す事。だが劉備と貂蝉の目的は同じであって全く違う。劉備は母と村を守りたいだけ、貂蝉は董卓の暗殺だ。それを成し遂げるために協力していたに過ぎない。だが今、裏切ったという事は――貂蝉は何かを手に入れたのだろう。劉備達に同調しなくてもいいくらいの力を。
「玄徳様、金は何処? 言ってくだされば私は手を退きます」
「誰が、言うか」
「……そうですか、残念です」
貂蝉は桑の木を指し、じっくりと見据える。劉備は目を大きく開けば足を立てて立ち上がろうとする。だが貂蝉によって背中を踏みつけられ、劉備は再びその場に這いつくばった。
「桑の木の近くを掘り返してください。そこに金があるはずです」
何故わかった。何故――そんな事を問う暇もない。劉備は動こうにも痛みで動けず、ただ貂蝉を睨んで吠えるだけだ。呂布と戦った時に使った双剣は家の中だ。母親と話していたため自室に置いている。公孫瓚が来なければ、都尉が来なければ、いつも肌身離さない双剣は腰にあったはずだった。
「ッ、貴様……ッこんな事をしてただで済むと思うな」
「ええ、思ってはいません。ですが、私とて覚悟をして此処に立っているのです」
貂蝉は劉備の背中から足を下ろし、劉備の前に膝をついて右耳に顔を近づける。そして耽美に艶めく、甘美で鮮やかな唇に言葉を乗せた。
「私は董卓を殺したいのです。父のためではありません。私自身のため、この身を焦がすほどの憎しみで董卓を刻みたいのです。だから、そのためならば、玄徳様だって利用します。――もちろん、呂布も」
そう小声で告げた貂蝉は身体を起こし立ち上がった。それと同時に兵士の一人が何かを見つけたらしく、それを大きな穴から掴み取る。それは木箱――劉備が盗んだ金が入っている箱だった。劉備は血相を変え、全身の毛が逆立つような感情に囚われながら己の腕を拘束している兵士達を後ろに蹴り飛ばした。両腕を一回転させては脱臼を治し、地面を蹴って兵士の元へ向かう。だが他の兵士によって取り押さえられ、再び地面に押さえつけられる。口の中に土が入るが気にしていられなかった。その金は母の命を繋ぐものだからだ。
「さわ、るんじゃねえ! 汚い手で、俺の金に触るなッ!」
劉備は地面に手を添え、身体を起こそうとする。だが成人男性――しかもただの男ではなく、鍛え上げられている兵士の力によって押さえつけられ、劉備は身体を起こす事も出来なかった。びくともしなかった。
「貂蝉殿、やはりこの木箱が金のようです」
「ありがとうございます。では皆さん撤収してください」
兵士達は金を持ち出し庭から去って行く。劉備は拘束が解けたと同時に貂蝉に掴みかかった。今の感情を表わしたような小さな雫を目元に浮かび上がらせ、彼女の胸倉を掴み上げる。無礼だとわかっているがどうしても、この感情の行き先を見失っていた。
「貂蝉ッ、あの金は母上を守るためのものだったんだ! それを、お前はッ!」
「罪なら後でいつでも受けましょう。ですが、あなたの母君が苦しんでいるのも全ては董卓のせい。……あなたの母君は病なんかじゃありません」
「何を言っている。どういう事だ!」
目を伏せて、眉間に皺を寄せ申し訳なさそうな表情を漂わせる貂蝉。劉備は彼女の胸倉から手を離し両肩に手を置いて彼女を下から見上げた。
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